★第4話、嵐は過去(前世)の真実を運んでくる。
★第4話
朝起きると、リュカに抱き枕にされていた。
「どうりで温かいはずだよ」
昨日の夜、リュカは僕の部屋を興味深そうに見て回り、押入れまで覗いたりなんかしていた。僕が前世で生まれた時から使っていた、小物や家具とか細部に至るまで記憶に残る全てが再現されているから、初めて見るものばかりで面白かったみたいだ。懐かしいと思っても、僕には見慣れたものばかりで、すぐに飽きてしまったのだ。
「先に寝るからリュカは隣の部屋のベッド使ってよ」
「分かった」
そう言って、布団に潜りこんで寝るときは確かに1人だった。でもってリュカには隣の部屋を勧めたはずなんだけど、なんで一緒に寝てんの?
「まぁ。いっか! とりあえずメシと風呂だ」
リュカの腕から抜け出して、鞄からアイリが持たせてくれた風呂セットを取り出し手に持って、階段を一段ずつ慎重に降りて台所に行く。
……うん。なんとなく分かってたよ。
ガスも電気も通ってないから、コンロに火は付かないし、冷蔵庫は空っぽの箱だし、これじゃただのオブジェだよな。建物と家具と家電化製品を全て再現できても、ここは地球じゃないんだから、当然の結果だけど残念過ぎる。仕方ないけど今日も干し肉と乾パンだ。
けど凄い事を思いついてしまった。風呂はいけそうな気がする。
風呂場に行って、湯船の上の辺りに『湯』と書いてみた。すると予想通り 「バシャ!」 っと大量の湯が現れたまった。手を入れてみると丁度いい温度だ。ついでに『柚子入浴剤』も呼び出して放り込む。
早速、服を脱いで石鹸で体をしっかり洗ってから湯船につかる。アレティーシアの体は小さいので、良い感じに首辺りまで湯につかる事が出来るのが嬉しい。
「気持ちぃ~! やっぱ風呂は最高だよな」
しかし湯を楽しんだ後に、問題が起きてしまった。夜会の前に風呂に入った時は、長すぎる髪の毛をアイリが洗ってくれたから気にしなかった事。それは、この湯船の中につかってしまった髪の毛だ。湯を吸って重さがあるし毛量も半端ない、とてもじゃないけど一人で洗えそうにもない。更に、洗面器で湯をすくって自分の頭にかける事が出来ないのだ。体にかけるぐらいは何とかいけるけど、頭の上となると重すぎて持ち上がらない。
「どうしよう。洗ってほしい……」
髪の毛は、パサパサのゴワゴワに乾燥して絡まってるし、半分以上が湯船の中に入ってしまっている。だからどうしても洗いたい。普段は変身術で短く見せかけているけど、洗う時は隅々まで洗いたいから術をを解いて入りたい。とりあえず体は布で隠しとけば良いしダメ元で頼んでみることにした。
「リュカ! 頭洗って欲しいんだけど!!」
風呂場の、ドアを少しだけ開けて大きな声で呼んだ。
「今、行く」
階段をギシギシ軋ませ降りてくる音がする。
「入っていいか?」
「うん!」
風呂場用の布を体に巻いて、リュカに背を向け椅子に座る。
「断るって言われると思った」
「どんな事でも頼ってくれ。その方がオレも嬉しい。痒いところがあれば言ってくれ」
湯船から洗面器で湯をすくって優しくかけて濡らし、石鹸を泡立て丁寧に頭の地肌から長い髪の毛の先の方まで時間をかけて洗って、再び湯をかけ泡を洗い流して終了した。
「どうだ?」
「ありがと! 気持ち良かった」
「それは良かった」
僕を洗い終えると、直ぐに出て行ってしまった。少し冷えた体を湯につかって温める。人に頭を洗ってもらうのって最高だよな。美容院に行った時なんかは、寝てしまうほど気持ちいいからさ。などと思いながら風呂場を出ると、台所で冷蔵庫もどきの扉を開け閉めしているリュカがいた。
「それは冷蔵庫ってモノなんだけど、本当は食べ物を保存できるんだ」
「なるほど。棚も沢山あるし扉側にも物が入れられるのは面白いな」
「あっ! そだ。冷める前に風呂入ってみてよ」
湯船の中の湯を入れ替えて、柚子の入浴剤も入れておいたのだ。
「ありがとう。湯冷めするなよ。じゃ! 入ってくる」
「うん! ゆっくりしてきて」
