はじまりはいつ?3
「モグラじゃない!神様なの!」
祠の中から現れた十五センチほどのモグラは、必死に否定する。
「モグラじゃん!絶対絶対モグラじゃん!かわいい〜!きゃー!めっちゃかわいい!」
桃子はキャッキャと笑いながら、その生き物を抱き上げた。
「うわ……もふもふしてる……かわいい……愛おしい……」
「やーーーめーーーろーーー!う、敬わないと本当に呪っちゃうぞ!」
「桃子、落ち着いて!とりあえず私にも!もふもふさせて!!!」
「ほい!お姉ちゃん!」
桃子は抱きかかえていた愛らしい生き物を、凛子の膝へ乗せる。
「はわわわ……もっふもふ……」
凛子は両手で包み込み、頬ずりした。
「無礼だぞ!んもう!敬って!俺を敬って!」
思う存分愛でたあと、凛子は冷静になり、膝の上から祠へ返す。
「はっ……すみません。山の神様。あまりにも、その……お姿がかわいすぎて」
「そういうことなら仕方ないけどさ。いやー、優しくてかわいい俺で良かったね!他の神様だったら即呪いだよ?……って、もう呪う隙もないくらい呪われてる!」
モグラ……いや、山の神アミラは、祠の影へ隠れるように戻った。
「やっぱり分かるんですね」
「分かるよ!何重にも呪われてる!何やったらこうなるの?!神様何体か殺した?!」
「そんなことしてないよ!朝起きたら、お姉ちゃんも私もこうなってたんだもん!」
祠の影から顔を出したアミラが、怪訝そうに言う。
「朝起きたら?」
「はい。何の覚えもないんです。だから、山の神様なら何か知ってるかと思って伺ったんです」
「ふーん……とりあえず、名前を聞いていい?集落の住人だよね?」
アミラは祠からノートを取り出し、ペラペラとめくった。
「凛子と桃子です。さっきお家で“伺っていいですか”ってお札に話しかけたら、文字が浮かび上がって……」
「あー、お札は強い信仰があると勝手に文字が浮かぶ仕様ね!俺って信じる人は救ってあげたい優しい神だから!
えっと、桃子に凛子……あーあの集落の右手の家か。大きくなったねえ。……あれ?お父さんとお母さん、集落出てる?俺の加護から外れてるけど」
「そうなんです!手とか足とか千切れるようになった日から両親がいなくなって……。お姉ちゃんは目も見えないし、歩けないし……」
「待って待って待って!情報多すぎる!ゆっくり話して!とりあえず祠に入りな!」
ふっと不思議な風が吹き、気がつくと祠の中。柔らかいソファーに腰を下ろすと、目の前のテーブルにお茶とおまんじゅうが現れた。
「神様の力やっば……」
「なに?!なにが起きてるの?!」
混乱する凛子をよそに、アミラは話を始めた。
「俺の加護下の集落の子だし、お供えも百年欠かさない家だし。話くらいは聞いてあげる。でも力になれるかは分かんない。それでいい?」
「はい!ありがとうございます!」
「?!よろしくお願いします!」
二人はあの日のことを語った。
朝目覚めた時にはすでに異変があったこと。
気づけば両親は姿を消し、財布も服もなく、置き手紙すらなかったこと。
残されたのは呪いだけ。
――姉は目が見えず、足も動かない。
――妹は身体が脆く、負荷をかけるともげる。しかし一時間で復活する。千切れた部分は塵となり消える。首を落としても蘇ったが、その間の記憶はない。
「うーん……大変だな」
「……モグラさん……」
「だからモグラじゃない!アミラ様と呼べ!」
凛子は桃子から手渡されたお茶を口に含み、静かに続ける。
「あの、アミラ様。ご存じかもしれませんが……母は数か月前に死産をしました」
「あー、あったね。知ってるよ。でも、あればっかりは神様でもどうしようもないんだよ」
「その後、両親は以前よりも信仰熱心になった気がします。変に」
「変に?」
「はい。毎日の神棚掃除はもちろん、聞いたこともないお唱えを夜中にしたり、“禊だ”と言って冷たい水を浴びたり。あっ、イカは神様の友達だから食べないって言ってました」
「……びっくりするくらい俺の信仰に関係ないんだけど」
「関係ないんですか……」
アミラは渋い顔をしながらお茶を啜る。
「んー、確定じゃないけど……もしかすると」
「本当になんでもいいんです!教えてください!」
「え〜……俺の勘違いかもよ?」
「「大丈夫です!なんでもいいから!」」
二人の勢いに押され、アミラは話し始めた。
「君たちの両親、俺以外の神様を信仰してたんじゃない?俺は禊も食事制限も課してないし。まあ、俺だけ信じろとは思ってないからいいけどぉ」
「そうなんですか?!モグ……アミラ様!」
「おっと桃子、危なかったな。次“モグラ”って言ったら何も教えないぞ」
「ごめんなさい……」
「俺を信仰してくれてる人には、“神棚を大事にしろ”ってお願いするだけ。ここは栄えた土地じゃないけど、荒れることもない平和な集落だしね。……では、こちらをご覧ください」
アミラがテーブルに触れると、光が走り、地図が浮かび上がった。
「すっげー!!!お姉ちゃん、お姉ちゃん見て!!あ……見えないんだった……!」
「何?!何が起きてるの?!」
「えーとね、アミラ様の力でテーブルから地図が出たの!」
アミラは満足げに微笑むと、指で地図を示した。
「こんな素晴らしい物が見えないなんてもったいないなあ。まあ、目を取り戻したいなら、後でここの神様に話聞いてみるといいよー」
「えっ?!」
「えっ?!」
「えっ?!」
「私の目……見えるようになるんですか?!」
「逆にこのままでいいの?!」
三人はそれぞれ違う意味で戸惑った。