★第2話、ティルティポーの夜会は陰謀だらけ。
★第2話
朝食後、自室に戻りアイリの入れてくれた薫り高い紅茶を楽しんでいると、ノックの音の後に母さんが入ってきた。
「母さん、髪染めたのか? それと目も!」
美しい金髪とキラキラ輝いていた金の瞳は、艶やかな黒髪と宝石のような紫の瞳に変わっていた。
「これから城の外に行くのですからね」
「オシャレしたんだ」
「ただのオシャレならば良いのですけど、これは違いますよ」
「事情があるんだ」
「えぇ。貴方も気が付いていると思うのだけれど、私はこの国の女王で、夫であるシルヴァンスは国王。それなりに他国ともお付き合いをしていかなくてはなりません」
城に住んでるから、ただの金持ちとは思ってなかったし、それに国同士の付き合いがあるというのも理解できるから頷きで答える。
「この世界では、貴方の今いる草食獣一族を君主とするフィラシャーリ王国、私の故郷である肉食獣一族を君主とするミュルアーク王国、そして今から赴く人間たちが住まうティルティポー共和国の3つの国と、海へと出れば名もなき小さな群島諸国があります。けれど国同士は、あまり友好的とは言えないのです」
なるほど。どの世界でも争いは絶えないってことらしい。再び頷く。
「ティルティポー共和国は、中立を唱えてはいるけれど人間至上主義の草食獣一族よりで、度々ミュルアーク王国に戦争を仕掛けているのです。そんな中ミュルアーク王国へ、極秘でフィラシャーリ王国から使者が訪れ和平の申し出が来て、私はミュルアーク王国からフィラシャーリ王国へ嫁いだのです。もちろんティルティポー共和国に、知られるわけにはいかないので身内のみの質素な結婚式ではありましたけどね。よくある政略結婚という事になるけれど、シルヴァンスを含め皆が良くしてくれているので今は幸せなのです。けれど国外ではそうはいかなくて姿を偽るしかないのです」
「そういう事だったんだ。でももしもの時は、父さんの代わりに俺が母さんを守るから安心してよ!」
「まぁ。頼もしいわね。けれど無理はしないでくださいね」
「うん! 無理はしない」
フワリと微笑み、俺の頬を愛おしそうに撫でてくれる。
「話の続きをしますね。ティルティポー共和国は色々と黒い噂が絶えずある意味、夜会の為とはいえ敵陣に乗り込むようなものなのです」
「もしかして危険を冒してでも行かなきゃいけない理由があるとか?」
「えぇ。普段であれば何か適当な理由をつけて行かないようにしていたのだけど、双子神子の召喚に成功したというのです」
「双子神子?」
「異世界から召喚される者たちで必ず男女2人で現れるので、そう呼ばれているようです。重要なのは正しい国が召喚したなら繁栄をもたらすと言われているのですが、ティルティポー共和国が召喚に成功したならば世界の破滅を招くと噂されているのです」
もしかして双子神子って勇者みたいなものなのか? で問題のあるヤバい国が召喚すると魔王になる的な感じなのか? 情報が噂レベルなせいで、いまいちよく分からないな。
「真意と事実を確かめる為に行くんだな」
「そういう事になりますね。危険もあると思います。いま一度聞きます。それでも一緒に来てくれますか?」
普通に旅に出たとしても、この世界はまだまだ分からない事だらけで危険なら、いくらでも潜んでいるし、様々なことを知るいい機会だ。答えは揺らぐはずない。
「行くに決まってんじゃん! それに母さんも見てたんだろ? さっきの魔法があれば母さんの事だって守れる!」
「では行くための準備をしましょう。アイリを手伝いによこします。それと先ほどの魔法は、いざという時まで人々に見られないようにした方がいいでしょう」
「分かった。アイリに荷造り手伝ってもらう。魔法は見られたらダメな感じなのか?」
「実は、アレティーシアには魔法の才が無く周囲の者たちにも知れわたってしまっているのです。しかも貴方の使う魔法は私も初めて見る類のものだったので驚いたのですよ」