最初、僕は驚いたんだけど服を脱いだりとか着たりとかは、アイリがやってくれるんだよ。リュカも王族だから、メイドさんとか側仕えの目の前で着替えたりとか日常なんだろう。僕がいても恥ずかしがることなくテキパキと服を脱いで風呂に入っていく。そして振り返る。
「先程も思ったが湯の色も香りも素晴らしいな」
「前世で使ってたものなんだけど気に入って、いつも使ってたんだ」
「なるほど。オレも好きだな。では、ありがたく入ってくる」
「うん! 楽しんできて」
髪の毛を乾いた布で拭いて乾かす。
朝は少し冷えるから2階に行って、鞄から毛布を取り出し羽織る。再び台所に戻ってコップに水を注ぎ入れ椅子に座って飲む。
暫くすると、リュカが布で髪の毛を拭いて乾かしながら出てきた。
「とてもいい湯だった」
「はい。水。今日はどこまで歩く?」
「ありがとう。情報を集める為に街道に出て馬車に乗る予定だ」
「分かった」
国同士のゴタゴタもあるみたいだし、兄さんの行方も気になる。ずっと山にいるとは限らないから情報集めは重要だ。
硬いパンを水を飲みながら齧り、干し肉をガムの様にモゴモゴさせながら食べてから出発した。
今まではティルティポー共和国のラウルたちに、こちらの動きを知られるのは不味いから獣道を進んできたけど、リュカが街道を選ぶという事は……
「もしかしてミュルアーク王国に入った?」
「あぁ。まだ端の方だが、もう追手とかの心配はないだろう」
「もうすぐ着く?」
「いや。まだ遠いから馬車に乗るんだ」
「まだなんだ……あ! でも馬車は楽しみ」
歩かなくてもいいのも嬉しいけど、僕はガタゴト車輪を鳴らして走る馬車が気に入ってしまってのでワクワクしてしまう。馬が可愛いのもポイントが高い。
リュカが、僕の歩く速度に合わせてくれるから1日で進める距離は短い。獣道を抜ける頃には、太陽が沈み薄暗くなっていた。街道沿いには、馬車が所々に止まって野営の準備をしているのが見える。
その中で、焚火を囲んで賑やかに談笑している、1番人が多く集まっているグループの元へ向かう。
「こんばんは。お邪魔してもいいか?」
「おう! こんばんは! もちろんだ。その代わり夜の見張りは交代で頼みたい。魔物が出るからな」
「ありがたい。見張りも了解だ」
「兄ちゃんたち、一晩だけだがよろしくな!」
「あぁ。よろしく」
「よろしく」
多分このグループのリーダーだろう、筋肉隆々のモヒカン男が、ニッと笑って手を差し出してきたので握手をした。
「俺たちは魔物討伐専門の傭兵みたいなもんなんだが職業柄、色々訳アリが集まってるから名前とかの詮索は一切無しで頼む。俺らもお前たちの事は何も聞かない」
「分かった。こちちらもその方が助かる」
「夜は冷えます。これをどうぞ」
焚き火の傍に敷布を出して座ると、魔導士風のグラマラスなお姉さんが、僕たちにも暖かいスープを振舞ってくれた。小さな肉と野菜の入った塩味のシンプルなスープだけど、夜風で冷えた体には嬉しい。
「うま! 温まる! ありがとお姉さん」
「オレたちにまで貴重な食料をありがとう」
「どういたしまして」
パチパチ炎の爆ぜる音と、火の粉が舞う賑やかで明るい雰囲気の中、毛布に包まって話し声に耳を傾ける。
「そういえば双子神子が魔族の討伐に出発したらしいぜ」
「どんな奴らなんだ?」
「俺は夜会に忍び込んでみてきたけど、女の方は中々美人だったぜ!」
「見た見た! オレは出発の儀式ん時だけどな。なんか細っこい男が剣を天に掲げて何か言ってたな。あんなんで大丈夫なのかよ?」
「本当よね! あんな2人に倒せるの? って感じたわ。というか魔族なんて放っておけばいいじゃない。別に害も無いんだし!」
「だよな! それより最近、妙に増え続ける魔物退治やってくれって話だよ」
「オラも見だが、あんまじ強ぞうに見えんだっだ」
「そこはほら! アレだよ! 力を見せつけるとか、そんな感じのパフォーマンスだろ!」
「ティルティポの奴らがやる事だから、どうせ碌なことじゃないと思うぜ」
「きな臭い奴らの巣窟だからな」
