ドアマット夫人はドアマットではない
偽装不仲を書きたかった。
「ああ、またですわね」
くすくすとこちらに向けられる嘲笑。
そこには、会場に一緒にこそ入ってきたが、すぐに分かれて挨拶周りをする夫に、食事にいそしんでいるわたくしの姿が映っているのだろう。
「あら、お姉さま。出来損ないがまたこんなところに居りましてよ」
「あら、本当だわ」
地味なドレスに着飾っているわたくしと違い、流行のドレスを纏っている姉たちに頭を下げると扇で口元を隠しながら、
「愛されない妻って可哀そうに」
「流行りのドレスも買ってもらえずに地味なドレスを着て、踊りもしないで放置なんて」
「わたくしだったら恥ずかしくてパーティーを欠席するわ」
「そうよね」
二人で囀るように話をしていく姉たち。
「いくら公爵家に嫁いでもこんな扱いをされているのなら、さっさと修道院でも行けばいいのに」
自分達よりも格上の家に嫁いだと散々騒いでいたが、わたくしの扱いに留飲を下げて今では会うたびにこうやって嘲笑ってくる。
「………………」
それをスルーして食事に戻ると、
「あら、逃げていきましたわよ」
「逃げることしかできないなんてお可哀そうに」
楽しげに笑う声が聞こえる。
そんな会話を丸っと無視して食事に舌鼓を打つ。うん、やはり王城の料理は美味しいものがたくさんある。
「料理人を……。いえ、せめてレシピが手に入れば……」
家でもこの料理が再現できるのにと思いつつ、せめて舌で堪能して再現できないか挑戦してみるかとパーティーから帰るまでずっと料理をじっくり味わっていた。
わたくし――ユーフィリアス・オルデマウスと夫であるセルドアレイヤ・オルデマウスは王命によって結ばれた愛のない政略結婚…………ではない。
「………………」
「………………」
会話の一つもない状態で同じ馬車に乗り込み、馬車の扉が閉められた矢先に、
「ユフィと一緒に居られない式典なんて出たくなかったのに」
向かい合わせに座っていたのにすぐに隣に移動してそっとわたくしにもたれかかる夫。
「仕方ありません。今日は外交で必要な式典でしたから」
そっと夫にまとめてある髪を崩すように撫でるともっと撫でてくれと甘えてくる夫。
「分かっている。必要なことだとだけど、公の場所に出るたびに不仲の演技をしないといけないのが………辛い。もうやめたい」
「………………」
「つくづく、自分が厄介な家に生まれてきたことが不幸に思えるよ」
「………ですが、不仲を演じているからこそわたくしは実家から解放されて幸せなのですよ」
「………だけど」
まだ何か言おうとする夫の身体を横にして頭を膝に乗せる。
「真実など、わたくしたちのことを知っている方だけ知っていればいいのですよ」
しばらく撫で続けていくと疲れてしまったのか眠ってしまう。その寝顔を微笑ましく思って、
「お休みなさい。セード」
優しく囁いた。
オルデマウス家は王家の暗部を担う一族だ。
国を守るためならいくらでも血で汚れることを厭わない一族。
かつて公爵令嬢を一方的に冤罪で婚約破棄した王子が居た時。王子は謎の病死。王子を誑かした男爵令嬢。及び、王子を諫めなかった側近らは全員不審死。そして、貴族の一部に次々と不幸が重なり続けていった。
結果的に国は腐敗が進んでいたのが一掃されて、良い方に向かって行ったのだ。
その裏にはオルデマウスは当然関与している。それ以外にも国が荒れるようなことが起きる場合は裏で暗躍をしていき、結果的にオルデマウス家は恨みを買っていた。
当代のセルドアレイヤ。わたくしの夫セードとわたくしは学生時代文通をしあう仲だった。とは言ってもわたくしは姉二人に比べて地味な色合いで、両親が毛嫌いしていた曾祖母とそっくりだったそうで虐待こそされなかったが、姉二人よりも若干冷遇されていて、姉が欲しがっているドレスはすんなり買ってもらえたが、わたくしの欲しがっている書物は買ってもらえることが無かった……もしかしたら書物ではなくドレスだったら買ってもらえるかもと期待して頼んでみたがそれも叶わなかったから冷遇だったのだろう。
そんな訳で読みたい本があったら学園の図書館を利用していたのだが、そこで読んでいた本にしおり代わりにメモを挟んでいたのだが、そのメモにメッセージが書いてあったのだ。
メモはその本に書いてあった歴史に関しての疑問点。その疑問に関しての答えと詳しい説明が知りたいのならと薦められた書籍。
届かないかと思いつつも薦められた本に感謝の言葉を書いたメモを挟んでいたら返事は再び来た。
それから互いのお薦めの本を伝えあいながらその薦めた本にメモを挟むという形で文通をし合った。
互いに相手を知らない。知っているのは勧めてくれる本と相手の字だけ。
そのまま互いに会えないで終わるかと思った矢先運命が微笑んだのかメモ……その時にはすでに手紙になっていたそれをわたくしが本に挟むのを見られたからだった。
「君がユフィ?」
恐る恐る声を掛けてきたのは貴族の裏の支配者と恐れられていたオルデマウス家の嫡男。
「もしかして……セード?」
確認するように尋ねると頷くオルデマウス子息――セード。
一度顔を見合わせて、幻滅などしなかった。想像しなかったと言えばうそになるが、想像していた姿が綺麗に上書きされて、気が付くとこっそり会う仲になっていた。
婚約者は互いにいなかったが、結婚は申し込まない。込めない関係。
わたくしは家族に冷遇されているから恋愛関係で結婚すると知られたら妨害されるだろうと……その時にはわたくしはそこまで家族に疎まれているのを感じ取れたし、セードの家にも問題があった。
「我が家は恋愛結婚は難しい……」
そこで語られたのはオルデマウス家の悲恋。
オルデマウス家を疎ましく思う家は多くあり、その恨みの矛先が妻に向けられることが多いのだ。
「特に恋愛結婚の場合は明らかに弱点だと晒されているので、危険度はとても高くて、それによって大怪我……いや、はっきり告げると命を落とした方もいた。
「そうなんですね……」
「だけど、逆に政略結婚の場合弱点にならないからと危険な目に合わないのだ」
だから我が家では政略結婚を推奨されている。
恋愛は学生時代で終わらせると言われていたのだが、何が起きたのか不明だが、王命で結婚する事になった。
いや、理由はわたくしの生家が貴重な鉱脈を発見して生家を監視下に置きたいからこそオルデマウス家と政略結婚させて繋ぎ止めようとしたのだ。
そして、貴族の中で評判の悪いオルデマウス家に姉たちは嫁ぐのを拒んで…………。
「神様は見ていてくれているのですよ」
不仲夫婦を装ってまでわたくしを守ろうとしているセード。不仲だと陰口をささやかれても構わない。
冷遇されている哀れな妻だと言われても気にしない。
だって、セードと神様がわたくしを見ているのだからと――。
ちなみに屋敷に努めている人らはきちんと信頼できるので偽装はしていない。たまに密偵とかがメイドに成りすまそうとするが