第11話ー1、氷の様な冷たい和風エルフの魂を溶かせ!
「寒くなって来た。部屋に戻ろう」
「うん!」
吐く息も白い。
雪がフワフワ舞い始め、夜と言う事もあって身体が冷えブルッと震えてしまう。そんな僕に、リュカが羽織っていた上着を、僕にかけてくれた。手を繋いで船内に向かう。
「カァ! カァ!!」
「あっ! 待って、母さんからだ!」
見覚えのある赤いリボンをつけた鴉が雪の舞う中、僕たちを探して飛んできた。上着の中から手を出すとヒラリと腕にとまる。
「部屋で見よう」
「それが良いだろうな」
甲板から戻ると、部屋の隅にぶら下がっている、火の魔法石で暖められて室内は寒さを感じない。木箱の上の布にくるまって寝ていた天音が目を覚まし、ムクリと起き上がり僕の胸元に潜り込んできた。
鴉の足から手紙を外して中身を確かめる。思った通りリュカ宛の手紙もあった。
「これリュカにって!」
「ありがとう」
リュカに手渡した後は、自分宛の手紙を開く。小さな羊皮紙に家族からメッセージが書かれている。
流れるような美しい文字は母さん「気をつけて行きなさい」
羊皮紙に穴が開きそうなくらい力強い文字は父さん「旅先でもしっかり食事をとれ」
そして少し角張ったような文字は兄さん「アレティーシア離れていても愛してるよ」
良かった皆んな元気そうだ。
紐状の小さな羊皮紙に、一行ずつ書かれたものだけど僕にとっては宝物だ。手紙を胸に抱きしめてからポケットに入れた。
リュカを見ると難しい顔で返事を書いている所だった。
僕も返事を書きはじめた。もちろんこれから青の大陸に渡る事についてだ。
「明日の朝、鴉を飛ばすね」
「あぁ。頼む」
ゴウゴウと音が鳴り出し、船の揺れも大きくなってきた。外は吹雪いているようだ。火の魔法石があっても、室内がシンシンと冷えてきた。
「タキこちらに来い」
「うん」
厚手の布一枚では寒かったから、僕は布ごとリュカの腕の中におさまった。
リュカと天音の、2人のぬくもりで次第に眠気が訪れた。
バァン!!
「おぅ! もうすぐ着くから起きろよ!」
部屋のドアを開けると同時に、大きな声が響いて一気に目が覚めた。
天音は余程驚いたのか、目をまん丸にして毛を逆立て尻尾まで立っている。
さすがにリュカは僕が目を覚ます前に、起きてたみたいで僕たちの驚く様子を見て「ククク」と笑っていた。笑っているリュカから手紙を受け取り、自分のと重ねて鴉の足に巻く。
それから、甲板に出て直ぐに鴉を飛ばした。
「よろしくね!」
「カァ!!」
離れていても鴉のおかげで、家族と繋がっている気がする。
「見えてきたぜ!」
前方を見ると、まるで剣山のように尖った山並みが見えてきた。
「なんか凄い大陸だね」
「青の大陸は山と雪の国だからな!」
近づくにつれて、その山々がもの凄い高さがあるのが分かった。
桟橋に船が着く頃には、首を真上に向けても山頂が見えなくなってしまった。
「んじゃ! オデは積荷をおろさんといかんから、勝手に下船してくれな!」
「ありがと!」
「世話になった」
「おぅ! 気ぃつけて行けよ!」
天音は寒くて僕の胸元から出てこなくなった。暖かいから僕は嬉しい。
船を降りると、降り積もった雪が固まっていて滑りそうで怖い。
「まずは毛皮と靴の調達だな」
「うん。このままだと凍えるし転びそう」
実際、何度か転びかけたし、その度にリュカに支えてもらってしまった。
「さすがに出店みたいなのは出てないんだね」
「これだけ寒いと客も来ないだろうな」
街中は、たまにすれ違うエルフがいるけど、僕たちの事には全く無関心だ。
「あっ! あそこ道具屋って書いてある」
「行ってみるか」
桟橋から真っ直ぐ来た所にある、宿屋の隣に道具屋を見つけた。
ドアを押し開けると、カウンターに尖った耳をした金髪エルフがいた。
ただし服装が、懐かしさを感じる和服姿なのには驚いた。外にいた時は皆んな、毛皮のコートを着ていたから気がつかなかった。
「あんたたち、他所もんだろ? 何しにきたんだい?」
敵対心バリバリで、眼光鋭く睨んできた。美人の怒りは迫力があって怖い。
「王都に用があって来た。移動の為の毛皮と靴が欲しい」
「ふ〜ん……。じゃ、コレ金貨20枚」
カウンターの下から、少し薄汚れた毛皮と靴を出し床に放り投げてきた。
ドサドサッ!!!
