第4話 見返したかっただけなのかもしれない
演技が好きだった。
はずだった。
でも、最近はそれすらもわからなくなっていた。
台本を開いても、セリフが入ってこない。
声を出しても、どこか嘘くさく聞こえる。
“その人物として生きる”ことに、以前ほど没入できなくなっていた。
なのに焦りだけは増していく。
何かをやらなきゃ、追いつけない。
誰かに追い越される。
そんな感覚ばかりが、胸の奥でノイズのように響いていた。
ある夜、帰り道のコンビニで、偶然、昔の知り合いを見かけた。
同じ時期に上京してきた地方出身者。
祐介と同じように、オーディションを受け、バイトをし、下積みをしていた男だった。
彼は今、連続ドラマのレギュラーを掴み、事務所の看板俳優になりつつある。
その顔が、缶コーヒーの広告ポスターに刷られていた。
祐介は、思わず目を逸らした。
嫉妬していることを、誰よりも自分自身が知っていた。
あいつより自分のほうが役に合っていた――
そう思ったこともある。
顔も演技も、勝てる要素があったはずだと。
でも、現実はいつも静かに、覆る。
もしかして、自分は“見返したかっただけ”なんじゃないか?
あの教室で笑った連中に。
「やっぱりオレ、やれたんだぞ」って、見せつけたかっただけなんじゃないか?
演技を愛していたんじゃなくて、評価される自分を夢見ていただけなのかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥が冷たくなった。
誰かに「すごいね」と言われたかった。
「夢を叶えたね」と称賛される、その一瞬を追いかけていただけじゃないか。
そう思うと、自分の全てが空っぽのように思えた。
もちろん、努力はしてきた。
台本を擦り切れるほど読み込んだ夜。
バイト明けに立った舞台の汗。
誰にも見られない練習の日々。
嘘じゃない。
全部、本気だった。
夜のバイトを終えて帰る道すがら、信号待ちの間に台詞を口にしていたこともある。
誰もいないと思ったら、酔っ払いに笑われた。
それでも、繰り返すことをやめられなかった。
誰に見せるでもない努力だったけど、それこそが、自分が夢を信じていた証だった。
でも思い出すのは、深夜の公園で一人セリフを練習したこと。
録音した声がひどく下手に聞こえて、スマホを投げた夜。
照明が眩しすぎて、自分の立ち位置すらわからなくなったあの舞台袖。
――それでも、降りられなかった。
それでも、またやりたくなってしまう。
それが、演技だった。
報われないのに、忘れられない。
駅のホームで立ち止まった。
次の電車が来るまで、あと三分。
風が吹いた。
祐介は、自分の影を見つめた。
細く伸びたその形が、やけに悲しく見えた。
自分の夢の“中身”がわからなくなるときがある。
それでもまだ、諦めきれずにいる。
たとえ、空っぽだとわかっても、――それでも。