第3話 夢を語った町で
「東京で役者になる」
高校三年の春、祐介は教室でそう言った。
進路指導の先生が、一瞬だけ眉をひそめたのを、今でも覚えている。
「……そういうの、地に足つけてからでも遅くないんじゃないか?」
穏やかな口調だった。だがその言葉には、祐介の願いを“現実的ではないもの”として処理する響きがあった。
クラスメイトの数人が、それを聞いて笑った。
「お前が芸能人とかウケる」
「東京って、あの東京?原宿に行くの?」
「せいぜい頑張ってモブ役だな」
自分でも、自分の言葉が浮いていることはわかっていた。
田舎の町で、演劇部もなく、映像の現場なんてテレビの中の話だった。
でも、それでも――祐介には確かに「なりたい」があった。
スクリーンに映る誰かの演技に心を奪われ、
文化祭での台詞の一言に拍手が起きたあの瞬間に、
「これで生きていきたい」と思った、確かな記憶があった。
家族も心配していた。
「せめて専門学校くらい行けば?」
そう言われたが、祐介は即答で断った。
一刻も早く、現場に近づきたかった。
ただ、それがどれほど遠いものか、自分が何も知らなかっただけだった。
高校を出てすぐ、上京した。
初めて降りた新宿駅の雑踏で、立ち止まった。
どこまで行っても人の波が続いていて、自分が一粒の埃のように思えた。
不動産屋の紹介で借りたワンルームは、駅から徒歩20分。風呂トイレはついていたが、壁が薄く、隣人の生活音が筒抜けだった。
バイトの面接は3件落ちた。
ようやく決まったキッチンの仕事は、皿洗いとゴミ出しばかりだった。
住民票を移した翌日、地元の友人がグループLINEで「退会しました」と通知を出した。
その夜、布団の中で、天井を見つめたまま眠れなかった。
オーディション会場や、安いワークショップの稽古場で出会う人は、みな「表現のために生きてきた」顔をしていた。
幼い頃からバレエやダンスをやっていた者。
演劇塾や舞台に立ち続けてきた者。
祐介には、何もなかった。
人前で話すことすら慣れていなかった祐介は、
その輪の中で、ひときわ“場違い”だった。
あのとき地元で笑った連中の声が、何度も頭にこだました。
「無理だって言ったじゃん」
そんな言葉すら、勝手に想像して、自分で自分を傷つけていた。
けれど、今になって思う。
あの時の自分は、たしかに怖かったけど、必死だった。
笑われても、無視されても、それでも語らずにはいられなかった。
夢を語ることは、恥じゃなかった。
本当に恥ずかしいのは、夢を持つことを諦めたふりをして、何も語らずにやり過ごそうとする大人になることだった。