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★第1話、棺桶から始まる異世界



 ピンポーン!

 ドンドン!


 玄関のチャイムと共に、激しく玄関の扉を叩く音で目が覚めた。ベッドサイドの時計を見ると5時48分、まだ起きるには早すぎるし、無視して寝なおそうと布団を頭までかぶり潜り込む。


 ピンポーン! ピンポーン!!

 ドンドンドン!!


「居るのは分かってんだよ! オレの彼女に手ぇ出しやがった糞が!!」


 拡声器でも使ってるのかと思うほどの大声で、俺には全く身に覚えの無いことを叫び喚き散らしている。更にドアを 「ドカ! ドカッ!」 と足蹴にでもするような音が響き続ける。このままだと間違いなく近所迷惑だ。仕方なく起き上がりベッドを抜け出して、リビングの椅子に掛けてある白いカッターシャツを手に取り羽織ると玄関に向かった。


 そしてドアを開けた瞬間、何かがぶつかったような鋭い衝撃と、熱い痛みに思わずよろめいてしまう。いきなり見知らぬ男に胸をナイフで深々と刺され、ゆっくりナイフが抜かれると、おびただしい血液が胸から溢れだし、慌てて胸を押さえたけど両手の隙間からも滴り落ちて床に赤が広がっていく。その背後には愛し合っていたはずの俺の彼女が、見下すかのようにニタニタと嫌な笑みを浮かべて崩れ落ちていくのを見ていた。


「どうしてっ!」

「馬鹿な男。理由なん……な……じぁ……」


 奪われていく体温と迫る死を感じながら、薄れていく意識の中で疑問を、ぶつけたけど耳も機能してくれない。結局、理由さえ聞き取ることが出来なかった。でも、これだけは分かってしまった。俺は彼女に、裏切られて殺されたのだという事に……






★第1話



 目が覚めると、真っ暗な場所に閉じ込められて、身動きが出来ない事に違和感を覚えて勢いよく飛び起きようとした。


 ゴスンッ!


 思いっきり頭を打ち付けてしまい鈍い音が響く。


「いってぇ~!」


 ん? 痛い? 俺生きてるのか?


 さっき男に刺されたはずの、胸を触って確かめる。暗闇なのでよく分からないけど、痛みもなければ異常も感じない。もしかして、あの後、どこかに閉じ込められて、放置されてたりしてるのか?

 悩んでいても、助けは来ない気がするから脱出しようと、周りの状況を確認してみることにした。

 今いるこの場所は、とにかく狭い。天井と言っていいのか分からないけど、天井が低すぎて起き上がることも出来ないし、横幅も腕を広げることも叶わない。たぶんベッドの半分ほどしかない空間なのに、噎せ返るような濃い花の匂いが充満しているから、俺の寝ている周りにモサモサあるのは大量の花に違いない。


 ギギギィー! バキンッ!!


「アレティーシア! アレティーシア!」

 

 さて、どうしようか?と腕を組んで悩んでいたら、大きな音と共に明るさが戻り、いきなりの光に目が眩む。


 少しずつ目が慣れてきて、今の状況が分かり始める。俺を、抱き上げ大号泣する、黒髪を短く切りそろえ、鋭さがうかがえる紫の瞳の、筋肉がしっかりついた体型のガッシリとした大きな男性と、その少し後ろで泣き崩れている、腰まで伸ばした煌めくような金の髪の毛に、蜂蜜色の金色の瞳の、ほっそりとした女性がいる。そして、大きな教会の中だという事にも気が付く。目の前に、白く細やかな細工の施された見上げるほど大きな女神像、首を後ろに回すと、木製の長椅子が並び30名ほどの人間が座っていたり、立ち上がり俺たちの様子を伺うようにして見つめている。窓はステンドグラスになっているのか、色とりどりの光が差し込んで室内はとても明るい。


 問題は俺の足元だ。抱きかかえられたまま見下ろす。蓋を力づくで開けたみたいでヒビが入っているけど、花を敷き詰められた長細い箱。


 うん。どう考えても間違いなく棺桶だ。


 刺されて倒れこんだんなら、次に目が覚めたら普通は病院だろ! って突っ込み入れたいし、ここが今、流行の異世界だとして、なんで見知らぬ世界でも、いきなり死んでるんだよって話だ。まぁ。この状況を考えると、生き返った感じみたいだけどな。


「アレティーシア大丈夫? どこか痛いところは無い?」


 泣き崩れていた女性が涙を白いハンカチで拭い、目の前まで来て目元を真っ赤にしながらも優しい手つきで頬に触れ、再びホロホロと涙を零しながら、男性ごと俺を抱きしめる。


 瞬間、脳内に様々な記憶のカケラたちが、洪水のように押し寄せてくる。思いとか気持ちとか魂そのものが詰まった、心の全てが流れ込んで胸が熱く苦しくなる。

 あまりの情報量に、眩暈を起こしそうになりながらも、俺を抱きしめてくれている黒髪の男性はシルヴァンス、すぐ隣にいる金髪の女性はリデアーナ、この体の元の持ち主アレティーシアの両親だと感じとることが出来た。