「それは確かに色々な意味で隠した方が良さそうだな」
「そうなさい。それと今日はお嬢様を演じてもらえるかしら?」
「あはは! 確かに俺は無いよな。了解。今日はお嬢様頑張ってみるよ」
「期待してますよ。それでは私も支度があるので戻ります」
お淑やかとまではいかないかもだけど、口調くらいは出来る限り気をつけておこう。
母さんと入れ替わるようにアイリが 「失礼致します」 とお辞儀をして入ってきた。そして台車に乗せた、可愛い動物が彫り込まれた大きな木箱に、服やら靴やら小物類を手際よく入れていく。女の子のファッションは、分からないのでアイリがいて本当に助かった。
昼食後、中庭に来るように、と父さんに言われていたのでアイリと共に向かう。歩きながら城内を見て歩くと、その素晴らしい装飾品と美術品の数々やインテリアにも驚いたけど、辿り着いた中庭は言葉では言い表せない規模で、野球やサッカーも同時に出来るくらい広々として、地面には青く瑞々しい芝生が敷き詰められている。更には中庭を囲むように、一定間隔に並ぶ樹木は美しさを考え見栄え良く手入れされている。
暫くすると、馬車が目の前に止まり、次々と荷物が入れられていくのを見つめていると、馬の手綱を馬車から外し馬だけ御者に連れられ帰って行ってしまった。馬無しの馬車でどうするんだ? と思っていたら、上空から大きなドラゴンが馬車の上に舞い降りてきた。そのドラゴンには手綱が付いていて、逞しい男性が乗っていたようでジャンプして下りてきて、馬車とドラゴンをベルトのようなもので固定する。
「支度を完了しました。気を付けてお乗りください」
ドラゴンに乗っていた男性が、お辞儀をしながら促す。
最初に母さんが乗り込み、俺に向かって手を差し伸べる。父さんは見送りの兵士たちと一緒にいて馬車には乗らないようだ。
「アレティーシア行きますよ」
「父さんは行かないのですか?」
「公務がありますし国王不在には出来ませんからね。今日は2人で行くのですよ」
「それはそうですね。分かりました」
差し伸べられた手を握ると、思ったより強い力で馬車の中に引き上げてくれた。俺たちの他には騎士団長と、母さんと俺の世話係が乗り込んできた。車内は広めに設計されているので、狭さを感じない。座椅子もシックな感じの茶色い革張りで、弾力性もあって座り心地もいい。
ドラゴンを操る男性が、馬車とドラゴンが、しっかり固定されているかを入念にチェックを始めた。最後に窓から僕たちが座っているのを確認する。
窓から見える父さんたちが手を振っているのが見えたから、手を振り返すとニカッと笑って答えてくれた。
そして次の瞬間、エレベーターに乗った時のような浮遊感とトンネルで耳がボワンとする感覚がして唾を飲み込む。窓から見える風景は緑と城から、青い空へと変わっていた。
「凄いな!」
「空を飛ぶのは初めてかしら?」
「初めてだ!!」
「では、ゆっくりと楽しみなさい」
「うん!」
前世では飛行機には縁が無かったから、空を飛ぶというだけでテンションは爆上がりだ。今日はお嬢様らしくするつもりだったのに早速、素の自分が出てしまい窓に張り付いて外を眺める。けどそんな俺を、母さんはニコニコ見ているだけで叱ったりはしなかった。優しい母さんに恥はかかせられないから、目的地に着いたら気をつけようと気合いを入れる。
真上にあった太陽が今は地平線の向こうへと消えかけて、下界を茜色に染め始めた。体感的には数分くらいに感じてしまうほど楽しんでしまっていた。
「そろそろ到着します。危ないからこちらへいらっしゃい」
「はい」
「空の旅は楽しめたかしら?」
「思ったよりも揺れたりしないし、何より景色が、とても綺麗で美しくて感動しました」
「ふふ! それは良かったわ」
エレベーターが下降するような感覚と共に、耳がボワンとなって唾を飲み込んだ。次にコトンと軽い音が響き、ドラゴンと馬車が地上へ到着した。
