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ひらめいた青

 蓮と別れて、正門とも裏門とも違う通用口からそろりと外に出る。


 監視の目がないことを確認すると、そのまま野良猫のように裏路地を縫って、この辺りで一番の大通りへ抜けた。


 この時間、街道は家路を急ぐひとびとでごった返している。


 雑踏は、姿を隠して息をひそめるのにうってつけだ。それぞれの事情でそれぞれに行き交う通行人たちの無関心によって、瑠架ははじめて『名もない誰か』になることができる。


 常に貼られたラベルとレッテルを背負って生きていくというのは、思っている以上に息苦しいものだ。だから時折こうやって人波の中に存在をうずめて、ぼうっと辺りを見回してみる。


 等間隔で並ぶ街灯の中で、ガーネットが燃えていた。時たま街道をゆく自動車の原動力は黒曜石。立ち並ぶ家々から漏れる黄味がかった灯りはシトリンだろうか。


 この世に生まれ出た時点で、宝石の恩恵を受けずに生きていくことは不可能だ。それは同時に、宝石に縛られながら生きていかなくてはならないということでもある。


 燃えるような陽は次第に夜に溶け、空はゆっくりと紫紺に染まっていく。


 僅かな肌寒さをおぼえた瑠架は、ジャケットの襟に縮こまらせた首をうずめながら足早に通りを抜けた。


 早すぎる門限を守ったことはなかったが、あまり遅くなると後が面倒なので日の入りをめどに屋敷に戻ることにしている。今の時期でいうとだいたい夕方六時頃。まだ少しだけ時間に余裕があった。


 この通りを道なりに進めば、行きつく場所は決まっている。どんどん多くなる灯りと人通り。そして緑の美しい広場を抜けた先には、首都・多嘉良(たから)の入り口である巨大な駅がそびえていた。


 この国では、ダイヤモンドの裸石(ルース)をもつ国王に敬意を表し、重要な建造物には透明な建材を用いるのが習わしだ。


 この駅も正面は全面硝子張りになっており、消えかけた西日に人影が透ける様はまるで精巧なレリーフのようだ。


 そして陽が落ちきると、辺りには一気に夜の気配がたちこめる。


 水晶柱のようにとびだした時計塔が六時を示すのと同時に、重々しい鐘の音がゴォンゴォンと冷えた空気を揺さぶり始めた。――タイムリミットだ。


 五つ目の鐘の音を聞きながら、瑠架はゆっくりと後ろを振り返る。そうして重い足取りで来た道を辿ろうとした、その時――。


「見ぃつけた」


 六つ目の鐘の音と同時に、その男は現れた。


 ふうわりと風に揺れる金糸の髪。その隙間から見え隠れするロイヤルブルーの瞳からは、何かを企んでいる子供のように悪戯な光が見え隠れしている。年の頃はおそらく瑠架よりも少し上。見たことのない顔だった。


 瑠架は少し考えてから、右、左と辺りを見回す。声をかけられているのが自分ではない可能性もあると思ったからだ。すると男は可笑しそうにくすりと笑って言った。


「いやいや! 君。君のことだよ」


 そうしてずかずかと歩み寄ってくると、馴れ馴れしい仕草で右手を差し出す。


「はじめまして」


 いかにも胡散臭い相手に求められた握手には応えられない。威嚇するような目つきで睨みつけると、今度はけらけらと声をあげて笑いだした。


「本当に威勢のいいお坊ちゃまだ! まぁ、それくらいでないとアレキサンドライトの家の跡取りはつとまらないってことかな」


 差し出した手を引っ込めながら、男はそう言ってのける。どうやら彼は、瑠架がどこの誰であるのかを正確に把握しているらしかった。


「そんなに警戒しないでくれよ。それじゃあ仕事にならない」


 芝居がかった仕草で肩をすくめて、男は続けた。


「君のお父様の命でお迎えにあがったのさ。なにせこれからは、しばらく一緒に過ごすことになるからね」


 あくまで笑顔を保ったまま告げられた言葉に、嫌な予感をおぼえる。


「あんた、もしかして……」


 口にするのもはばかられる仮定を、男はいともたやすく肯定してみせた。


「俺は透夜。今日から君付きの石士になる」


 そう明言されて、瑠架は激しく動揺した。瑠架の誕生日までまだ三か月ほど猶予がある。石士をあてがわれるには時期が早いはずだ。


「事情は、またおいおいね」


 透夜はそう言ってにっと笑う。冷たい印象の顔立ちに反して、どうも子供っぽい表情(かお)をする男だ。


「これからよろしく」


 そう言って再び差し出される右手。瑠架は眉間に皺を寄せながら、しげしげとそれを観察する。色は白いが、いたるところに豆がある職人の指だ。おそらく彼の言っていることは嘘ではないだろう。


「……」


 結局瑠架は、透夜の手をとらずにすたすたと歩きだす。


「え~っ! ちょっと! 待ってくれよ!」


 透夜はやはり子供みたいな口調で文句を垂れながら、早足で瑠架の後を追いかけてきた。


 その左手に、宵闇の中でも燦然と輝く目の覚めるような青。彼の薬指にはまったリングには、無数の青い星が所狭しと敷き詰められていた。


 ――ブルーダイヤ。


 この国の者がその輝きを見まごうはずもない。瑠架はひっそりと息を吞むと同時に、男へのさらなる不審をつのらせた。


 ダイヤモンドを裸石(ルース)として発現できる者は限られている。王室の流れを汲む者か、はたまた突然変異か……。


 ――まぁ、知ったこっちゃねぇけど。


 瑠架は胸中でそう呟いて、さらに足を早める。あいつに速度を合わせる義理はない。というか、仲良く並んで家路につくというのは是非とも御免こうむりたい。


「ちょっと! 待ってったら!」


 人目もはばからず声をあげながら走りだした透夜に追いつかれまいと、瑠架もまた一気に歩幅を広げ、街道を駆けだした。


 さいわい地の利ならおそらくこちらにある。革靴の踵が奏でる小気味よい音を聞きながら、瑠架は頭の中で屋敷までの最短ルートを思い描いていた。

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