双子神子……サリアたちは、僕たちがティルティポー共和国を出て直ぐに出発したようだ。でも聞いた感じ、魔族が侵略してくるような気配も無ければ、魔王が暴れだしたと言った話も全く出ない。ティルティポーが一方的に戦いを仕掛けているようだ。
残念ながら、兄さんの情報は聞えてこなかった。
歩き疲れていた僕は、話を聞いているうちに寝てしまっていたようで、翌朝、馬車の中でリュカの膝枕で目が覚めた。リュカは情報集めの為に同乗者たちと喋っているので、僕が目が覚めた事にも気がつかない。寝起きでボンヤリしてたのと、馬車の絶妙な揺れが心地よくて再び眠りに落ちた。
一週間ほど乗り合い馬車に揺られ続け、ようやく遠くに薄っすらと山々が見えはじめた。
「よし。ここで馬車を降りる」
「もう着いた?」
「徒歩だと、あと3日くらいはかかるが双子神子と到着をずらす為に、ここからは歩いていこうと思う」
「分かった」
ここまでの旅で、リュカが優しい人だと分かっている。だから僕を気遣って、街で2人に出くわさないように到着を遅らせるつもりなんだろう。
街道を歩いていると、夕方から雨が降り出した。最初はポツポツだったから、近くの森の木の下に避難していたんだけど直ぐに大粒の雨に変わり始める。
雨だけでなく次第に風も出てきたので、森の茂みに入り込み、周囲に人がいないことを確認してから、いつものように『日本家屋』を呼びだし、ドアを開けて鞄から取り出した布で体を適当に拭いて風呂に直行する。
「うわぁ……酷い目にあった」
「久しぶりの嵐になりそうだな」
風呂から出て、水と乾パンと干し肉を食べながら思わず愚痴ってしまう。靴もドロドロになったし、髪の毛も変身術が解けてしまってグチャグチャになったから、またもやリュカに洗ってもらったのだった。
2階の自室へ行き、リュカと布団を整えて寝る準備をしていると、外は本格的な嵐になって来た。ガラスがガシャガシャ鳴り続け、雨も打ち付けられてるのでバチバチとかなり喧しい。
その時、玄関のドアが 「バタン」 と大きな音で開け閉めされる音が階下から響いた。
人が入ってくるなんて初めてで戸惑っていると、リュカが足音を立てないようにしながら、僕の部屋のドアを閉めて、更にドアが開かないように、かなり重さのあるソファーを重しにしてドアを塞ぎ、僕を抱えて座る。
実は、この家の弱点は鍵がかけられない事なんだ。前世での記憶のコピーでしかないから仕方ないと諦めてる。
入ってきた人の会話に耳を澄ますと、聞えてきたのは忘れようとしても忘れられない声が聞こえてくる。思わずリュカの腕を握り締める。僕の動揺が伝わったのか、リュカは強く抱きしめててくれる。察しのいいリュカは入ってきた2人が双子神子だと直ぐに分かったようだ。
「何これ! まじぃ? やっぱり見たことあるって思った! ここってシンの家じゃん!」
「シンって、この世界に来る切っ掛けになった奴だろ?」
「あはは! そうよ! あんたが殺したヤツ。あいつの母親、あたしの働いてる会社の上司だったのよ」
「もしかして前に言ってた夢見がち女?」
「ソレソレ! 私の旦那様は王子様なの~! とか何とか言ってさ。ウザかったんだけど、どんな男か気になるじゃん!」
「お前、男好きだからな」
「誰でもいい訳じゃないわよ! 経済力のあるイケメンに限る!! って、あたしの事はいいのよ。それでさ自慢の旦那さんに会わせてよ! って家までついて行った訳よ。そしたらイケオジ過ぎてビックリよ」
「へぇ……それで?」
「割と好みだったんだけどさ。お堅いヤツで今度2人で会わない? って誘っても無視すんの! ちょームカつく!」
「フラれたんかよ。そんで腹いせに殺したとか?」
「殺したことは否定しないけど、フラれたからじゃないわよ! こっち来て」
「やっぱりこの2人が事故に見せかけて両親も殺したんだ……」
悲しみよりも怒りが沸々湧き出してきて、どうにかなりそうで思わず呟いてしまった僕を、リュカが宥めるように背中を撫で続けてくれる。
階下では、何かを漁っているのかガタガタ音が響いている。
「これよ!」