色々と問題がある、とはいっても初めての外国なので早速、馬車から降りようと立ち上がると母さんに呼び止められ腕を引かれる。そして、ピンク色の生地に花の刺繍が可愛い眼帯を右目に着けてくれた。
「金色の瞳は肉食獣王家の血を引く証なのです。私と同様に隠しておく方が良いでしょう」
「分かりました。ありがとうございます」
この国では肉食獣一族は、良く思われてはいないから身の安全を考えての事だろう。
ティルティポー共和国で、一番の富豪だと言われているラウルの屋敷に到着して、招待状を入り口に立つ騎士団に渡すと 「どうぞ」 と、そっけない対応で通された。
夜会の開かれている大広間に入ると、思わず開いた口が塞がらなくなってしまった。
金がこれでもか! というほど使われている装飾品や美術品の数々。ギラギラと輝く大粒の宝石を、そのまま使ったと分かるシャンデリア。極めつけは絨毯にまで金やら宝石が縫い留められ、更にラメっぽい何かが使われているのか毛足までテカテカ光を放っている。
何というか、やりすぎ感があって居心地が悪くソワソワしてしまう。
客人はかなり多く大広間が人でごった返して、話し声でザワザワとかなり騒々しい。漏れ聞こえてくる話題は、やっぱり双子神子の事ばかりだ。
「本日は沢山の方々にお披露目に駆けつけて頂き大変嬉しく思ってます。最後まで夜会を楽しんでいってください」
大広間に大きな野太い声が響き、中央階段から、黒髪で恰幅のいい脂ぎった男性が金の手摺に片手を滑らせるようにしながらノシノシと降りてくる。そのすぐ後ろを、ドレスの胸元が大きく空き、腰まであるスリットも妖艶で艶めかしい色気を放つ茶髪の女性が、腰をくねらせながら歩いているんだけど、指輪もイヤリングもネックレスも大粒の宝石がユラユラと、可愛らしい感じではなく重そうにブラブラ揺れている。そこまでは百歩譲って良いとしよう。けれど真っ赤なドレスにまで、金や宝石がゴテゴテと縫い付けられているのはどうかと思う。もしかして、ここの絨毯を作った人と同じ人がデザインしたのか? と首を傾げてしまうほどだ。
「さて本日のメインイベント双子神子の登場です。皆様、あたたかい拍手でお迎えしてやってください」
パチパチパチ!!
派手な男女が階段を降り切ると、ついにお披露目が始まった。大広間からは盛大な拍手が響きわたり、期待と不安で騒めきがより一層広がっていく。
「神子様の降臨じゃ。めでたいのぉ」
「まさか本物か!?」
パチパチパチパチ!!!
「この国には荷が重いだろ!」
「この世の破滅だ!!」
「神の怒りが下るぞ!!!」
パチパチパチパチパチパチパチパチ…………
止まない拍手と騒めきの中、黒い仮面をつけた騎士風の鎧を身に着けた男性と、魔導士風の黒いローブを身に纏った女性が階段を下りてくる。その足取りは、自信に満ち溢れていて中々に様になっている。
そして大広間の中央に来ると仮面をとった。
その顔は見覚えがありすぎた。新しい世界に来たのだから全て忘れようと決めたのに……。
「なっ……んで……」
眩暈が襲って来て、呼吸まで出来なくなりそうだ。
足を、もつれさせるように思わず後ずさると、背後にいた母さんにぶつかってしまった。
「どうしたのですか?」
「……奴らが【俺】を殺したんだ」
目をギュッと瞑り、拳を震わせ吐き捨てるように呟くと、母さんは何も言わずに俺を抱き上げ大広間から出て、庭園を少し歩いたところにある噴水まで来ると、近くにあるベンチに座らせて背中を優しくなでてくれる。
「世界が違うから、もう会うことは無いって思ってたんだ」
深呼吸を繰り返しながら呟く。母さんは俺を守るかのように力強く抱きしめてくれる。
どのくらいの時間、座っていたのか分からないけど、大広間からは大音量のダンス音楽が響き始める。
母さんの温もりと涼しい夜風に、ようやく心が少しずつ落ち着いてきた。
「もう大丈夫です」
「無理しなくても良いのですよ。この後のご挨拶周りは私だけで行ってくるので、ここで休んでいなさい」
「すみません。母さん。ありがとうございます」
「謝らなくても良いのです。それでは行ってきますね」
