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20/25

せよ

 不思議な来客の後、いつも通り店番の仕事をこなしているとあっという間に時間は過ぎて、気がつけば日が傾きはじめていた。頭の中が色々なことでごちゃ混ぜになっていて、いくら時間をかけても整理することはできない。


 後片付け中の父に夕飯の買い物に出かけると伝えると、私は夕暮れの街へ。空は薄桃色と藍色が混ざり合い、淡い紫と黄金色に輝いていた。


 スーパーは龍角寺公園の先にある大通りにあり、調整池を左手に見ながら歩いていくと、公園へ向かう子供達の笑い声とすれ違う。公園の辺りまで来るとスマートフォンがピロンと鳴り、清彦からのメッセージを知らせた。


“今どこ? 家にいる?”


“今ちょっと外にいて。龍角寺公園のあたり”


“あ、ほんとに? ちょうど近くにいる。そっち行くわ、公園で待ってて”


 私は公園の入り口まで来ると、懐かしい気持ちでその開けた広い芝生を眺める。私が小さい頃はもっとたくさん遊具があったけれど、今はブランコと滑り台くらい。小学校高学年くらいの子供たちが、歓声をあげながら追いかけっこをしていた。


 しばらく子供達が遊ぶ姿を眺めていると、自転車のブレーキの音と共に清彦が現れた。


「よ! 久しぶり!」


 大きなスポーツバッグを背負い、前カゴにはサッカーボール。青春を謳歌する高校生そのものの清彦は、にかっと笑ってこちらに近づいて来る。


「ほんと久しぶり。なんか日焼けした? 忙しそうじゃない」

「そうなんだよ。別に部活入ってる訳じゃないのに、練習試合に駆り出されてさ。高三に向けて進路のことも考えなきゃだし、毎日忙しすぎ」


 清彦はやれやれと肩をすくめながらそう答える。子供の頃から抜群の運動神経で周囲の注目を集めていたが、清彦自身は学校ではどちらかというと一匹狼タイプだったから、こんなふうに学校生活のことを語るのは珍しかった。

「そっちは?」


 私の表情が明るくないことを気にしてか、清彦が顔を伺うように問いかけて来る。


「うん、色々あって、私も考えること多すぎて。あ、本ありがとう。読み終わったよ」

「あ、かしてたやつな。話そうと思ってたんだ。ちょっとベンチ座るか」


 清彦は道の片隅に自転車を置くと、戻って来て公園のベンチに座った。私もその隣に座り、ふーっと息を吐きだす。何から話していいのか分からず沈黙が落ちるなか、先に口を開いたのは清彦だった。


「この辺、古墳だらけなの覚えてた?」


 その話題があまりにも唐突だったので、私は顔にクエスチョンマークを浮かべながら一応頷く。

 小・中学校の時の社会科見学や歴史探検で、必ずと言っていいほどこの近辺に点在する古墳群について学んだから、記憶には残っている。


 この辺りの古墳群は県内でも最大規模で、特に方墳はとても状態が良く保たれているという。

 古墳時代の豪族がこの地に埋葬されているらしかったが、掘り起こしたりする調査はあまり行われていなかったため、詳細は分かっていない。


「本読んでて少しずつ思い出したり分かったことがあってさ。この辺りは昔から土地の力が強くて、妖やら神仏やらが権現しやすかったんだよ。そんで、古墳が荒らされずずっと守られてたり、龍神が雨を降らせて田畑を潤してたりしたのは、民と神仏がとても近しくて交流があったからなんだ」


 清彦はまるで、遠い遥かな時を見て来たかのように澱みなく話す。


「俺の昔の記憶はかなり曖昧で、転生を繰り返すたびに少しずつ昔の記憶が薄れていってる。たぶん、咲穂も…。俺が過去の約束を思い出すのは、決まって咲穂と出会ってからだし。こんな風に記憶が遠くなっていったのは、おそらく神仏と民との繋がりが無くなりつつあるからだ」


 私はただ、清彦が見る遠い景色を想像することしかできない。でも、清彦が語ることはすっと腑に落ちた。メグリガミも白老も、「お供え物」をいたく喜んでいた。そういう小さな善行や敬う気持ちは、昔も今も大切にすべきなのかもしれない、と思う。


「お前が佐保姫と呼ばれていた時、俺はまだ稲荷神社の双狐の片割れだった。力も弱くて人に転じることもできなかった。ある時大洪水があって、稲荷神社も双狐も全部流された。俺は何故だか奇跡的にもとのままこの辺りに流れ付いて転がってた。それを見つけて直してくれたのが、佐保姫だった」


 最近思い出したんだけどな、と付け加え、清彦は続ける。


「佐保姫がいなくなり、この地から大龍が去ると、旱魃や疫病が流行り人々は苦しんだ。そこに小龍が現れて、人々の心を救っていった。俺はたぶんその頃から妖狐になり、佐保姫の魂を探すようになった」


 龍角寺で見た夢に近づいたので、私は思わず清彦の顔を見つめた。清彦は遠く空を見上げて話を続ける。


「俺がどの時代の“佐保姫の魂”と約束したのか、それだけがどうしても思い出せないんだ。佐保姫の輪廻にいつ加わったのかも。あの本の中にもあった松虫姫のあたりかなーとは思ってるんだけど。あれは確実に佐保姫の魂のはずだ」