「母さん、父さん、俺は大丈夫だよ」


 安心させるように微笑むと、少し驚いたような表情で俺を見て、もう一度 「生きていてくれるだけで良いのだ」 と、強く力を込めて抱きしめられた。

 前世というか、地球で生きていた時には両親も兄弟もいなかったから、よく分からないけど、この心まで温めてくれるような、ぬくもりから離れがたくなって、俺の目からも涙が溢れだしてしまう。父と母は、しゃくりあげるように泣き出した、俺の背を泣き止むまで撫で続けてくれた。





 目が覚めると、今度は今までに体験したことも見たこともない程の、広すぎる天蓋付きのベッドで寝ていた。しかも体が沈み込むくらいフワッフワなので、どれだけでも寝ていたい気持ちになってしまう。

 37年間生きてきた俺としては恥ずかしい気もするが、昨日は多分泣きつかれて寝てしまったのを、両親が部屋まで運んでくれたに違いない。

 あと前世での裏切りは、今は忘れようと思う。復讐しようにも世界が違うのだから、どうすることもできないからな。


 窓から強い光が差し込み始め、そろそろ起きようと目をこすりながら、ベッドの端まで這って行こうしたんだけど、思わずビクリと固まってしまう。というのも、昨日は頭が混乱していたのか何も思わなかったけど、自分の体が今までとは全く違う事に気が付いた。

 まずは、黒くサラサラと肩から滑り落ちる長いというか、腰までありそうなズルズルとした髪の毛。ベッドから降りようと足を下すと、細く白い足先がレースが大量に使われたワンピースドレスのような寝間着の裾から見える。腕も当然細いし、指先の爪なんか薄いピンク色だ。


 うん。記憶は流れてきていたから、分かっていたはずなんだけどさ。落ち着いて今の自分を、確認しておきたい。という訳で、キョロキョロ辺りを見回す。ベッドも広いけど、部屋自体が広すぎる。立ち上がり、素足のままフカフカ柔らかい毛足の長い絨毯の上を歩いて、部屋の隅にある大きな姿見の前で立ち止まる。


 うつっていたのは、長い黒髪は日本人形のように艶やかで、目の色はなんと右目が金色で左目は紫というオッドアイだ。肌は透き通るように白い。今の年齢は5歳だけど、美人に育ちそうな予感がする女の子。


「うーん。なんか前世の俺とあまりにも違ってて慣れないな」


 前世の俺なんか、髪の毛を金に染めて、彼女に勧められるまま、腕や腰にタトゥーまで入れていたし、体もそれなりに鍛えていたから、細マッチョくらいにはなっていた。


 鏡をまじまじと見つめて観察しまくっていた、その時。


 コンコンコン!


「アレティーシアお嬢様、アイリでございます。入ってもよろしいですか?」

「うん。いいよ」

「失礼します」


 アレティーシアが、生まれた時から世話をしてくれてるアイリだ。くりっとした緑色の目に、ボブカットされた赤毛が可愛らしい女性で、黒のワンピースにフリルの付いたエプロンというシンプルなメイド服を着ている。微笑みながら部屋の中央にある丸いテーブルに、持っていた銀のトレーから、コップを置いてくれる。喉が渇いていたので、走り寄って両手でコップを手に持ち一気に飲み切ってしまう。

 

「お嬢様が、ご無事で本当に良かったです」

「心配かけてゴメン」


 反射的に、ペコリと頭を下げると驚いたように目を見開き、それから俺の手を優しく両手で包んでくれる。


「世話係の私に謝る必要はないのですよ。アレティーシアお嬢様が、生きて戻ってきてくれた事が大切なのです」

「ありがと。アイリは優しいな」

「ふふふ! お嬢様ほどではございませんよ。昼食はどちらでなさいますか?」


 かなり惰眠を貪っていたせいで、朝食は食べ損ねたらしい。多分ここで1人で食べるか、食堂に行くかの話だよな? 昨日の状況も知りたいし、これからの事も考えたいから話を聞くために人が集まるところがいい。


「父さんたちと食べたいけど良いかな?」

「もちろん良いですよ。とてもお喜びになると思います。ではお仕度させて頂くので鏡の前に立ってくださいね」


 鏡の前に立つと、背後にアイリが立ち髪の毛をクシでとかし、今からご飯という事もあって、後ろで緩く束ねて紐で結んだ。寝間着のボタンを外し手際よくスルリと脱がして、流れるような動きでピンク色のワンピースドレスを着つけてくれた。更に、腰に白いリボンを巻いてから、白いブーツを履いて完成だ。


「よくお似合いですよ。今日のドレスは母君からのプレゼントなのです」

「えへへ! 母さんからのプレゼントなんだ」

「えぇ。今日はヴァレリー様のお誕生日ですから、お二人に新しいお洋服を作っていたようですよ」

「そっか! 兄さんの誕生日なんだ。どうしよ何もプレゼント用意してないや。あとこのドレスもしかして手作り?」

「ヴァレリー様はお嬢様にお会いするのを楽しみにしてらしたので、お顔を見せるだけでお喜びになると思いますよ。母君はお裁縫がお得意ですから楽しそうにドレスを繕ってましたよ」