母さんが立ち上がって、大広間へ向かうのを見送ると、思わず溜息が出てしまう。
夜会は始まったばかりだけど、もうこの国から逃げ出したくなっている。俺ってこんなにも弱かったか? とか、前世とは全く違う姿だから、奴らは俺に気が付かないはずだと言い聞かせてみたりとか、色々考えてしまうのだ。
ここでボンヤリしていても、悪い事ばかりを考えてしまうし、母さんが戻ってくるまで、時間もかかりそうだ。少し気晴らしに散歩をしよう、と立ち上がり歩き出す。
空を見ると地球にいた時とは、少し違う紫がかった大きな丸い月が雲の合間から見える。風は先ほどとは違い少し生暖かい。
なるべく人気のない方へ行きたくて、裏庭へ続く道を進んでいく。次第に大広間の音楽やざわめきが遠ざかり聞えなくなった。
裏庭に辿り着くと中央にある巨木に寄りかかるようにして座る。目を閉じると、サワサワと風が吹き抜け、フカフカな芝生の感触も柔らかく気持ちいい。
「おい! 起きろ!」
いつの間にか眠ってしまっていたようで目が覚めると、もの凄い速さで走り続ける、顔まで黒い布で覆った黒装束を身に纏った男性に小脇に抱えられていた。しかも周りは森に囲まれているし、首を後ろに向けると、数十人の騎士団風の者たちが追いかけてくる。
一体どんな状況なんだコレ!? 寝てる間に何があったんだ???
「飛ぶから、しっかりオレに摑まっておけ!」
「は!? 飛ぶって何!?」
戸惑っているうちに、男は俺を抱えていない方の腕を上にあげる。すると仕込んでいたロープが袖口から伸びて、上空から下降してきていたドラゴンの足に絡まって空へと舞い上がった。
「もしかして人攫い!?」
「人攫いではないが、この状況では言い訳にしかならんな。事情は後で話す。すまんが、もう少し我慢してくれ」
月明かりの中、顔を覆っていた黒い布を取る。男の顔があらわになり、金色に輝く髪の毛がフワっと零れだして風に舞う。瞳の色も金で、キリッと鋭く光っている。思わず綺麗だと見惚れてしまったほどだ。そして俺を支える腕は、かなり鍛えているようで落とされるような心配もなさそうだ。
地上を見ると、既に真っ暗な闇にしか見えない。
「追手はいないようだな。よし! 目的地が見えてきた。降りるから振り落とされるなよ」
袖口に仕込んでいた小さなナイフで、ロープをドラゴンから切り外す。袖口には、色々なモノが仕掛けられているんだな! などと思った。次の瞬間、言い表せない墜落していくような感覚に襲われて、目を瞑って男に力の限りしがみつく。
「うぎゃぁ~~~! 俺はジェットコースターは苦手なんだよぉ~~~!!」
俺の叫びが、夜の闇に虚しく木霊する。
「度々すまない。じぇっとこーすたーと言うのは良く分からないが、もう地上に降りたから安心しろ」
地面に下ろしてくれたけど、ペタンとへたり込んでしまう。絶叫系はダメなんだ。あの落ちる感覚が本当ダメなんだ。俺がブツブツと呟いている間も、男は油断なく周囲の森を見回し警戒している。
「そろそろ来る頃だ」
誰が? と聞く前に、背後の木々が生い茂る真っ暗な森の隙間から、思いもよらない人が現れた。
「母さん!?」
「ふふふ! 驚きましたか?」
「色々な意味でビックリし過ぎて、まだ足がガクガクしてる」
「噴水のところに居ないから、私も焦りましたよ」
「それは……ごめん!」
「リデアーナ様、話したいことが沢山あるだろうが、まずは此処を離れよう」
「そうね。行きましょう」
ここはまだティルティポー共和国の中なので安心できないのだろう。「ついて来い」と男に促され少し歩くと洞窟が見えた。指笛で合図を送ると馬車が出てきて、御者がドアを開けてくれたので乗り込む。母さんが俺の隣に座り、男は向かい側に腰を下ろした。
「あなたは母さんの名前を呼んでた。それに母さんも、あなたの事を知っている気がするんだけど、どんな関係?」
「オレはリュカデリク。リデアーナ様とは遠い親戚なんだ」
