第5話 未来はもう、背後にいる
「今回の役柄なんだけど、ちょっと若い子を使おうと思っててさ」
いつもの演出家が、少し申し訳なさそうに言った。
その言い方が逆に、祐介の胸をえぐった。
祐介に声がかかることが多かった劇団の朗読公演。
年齢も近く、息の合った仲間とつくる舞台は、数少ない“救い”だった。
けれど、ある日を境に、その座組に見知らぬ若者が加わった。
まだ20代前半、SNSのフォロワーも多く、舞台よりも映像の現場で名を売り始めている子だった。
稽古場で、その子が台詞を噛んだとき、誰かが優しく笑った。
それを見て、祐介は思った。
自分が同じミスをしても、笑われはしない。
けれど、もう誰も“成長”を期待してはいないのかもしれない。
それは、居場所が“固定されていく”感覚だった。
もう伸びしろのある存在ではなく、すでに“完成された枠”として扱われる存在。
でも、祐介はまだ、自分が完成したとは思えていなかった。
だからこそ、その無言の「見切られ方」が、堪えた。
帰り道、稽古場を出た祐介は、背後で話す若手たちの声を聞いた。
「俺らがちょうど祐介さんくらいの歳になったら、どうしてるかな」
「もっと上行ってたいっすよね、そりゃ」
「まぁ、ああいう感じにはなりたくないっすよね……」
声の主が誰かは見なかった。
見なくても、十分だった。
年齢が、重たくのしかかってきた。
“まだ二十代”という看板を剥がされたとたん、役の幅は狭まり、
周囲の期待値は、下がるどころか「終わった人」扱いに変わっていく。
ほんの数年前までは、「次の舞台に出ます」「来週オーディションなんです」
そんな会話が、未来の話だった。
けれど今、気づけばすべてが“延命措置”のような仕事ばかり。
とにかく“続けてること”に意味を持たせるためだけに、選んでいた。
もう、未来は背後にいる。
若い世代がこちらを追い越していくたび、
自分の背中に“役割の終わり”のようなものが刻まれていく気がした。
その晩、帰宅後。
クローゼットに眠る台本の山を、久しぶりに取り出してみた。
線が引かれ、書き込みがされたページのひとつひとつに、当時の自分の「まだいける」という希望が染み込んでいた。
どの台詞も、本気だった。
けれど、それらは誰の心にも残っていない。
それが、演じるということだった。
誰かの記憶に残ることは、滅多にない。
終われば消える。
それでも祐介は、演じてきた。
その瞬間だけは、確かに生きていた。
それだけで、十分だったはずなのに。
けれど今、祐介はもう、その“瞬間”すら掴めていない。
選ばれない日々が、記憶を上書きしていく。
そして、声が届かないことに慣れていく。
それが一番、怖かった。