 こうやって改めて清彦と向き合えば、過去の楔が清彦を縛り付けているようにも思え、私の心は晴れなかった。複雑に絡み合う糸をたぐりよせ、解いていくのは気の遠くなるような作業で、私にそれができるようには到底思えない。


「俺は、たぶん妖狐として生き続けることもできた。でもそれをしなかったのは、人間として生きることを選んだお前にどうしても近づきたかったからだと、今は思う」


 そこでようやく、清彦は私のことを見た。


「ま、前にも言ったけど、今は俺は清彦で、お前は咲穂なわけだし。ちょっと訳ありな人間ってだけで。考えすぎても仕方ねーかなって」


 先ほどまでの真剣な表情はどこへやら。からりと笑う清彦は、年相応の純粋さと年輪のような落ち着きという絶妙なアンバランスさで、私を落ち着かなくさせる。


「清彦、学校でモテるでしょ」

「な! なんだよ、突然!?」


 まさかそんな風に返されるとは思ってもみなかった、という動揺が伝わってきて、私は思わず吹き出してしまう。いつもこんなふうに、私の気持ちを汲み取り楽にしてくれる清彦という存在が、とてもありがたかった。

「なんだか不思議なことばっかりだけど、嫌じゃないんだ。不安はもちろんあるし、この先私の中にいる佐保姫をどうしたらいいのか、全然分からないけど。でも」


 私の脳裏にさまざまな顔が浮かぶ。白妙との出会いから始まり、木の子やクサビラ、メグリガミ、白老、常闇は怖かったけど、父や香島先生、清彦、そして龍神のあの懐かしい深い声音。

 その全てが、私が生きているこの場所で、私自身を知るために必要な大切な一部なんだと、少しずつ理解してきたから。


「知りたい、な」


 私は今、心底そう思う。

 自分を取り巻く過去の出来事や、生まれ育ってきたこの場所のこと。白妙と出会ったことで少しずつ変化してきたそのすべてを。


「なら、知りに行こう」


 私を鼓舞するような清彦の声に、私は俯いていた顔を上げた。澄んだ瞳と視線がぶつかり、私ははっとする。知らなければ前に進めない。私はそれにようやく気づいた。



***



 爽やかな風が心地よい清明の頃になると、香島先生の棲家でもある「ちとせの森」の一角に、鮮やかな紅紫色のカタクリの花が咲き乱れ始める。

 昔はこの花の球根から片栗粉が作られていたらしいけれど、今ではジャガイモなどのでん粉を使用するようになり、この花の名の由来を知る人も減ってしまったらしい。


 珍しいこのカタクリの花の群生地は、地域で大切に扱われ保護活動が行われている。私が子供の頃は自由に立ち入ることができたこの一帯も、今ではフェンスで囲われて簡単には入ることができない。


 私と清彦、そして白妙は、その早春の早朝、カタクリの花をフェンス越しに見ながら、香島先生を待っていた。


 そう。いよいよ白妙の欠片が眠る、龍福寺と龍寿寺に行く日が来たのだ。


「そういや、昨日の夜クサビラと木の子が来たって?」


 しゃがんでカタクリの花を眺めていた白妙の隣で私もしゃがみながらカタクリの花について蘊蓄を語っていたが、清彦の言葉に立ち上がる。


「うん、お店の片付けしてたら急にふらっと来て。私たちが今日龍福寺に行くことをなぜか知ってたんだよね」


 (あやかし)ネットワーク的なものがあるのか、私たちが計画していることを特に伝えたわけでもないのに、クサビラや木の子たちは「お待ちしております」と律儀に伝えに来たのだ。


「クサビラも木の子も龍福寺の大杉の精霊、なんだもんなー。地図見たけど、そんな遠くないよな」

「うん、ここからだと、車で二十分くらいかな。途中に松虫寺があって、そこから五分くらいの場所みたい」


 色々と調べたら、松虫姫の病を治したと言われる薬師如来を祀った松虫寺という場所が実際にあり、そのほど近くに龍福寺もあることが分かった。


「落ち着いたら松虫寺にも行ってみたいけど、とりあえずはお腹だな!」

「お腹?」


 白妙が小首を傾げて自分のお腹をさする。その様子はお腹を空かせた子供のそれだったので、「お腹すいたら、今日はお弁当作ったから後で食べようね」と伝えた。白妙は「お弁当」という言葉に嬉しそうに頷く。


 そんな会話を続けていると、ようやく香島先生が姿を現した。いつものくたびれた白衣姿ではなく、サングラスをかけたお洒落なスーツ姿で、私たちは度肝を抜かれてしまう。

 なんだろう、どこか映画で見たことあるような――マフィア風、というか。悪の親玉風? それが似合っているのか似合っていないのか、私には判断がつかない。


「せ、先生どうしたの?」


 思わず問いかけると、先生は「僕の正装だよ。ほら、気合いを入れてるのさ」と胸を張った。その自信に満ちた様子を見て、なんの気合いだかは分からないけれど、妙に納得してしまう。


 口をあんぐりと開けた清彦と、首をかしげる白妙は押し黙ったまま。そんな私達を気にも留めず、先生はこっちだよ、といつの間にか現れたスポーツカーに乗り込んだ。

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