気になってしまったことをぶつけたら、驚きの答えが返ってきてポカンとなってしまった。
「実はリュカデリクには調べてもらっていたことがあるのです。それでティルティポー共和国を陰から牛耳っていると噂があるラウルが今日、屋敷を開放して夜会を開くと言うので作戦を決行したのです」
「そうだったんだ。ラウルって奴、贅沢三昧ギラギラオヤジって感じだもんな。確かに裏で何かやってそうだ」
「ふふふ! そのラウルの隣に、いつもいるのが妹のシャイナなのですが、どうにもあの兄弟の趣味はいただけませんね」
リュカデリクが話に入ってこないと思ったら、口元に手を当てて「ギラギラオヤジ」といって肩を震わせている。笑いのツボに直撃してしまったらしい。ひとしきり笑った後、咳払いをして調べて分かったことを話し始めた。
「肉食獣一族の王アラディスは予想通り地下牢にいました。そして話を聞くことは出来たが牢には封印が施されて助け出すことは無理だった。アラディスの話によると、肉食獣一族の先代王にティルティポー共和国に戦を仕掛けるように仕向けたのはラウルの祖父だとも言っていた。裏工作をして肉食獣一族を返り討ちにしてから支配しようと考え、その計画が上手くいったら次は草食獣一族も狩ってしまえばいいとまで言って高笑いをしていたそうだ。たまたまラウルの屋敷に招かれていたアラディスは、その企みの全てを聞いてしまい捕まったと言っていたが、元から捕らえるのが目的で呼んだんだとオレは思う」
「報告ありがとうございます。シルヴァンスに伝えて救出に向けての計画を練りたいと思います」
「もう一つの件については、残念ながら情報は得られなかった」
「そう……ですか。一体ヴァレリーは何処へ行ってしまったのでしょうか?」
母さんは少し疲れたように頭を抱えて溜息をもらした。
「母さん! 兄さんは俺が探しに行く」
馬車の座席に仁王立ちして、握りこぶしを振り上げ気合を入れて宣言する。その手を何故かリュカデリクが両手で包み込むように握り締めてきた。
そして……
「オレも行く」
「え!? でも何かやる事があるんじゃないのか? 救出作戦とかさ!」
「もちろん救出に関しても出来る限りの事はやる。だからついて行っても良いだろうか?」
「か! 母さん! どうしよう!?」
「救出作戦は内密なものですが、肉食獣一族と草食獣一族の総力をあげて計画するので問題はありません。なので良いと思いますよ。リュカデリクは武術も得意ですし、何よりアレティーシアあなたの事を……」
「リデアーナ様!そこからはオレが話す!!」
「ふふふ! 分かりました」
リュカデリクは深呼吸をして、俺の手を離さないまま熱い視線でゴクリと喉まで鳴らしている。
「アレティーシア! よく聞いてくれ! オレはお前に一目惚れしたんだ! 結婚前提に付き合ってくれ!」
「は!? でも俺さ」
「全部リデアーナ様から聞いたうえで告白している! それに今は女性なんだ。何も問題は無い」
「いや! 問題だらけだろ! それに結婚って俺まだ5歳なんだけど!!」
「ふふふ! 婚約くらいなら問題はありませんよ。そしてこの世界では15歳で成人とみなされるので10年後には結婚もできます」
「もしかして夜会の後で話をするって言ってたのはリュカデリクの事があったからなのか?」
「えぇ。そうですよ。実は貴方がこの世界に生れ直した日、リュカデリクもあの場にいたのです」
「返事は急がない。兄君を探す旅の間に考えて決めてくれればいい」
助けを求めるように、母さんの方を見てもニコニコ微笑みを浮かべるだけだし、リュカデリクは手を離そうとしない。
「分かった。ちゃんと考える。その代わり兄さんを探すのも手伝ってほしい」
「もちろんだ」
俺が考えると言っただけなのに、リュカデリクは心の底から嬉しさが滲み出ているような太陽のように輝く笑顔を見せた。眩しく見えて目をそらすと、窓の外は夜の闇が流れ続け、馬車は休むことなく走り続けている。
「アレティーシア。旅に出る前に王家に伝わる変身術を教えておきますね」