「きったねー本! それが何?」
「双子神子の研究書。あの女の旦那は研究中の事故で地球に来たって話なんだけどさ。ここ見て!」
「研究? 違う世界から来たって普通信じねぇだろ。妄想だと思わなかったのかよ?」
「そりゃね! もちろん最初は頭がおかしんじゃ? って思ったわよ。でも満月の日だったかな? 月の光の加減で髪の毛とか目の色が金色に光って見えたの! 思わず綺麗って褒めたら『これは俺の誇りだ』とか『シンにも世界を見せてやるんだ』とか言って、その時にこの本を読んでくれたの」
「それで信じたのかよ! お前も単純過ぎじゃん!」
「だって面白そうでしょ。別世界に行くとか憧れちゃうし! 実際、召喚されて勇者様とか聖女様なんて言われて悪い気はしないしさ」
「確かに! お偉いさんに頭ペコペコされて、美人なメイドさんも俺の言いなりだし、毎日豪華な食事食えるのは良いな!」
「でしょ! それでね。重要なのは、この世界と地球を行き来出来るって書いてあるのよ!」
「じゃ! 俺ら帰れるんだな!」
「もちろんよ! 金目の物ゲットしたら日本に戻って豪遊よ~!」
「良いなソレ!」
「でしょ!」
知りたかった理由は私利私欲にまみれた本当にくだらないものだった。
怒りと悲しみで震えが治まらない体を、リュカが抱き上げベッドに寝かせて、僕が眠るまで撫で続けて離そうとはしなかった。荒れ狂うような気持ちが抑えられなくて、心の中で何かが爆発してしまいそうで、リュカの暖かさに無意識に、しがみつきながら眠ってしまっていた。
朝、起きると嵐も治まり静かになっていた。階下に行くと2人の姿は無く、その代わり荒らされまくった部屋が残されていた。リビングの片隅では、リュカが床に座り込んで本を読んでいた。僕が起きてきたのに気が付くと、ニヤッっと何だか悪そうな笑みを浮かべ手招きをする。隣に行って座ると僕にも本を開いてみせてくれる。
「クックックッ! 奴ら帰る事は出来ないかもしれないぞ。それどころかヤバい事になるな」
「どういう事?」
「地球と、この世界は確かに繋がって行き来は出来る。ただし前世の倉田木シンと両親が生きていることが必要不可欠なんだ。血の契約などと仰々しく書いてあるが、それぞれの世界の親を持つハーフの子供だけが行き来できるって事のようだ」
「じゃあ。倉田木シン以外には2つの世界を行き来することが出来ないって事だよね?」
「あぁ。そうなるな。倉田木シンの両親は地球に戻るときの道しるべだ。血の絆は別の世界に行ったとしても繋がってるってことだ」
「命綱みたいなものかな。じゃ! 双子神子の召喚が成功したわけじゃないとか?」
「2つの世界の血を引く倉田木シンが殺されて、皮肉にも血の契約によって一方通行の道が出来て、その時に丁度都合よく神子の召喚が行われていただけの話だとオレは思う」
「でも胸に証が現れたって!」
「あんなものいくらでも捏造できる」
リュカが本の真ん中あたりのページを開いて、2種類の神子の証を見せてくれた。本に載っているならコピーでもしてタトゥーを日本にいるときに入れておけば、それらしく見えそうだ。
「確かに出来るかも」
「本来の召喚じゃないとすれば、いずれボロが出る。そもそもティルティポーのラウルとシャイナは王では無い。偽りの神子だと分かれば、ただではすまない」
「王じゃないと呼べないの?」
「あぁ。王の血で魔方陣を描き、王が祭壇に祈りを捧げて初めて双子神子の召喚が出来る」
「かなり大変な儀式なんだ」
「そうだな。だから600年くらい儀式は行われていなかった」
「聞けば聞くほど、おかしい召喚なんだ。てことはサリアたちは……」
「タキが手を下さなくても奴らには破滅しかないだろうな」
「そっか。うん……」
理由が分かって、許せない気持ちが大きいけど一晩寝て少し気持ちに余裕が出てきた。リュカがいつでも傍にいてくれるのもあると思う。
「これからの事は少しずつ考えればいい。朝食を食ったら出発だ。明日にはミュルアークに到着する」
リュカが僕の頭を、クシャリと撫でて立ち上がると旅支度を始めた。