「あり得ない値段だが急いでる」
仕方なし、と溜息を吐きながら金貨の入った袋を置いて、毛皮と靴を拾い手に持つ。
「行くぞ」
僕の手を引っ張り道具屋を出る。
「今のぼったくりだよ! しかも悪質!」
「だかここしか道具屋は無い。そして毛皮と靴は必要だ。仕方ないだろう」
「うん。たしかに無いと困るし凍死しそうだよね」
「あぁ」
リュカは、ハァーっと溜息を再びついた。
「おい! お前ら! バカか!! そんなもんに金払ってんじゃねー! それはアイツの汚ねぇ古着だぜ!」
路地裏の雪の少ない所を見つけて腰を下ろし、仕方なく薄汚れた毛皮と靴を履こうとしていると、背後から少女の声が響いた。
振り返ると、もこもこに着膨れて、まん丸になっているエルフの女の子が僕たちを見ていた。動きにくそうだけど暖かそう。
「ほらよ!」
少女が投げたものを反射で受け取ると、先程リュカが道具屋に渡した金貨だった。
「え? じゃ。これ返さないといけないんじゃ?」
「んなもん捨てろよな! でさ、あんたたち王都に行くんだろ?」
「うん。だから毛皮と靴を買って準備してたんだよ」
ぼったくりだったけど……。
「あたしが連れて行ってやる!!」
「それは嬉しいけど、とりあえず寒いんだよ」
「ワリィ! ワリィ! ほらコレ着なよ!」
少女は、もこもこまん丸になっている腹の辺りに手を突っ込むと、ゴソゴソさせて毛皮と靴を取り出して渡してきた。出したのに、まん丸具合は変わらないし、もこもこもそのままだ。
「一体どこから出したの?」
「それはな、マジックバック持ってるからだぞ」
「そうなんだ」
「だから早く着ろ!」
「分かった」
リュカと僕は言われるがままに、渡された毛皮を羽織り、滑り止めの付いた靴を履いた。
「よし! 着たな! では王城に行くぞ!」
「え!? いきなりお城に行くの!」
「王都ユウギリは、この港町サユラの隣にあるから大丈夫だ!」
もこもこまん丸エルフは歩きだした。慣れているのか、歩きにくそうには感じない。
港町サユラと、王都ユウギリは、山の谷間を利用して作られた鉄製の門で区切られてるだけで本当に隣同士だった。
ちなみに門番もいるにはいたが、目をぼんやりとさせて無反応で奇妙な感じがした。
「♪〜♪〜♪〜」
鼻歌を口ずさみながらエルフの少女は、サクサクとリズミカルに歩いて行く。けれど雪道に慣れてない僕たちは滑り止め靴を履いていてもついて行くのが大変だ。
「あはは! お前らヤワだな」
「雪に慣れてないんだよ〜……」
「あぁ。歩きにくい」
人気の少ない街を横断するよう端から端まで進むと、まるで日本のお城にそっくりな建物が、山の裾野に張りついていた。
「さ! ここが城! なんだけどよ。裏から入るぜ」
「もしかして盗賊?」
「ハァ? 違うって! あたしはユラハ! 一応、パパが王様なんだ」
全く王族には見えない。まぁ。僕自身も、っぽく無いんだけどさ……。
「まぁ。疑ってもいいけどさ。とりあえず話を聞いてくれよな!」
「分かった。話は聞く」
「うん。僕も話は聞きたい」
ユラハの後ろをついて行くと、いかにも裏口と分かる木製のドアを開けて入る。
「こっちだ」
たまに衛兵らしき武装した、サムライ姿のエルフとすれ違うけど門番と同じく無反応。まるで僕たちが見えていないかのようだ。
途中の板張りの階段は、リュカに抱っこしてもらい上がった。早く自分で何でも出来るようになりたい。
更に畳敷きの長い廊下を歩いて、突き当たりを曲がった所で止まった。
「ここだ」
襖をスルスルーっと開けて、僕たちを部屋へ招き襖を閉める。
「ベッドを見てくれ!」
ユラハが指差す天蓋付きベッドに近づき、レースのカーテンをソッと開けた。
「な……に……!?」
「なんだコレは?」
そこには、長い銀の髪の毛が美しい、薄紅色の長襦袢姿のエルフの女性が虚空を見つめ座っていた。のだが、女性の身体には無数の赤い糸が絡まり氷ついたように固まって全く動かない。
「あたしのママは、魂を吸われたんだ」