なんでも女性は襲われやすく誘拐されやすい上に、俺は王家の長女で第二継承権もあり国内外に姿が知られてしまっている。捕まってしまえば利用価値はいくらでもある。そうならないように、なるべく別人に見せなければならない。
「人前に出るときだけでも男装をするというのはどうだ?」
リュカデリクが俺を上から下までじっくり見て、俺にとっても良いかも! と思える提案をしてくれた。
「名案ですね。アレティーシアそれでは始めましょう」
母さんが俺の手を取る。
「魔力を体に循環させて体の変えたいと思う所に力を集中させるのです。髪の毛をまず短くイメージしてみましょうか?」
「うん」
慣れない作業だけど、母さんが繋いだ手から魔力を通して教えてくれる。
「初めてなのに上手くいきましたね」
ニコリと微笑んで褒めてくれたので、自分の髪の毛を触って確かめる。丁度ショートカットくらいの軽い髪形になっていた。
「あまり力を使わなくても出来るんだな!」
「王家に生まれて直ぐ覚えなければならない魔法ですからね。コツさえつかめば身長や体格まで変えることが出来ます」
面白そうなので色々試してみた。
だがしかし、俺に出来たのは髪の毛の長さを変えることだけだった。
「う~ん……髪の毛は短く出来るんだけど、右目の色はどうしても変えられないっぽい」
「仕方ありませんね。この眼帯をつけなさい」
黒い眼帯を取り出して、後ろで紐で結んでくれた。こんな時の為にと作っていたのだと、黒や茶色といった地味目のものを何個か渡してくれた。他にも旅で必要なものを、入れておいてくれたようで大きな革の鞄も渡された。
「あと、ご自分の事は『僕』と言いなさいね。くれぐれもアレティーシアだと分からないように振舞うのですよ」
「うん! 分かった」
「偽名もあった方が良いのだけど何かありますか?」
「前世の俺の倉田木シンの名前から一部をとって『タキ』とかどうかな?」
「それはとても良い名前ですね。あとは身分なのですが……」
「それについてはオレに考えがある。冒険者のまとめ役の婆さんに話をつける予定だ」
「分かりました。リュカデリクにお任せしますね」
「もう合流地点に到着します」
御者が大きな声で知らせてくれたのと、同時に馬車が緩やかに止まる。
そして母さんが立ち上がり、俺の頬に手で優しく触れる。
「私はこれからフィラシャーリ王国側から探りを入れて解決策を探します。少しの間、別れての行動になります。貴方はリュカデリクと共に頑張るのですよ」
「うん! 頑張るよ」
「体にも気を付けるのですよ」
「母さんも元気で!!」
「では私はもう行きますね」
頬から手が離れていき寂しさを感じる。
「母さん! 少し待って!」
あまり使わないように言われたけど、これくらいは許してほしい。指先に蒼い光を灯し『鴉』と空中に書く。すると夜の色をした一匹の鴉が現れる。
「何かあったら、いや無くてもいいけど、この鴉を飛ばして欲しい。どんなに遠く離れていても俺のところに戻ってくるし、母さんの所にも必ず戻るからさ」
俺の言う事を理解している鴉は小さく 「カァ!」 と鳴くと母さんの腕にとまった。
「まぁ! ありがとう。これなら夜の闇に紛れて手紙も送ることが出来ますね」
「うん!」
鴉と共に母さんは、馬車を下りて行ってしまった。そして、すれ違うような形で停車していたフィラシャーリ王国からの迎えの馬車に乗り込む。窓のカーテンが開き、母さんが手を振るのが見えて、俺がそれに答えると同時に馬車は走り始めた。再び窓は夜の闇に変わる。
自分から言いだして旅に出ると決めたのに、少しの間だと分かっていても、やっぱり寂しくて無意識に頬に残る温もりを手で触れてしまう。
「今日は良い宿をとってある。美味しいものを食べて元気を出せ」
頭をクシャリと撫でられ、窓から目を離し振り返るとリュカデリクは優しい笑顔で俺の事を見つめていた。寂しさを見抜かれてる気がして恥ずかしくなり思わず睨むと、再び頭をクシャリと撫でられてしまった。