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目覚め

 カーテンの僅かな隙間から差し込んだ陽が瞼を刺す。


 この家での目覚めはいつも不快だ。柔らかすぎるマットレスと枕のせいで、起き抜けはいつも頭痛に苛まれる。


 だからといっていちいち要望を伝えるのも面倒くさくてこのままにしているのだから、この結果をもたらしている要因は明らかにコミュニケーション不全だといえるだろう。


 調度品ひとつとってもこうなのだから、結局は根本的に何もかもが肌に合わないのだ。メイドが持ってきた希少な天然水や脱ぎ捨てた絹のパジャマにも、大した価値は感じられない。


 それは目の前に並んでいる、高級であるはずなのに美味いと思えない朝食もまたしかりだった。


 しかも今日は、呼んだ覚えのないお客までいる。


「……なんでわざわざここで飯食ってんだよ」


 口の中で噛み砕いたソーセージを飲み込んでから、渋い顔をして瑠架は言う。


 テーブルの向こう側ででるんるんとパンを口に運んでいるのは透夜だ。


「いいだろう。減るもんじゃないし」


 そう言いながら、今度は半熟気味なスクランブルエッグにフォークを伸ばした。


 瑠架は押し黙ったまま、再び齧りかけのウインナーを咀嚼する。べたっとした脂が舌にまとわりついて不快だ。


 これまでの経験上、ひととひととの境界線をずかずかと超えてくる人間にろくな奴はいない。この男はそういう意味でいまいち信用ならないのだ。


 眉間の皺をさらに深くした瑠架は、無心で朝食を平らげることに決めた。


 そもそもこの男の存在自体が、瑠架にとっては理不尽で不可解なのだ。登校時間が刻一刻と迫っている今、こいつに付き合っている暇はない。


 透夜は食事の合間にもぺらぺらぺらぺらよく喋る。ところどころで裸石(ルース)がどうのと聞こえてくるが、耳を傾けるには心にも時間にも余裕が足りなかった。


「ちょっと! 俺の話ちゃんと聞いてた?」


「いいや、全然」


 ようやく朝食を食べ終えた瑠架は、口元をナプキンで拭いながらしれっと答えた。


 透夜ははぁっと深い溜息をつくと、真正面から瑠架のことを見据えて言う。


「君の裸石(ルース)を、もう少し調べさせて欲しいんだ」


 どうやらさっきから、思ったよりも重要な話をされていたらしい。


「ひとくちに混じりもの(インクルード)って言っても、色々あるんだよ」


 そう言って透夜は、幾つかの事項を嚙み砕きながら順序だてて説明してみせた。


 通常の片眼鏡型のルーペを使った鑑定では、おおまかなカラーやカラット、裸石(ルース)の体積に対する内包物割合程度しか予測できないこと。


 内包物の種類や位置によって、裸石(ルース)の価値が大きく変動する可能性があること。


「だから今度は、少し大がかりなことをするよ」


 そう前置きをしてから、透夜は言った。


「スキャナという機械を使って、君の裸石(ルース)を細かく調べさせてほしいんだ」


 裸石(ルース)を調べる。


 その言葉に思わずたじろいだ瑠架を安心させるように、明るい調子で透夜は続ける。


「まぁ、そんなに警戒することはないよ。そうだな、レントゲンみたいなものだと思ってくれればいい」


 いかにもなんでもないことのように言うが、瑠架がひっかかっているのはそこではない。


裸石の(ルース)価値が変動、って……」


 険しい表情を浮かべる瑠架をなだめるように、透夜は言う。


「あくまで可能性の話だよ」


 その台詞に聞き覚えがあるような気がして、瑠架はふっと昨夜のことを思い出した。


 父親と透夜が瑠架の前で交わしていた会話は、『このこと』に関するものかもしれない。


「――おれに拒否権はあるのか」


 そう問うてはみたものの、どんな答えが返ってくるのかはあらかじめ想定していた。


「ないよ。残念ながらね」


 それは父親の力によるものなのか、はたまた裸石が絶対の価値観であるこの世界に生まれた者の宿命なのか。


「今日、帰ってきたらおれの部屋に来て。それまでに準備をしておくから」


 透夜はそう言って、にこりと笑うと椅子から立ち上がる。こちらが嫌がっていることを知っているのに、自ら出向くように指示するなんて趣味が悪い。誰が行ってやるものかと内心で吐き捨てると、それを見透かしたように透夜は釘をさした。


「滅多なことを考えないようにね。この街の中に君のお父上の目が届かない場所なんて存在しないよ」


 その言葉は、頭にくるがまごうことなき真実だった。この約束を反故にしたら、きっとこれまでに味わったことのない地獄のような時間が待っているのだろう。


 だからといって、「はいわかりました」と素直に頷く気にもなれない。瑠架の渋面をもの言いたげに見つめてから、透夜はゆっくりと扉の方に向かう。


「それじゃあ、いってらっしゃい」


 去りぎわに発せられたのが、これから登校する自分に対する見送りの言葉だと理解するのに少し時間がかかった。時計を見れば、あともう少しで家を出なければならない時間だ。


 瑠架は慌ただしく荷物をまとめると、執事に声をかける。車の準備は抜かりなく、これならなんとか始業時間に間に合いそうだった。


 こうやって少しずつ、なんてことのない日常が形を変え、崩れ落ちていくのだろう。仮に裸石(ルース)について新しい発見があった場合、瑠架はこれからどうなるのだろうか。


 これ以上、喉奥にひっかかっている石ころに振り回されるのはごめんだ。瑠架ははぁっと重々しい溜息をつきながら、学校鞄の紐を肩にかけた。

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