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授業

 美しいものを好むのが人ならば、それについた傷や汚れを疎むのもまた人の(さが)なのだろう。最近そんなことをよく思うのは、もうすぐ否応なしにそれらと向き合わなくてはならないからかもしれない。


「ではみなさん、この中で燃えているのがなんの石だかおわかりですか」


 午後の授業のはじめ。教師はそう言って、古めかしい赤銅色のランタンを掲げて見せた。


 ガラスの向こう側で揺らめいているのは、まるで勢いのない、死に際の蛇の舌みたいにちろちろと細い炎だ。燃えているのはどうやらよほどの安物とみえる。瑠架は頭の中でいくつかの候補をあげ、あたりをつけた。


「では、浅葱さん」


 ばらばらと手をあげていた数名の中から一人が指名される。


 流れるような仕草で立ち上がった浅葱が、淀みなく答えた。


「鉄水晶でしょうか」


 教師はにんまりと満足げに微笑むと、芝居がかった仕草で手を叩く。


「すばらしい!」


 おべっかもここまでいくと見事だな、というのは、きっとこの教室にいる生徒全員が思っていることだろう。しかしたしかに三大名家の跡取りの中でも、浅葱はひときわ優秀だ。


「石は我々にとってとても重要なものです。資源としてももちろんそうですが、それだけでないことはみなさんもご存知でしょう」


 そう言って教室全体を見回しながら、器用に瑠架の視線だけを避けていく。賢明な判断だ、とまるで他人事のように思った。


「みなさんの中にある裸石(ルース)は、貴方がたと人生を共にします」


 そう言って教師は自らの喉元をさすってみせた。彼もかつては、そこで裸石(ルース)を守っていたのだ。


「今みなさんは十七歳。十八歳の誕生日に《採掘》を終えれば、無事大人への仲間入りを果たします。その時には――」


 そこから始まったのは、いかにも教師らしい上から目線の退屈な講釈だった。いよいよ眠気をおぼえた瑠架は机に突っ伏して、残りの授業時間を睡眠時間にかえることを決める。後頭部のあたりに一瞬教師の恨みがましい視線が刺さった気がしたが、特に何を言われることもなかった。


「みなさんの将来は希望に満ちています。人生という長旅の舵を、これからどうとっていくか――」


 添えられた比喩のあまりの陳腐さに嫌気がさす。


 たしかに国内有数の名門校であるここに通っている生徒の大多数は、希望に満ちた将来を約束されているといっていいだろう。ここはいわば選りすぐりを揃えて並べた王室直属の宝石箱。瑠架のような〝傷モノ〟など、本来なら一人としてあってはならないのだ。


 小さく(かぶり)を振ると、意識的に思考をシャットアウトする。延々と続く大人の人生論は退屈だったが、子守歌にはちょうどいい。


 両目を閉じた瑠架は、指先でそっと自身の喉に触れてみる。


 喉仏のすぐ下を探るように二、三度押せば、すぐにそいつは見つかった。裸石(ルース)――それは瑠架を瑠架たらしめる呪いの石だ。


 いっそこんなもの――。


 胸中で呟きかけた言葉の続きは、午睡の心地よさにとろけて消えていく。


 僅かに開けられた窓の隙間から吹き抜けた春の風が、眠りにつこうとする瑠架の前髪をそよりと柔らかく揺らしていった。

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