はじまりはいつ?4
姉の目が見えるようになるかもしれない情報を、さらっと聞いてしまった。
この神様、本当にすごいかもしれない。
「ちょっとアミラ様。整理させてください。姉の目が見えるようになる神様がいるんですか?」
「見えるようになるっていうか、見えるように“できる”方法を知ってるんじゃないかなあ、くらいだけどね。俺の古い知り合いに、人間の目を集めてた神様がいてさ。その辺は詳しいんじゃないかなあって」
アミラ様はテーブルに手をかざすと、指を滑らせ拡大したり縮小したりしながら、その知り合いの神様が住む地域に印をつけた。
「そんなに遠くなさそう?」
凛子は地図を見られないので、会話の内容をノートに書き留めていく。
「君たちの足なら、三日くらいかなあ〜」
「三日ならいけるね。頑張ろう、桃子」
「主に頑張るのは私じゃないですか〜!」
桃子はボスッと音を立ててソファに体を沈め、目を閉じた。三日間、姉を押しながら歩ける体力が自分にあるのかを、心の中で問いかけているようだ。
「ん?そういえばアミラ様、さっき何か言いかけてませんでした?」
凛子はノートに情報をまとめながら、引っかかっていたことを口にする。
「あ、そうそう!忘れるところだった〜。これ見てよ、集落の地図」
テーブルの地図が拡大され、二人の住む集落が映し出される。
「ここが君たちの家ね。そしてここ、わかる?」
家から四軒離れた住宅に丸印がつけられていた。
「ここ、大工の大吾さんのお家?」
「そうそう!集落の建物をほとんど全部作ってるでしょ?」
「作ってますね」
「実はね、この大工の大吾……」
「うんうん」
二人は身を乗り出して続きを待つ。もしかしたら重大な話が聞けるかもしれない。
「五歳くらいの時に、たった一人で俺に会いにきてさ。
【集落一番の大工になるから、山の木を切り倒すのを許してくれ】って言ったんだよ!すごくない?偉くない?いい子すぎない??俺もう感動しちゃってね〜!なんていい子なんだ〜って!だから大工として成功した時は拍手喝采だったよ!」
「……」
「え?何その反応」
「あの、アミラ様。私たちの呪いに関係してる話では……ないんですか?」
「え、うん。ただ集落の面白話を……」
「……」
「だってさ、最近集落のみんなあんまり来てくれなくて。お話できないし……それに二人とも落ち込んでるみたいだから、元気出るかなって……」
不貞腐れたように体を揺らしながら言う。
この神様は、寂しがり屋でかまってちゃんで、尊敬されたい気持ちでいっぱいらしい。
「えっと……アミラ様ありがとう。元気づけてくれたんですね。本当に優しい神様。でも、今は呪いのことが知りたくて……勝手に期待しちゃっただけなんです」
「……もう集落の面白話いらない?」
「聞きたいのは山々だけど、もうすぐ日が暮れちゃうから、また明日にしようかな。明日も来ていいですか、アミラ様?もちろん呪いのことも、まだまだお聞きしたいんです」
「ん〜凛子はまた来るの大変だろうし、俺もまだ話し足りないし……じゃあこれから一緒に集落いこっか!」
山の神アミラは、軽やかに立ち上がると、石段の隅に置いてあった小さなリュックを肩にかけた。
そして迷うことなく凛子の膝の上へと腰を下ろした。
「いっくよー!」
明るい声が響いた。
その瞬間、また不思議な風が吹き抜ける。空気がねじれるように景色が歪み、気がつけば三人は祠の前に移動しており、凛子は車輪付きの椅子にしっかり座っていた。見えないながらも移動したことは感じられたようだ。
「アミラ様すっごーい!でもでもでもでも……お山を留守にして大丈夫なんですか?」
「集落に行くくらい平気だよー。ここ、特に何も起きない土地だしね!」
アミラはまるで遠足にでも行くかのように楽しげに笑う。
「さー桃子押せ押せー!日が暮れるぞー!」
「……アミラ様の力で、この椅子が軽くなったりしませんかねぇ?」
桃子は淡い期待を込めて尋ねる。
しかし返ってきたのは、ケラケラと楽しげに笑う声だけだった。むしろ椅子は行きよりもずっしりと重く感じられ、桃子は顔を真っ赤にしながら押す羽目になった。