「俺も兄さんに会えるの楽しみだから嬉しいな! あと母さん凄いな!!」

「ふふふ! それでは行きましょうか」

「うん!」


 足首まである裾を、軽く持ち上げ鏡の前でクルリと回ってみる。控えめに施された白い花の刺繡が、バランスよく左肩から斜め下に散りばめられ、ピンクのドレスと白いリボンに良く合っている。母さんはセンスが良いと思う。


 アイリが開けてくれたドアを出ると、まるで宮殿のような廊下が広がっていた。アーチ形の大きな窓が並び、床には毛足が長くフカフカで細かな花柄が美しい赤い絨毯、そして一定間隔に置かれた観葉植物は青々としている。


 5分ほど歩いて、ようやく目的地に着いた。家の中を移動するだけで5分もかかるとは驚きしかない。



 食堂への扉を、アイリが静かに開けて入るように促される。

 兄さんの誕生日なのだから絶対、沢山の美味しいものが食べられそうだと思って足取り軽く入った。のだけど、とても祝い事の日とは思えない、重苦しい空気が漂っていた。


「父さん! 母さん! おはよう」

「アレティーシアおはよう。ゆっくり眠れたかい?」

「うん! ぐっすり寝たよ」

「それは良かった」


 父さんは挨拶を返してくれたのだけど、母さんは俯いたまま固まってしまっている。


「母さん、どうしたんだ?」

「実はな。昨日の騒ぎの、どさくさに紛れてヴァレリーの姿が消えてしまったのだ」

「昨日の騒ぎって、もしかしなくても俺の?」

「あぁ……そうだな。まだ幼いとはいえ将来は国のトップになるかもしれんのだ。お前にも話しておくべきだろう」


 兄ヴァレリーの話が出ると、母さんは怯えたように肩をビクッとさせ震えだす。その様子を見た父さんが母さんを抱きかかえ、寝室に寝かせてくると言って出て行ってしまった。


 暫くして戻ってくると父さんは椅子に座って、昨日あった出来事の全てを話し始めた。


 アレティーシアが、いつものように昼食後に紅茶を飲み始めたら、椅子から転げ落ちるようにして苦しみだし血を吐いて絶命したそうだ。即効性の毒による暗殺に、間違いないとの事だった。

 だが王の後継者が殺された、などという噂が国内外に広まれば大騒ぎになってしまうため、その場に居合わせた者たちと、親族のみで素早く葬儀を終えてしまったという訳だ。

 ところが、火葬する為に教会を出る直前になってアレティーシアが突然、息を吹き返したのだ。驚きはしたが毒殺騒ぎは無かった事に出来ると、その場にいた者たちが喜んでいた。

 そんな喜びも束の間、今度はヴァレリーの姿が忽然と消えた。なので最初は、ヴァレリーが毒を盛って罪から逃れる為に消えたのでは? という意見が飛び交った。

 けれどアレティーシアの事を、宝物のように大切に可愛がっていたヴァレリーが、そのような恐ろしい事をするはずないと、父さんと母さんは親族たちに言い切った。

 葬儀のドタバタで、何者かが城内に侵入し連れ去ったのだと思う。その場合、アレティーシアに毒を盛ったのも同じ人物だろう。もう一つの可能性は、何か事情があってヴァレリー自ら姿を消したかもしれない、そのどちらかだと結論が出たようだ。

 どちらにせよ探すとなると、内密に行わなくてはならない。けれど捜索のための適任が、いなくて頭を悩ませているという。


 話終えると溜息を洩らし、母さんが心配だからと立ち上がり食堂から出て行ってしまった。




 俺も昼食を一人ですませた後、アイリに部屋までついて来てもらいドアの前で別れた。


「何かありましたら呼び鈴でお知らせくださいね」

「うん。ありがと」


 去り際に、手のひらサイズの大きなベルを手渡された。かなり大きな音が出るみたいで、声を張り上げるよりも分かりやすく、非常時にも役に立つんだそうだ。


 部屋に一人になると、色々考えなくてはいけない気がしてきた。この体は5年しか生きていないけど、俺には地球で生きてきた、37年間の色々な経験と記憶があるからな。という訳で、まずは大きな窓の前まで椅子を引き摺っていき、よじ登るようにして座る。少しだけ開いている窓からは、気持ちのいい風が入ってくる。


 兄ヴァレリー。まだ俺は会ったことは無いけど、アレティーシアの記憶に残る彼は、妹を本当に可愛がっていた。というより最早、愛していたんじゃないか? と思うほどのシスコンぶりだ。

 両親にも兄にも愛されて育ったアレティーシア。

 それが伝わってきてしまう。だからなのか、気持ちとか心まで引きずられ、見たことも無いのに兄さんの事が心配でならない。探しに行きたいとすら思ってしまう。でもこの細腕じゃ、いざという時に心もとない気がするんだ。


 しかし、ここは異世界だ。魔法くらい使えるんじゃないか? 思い立ったら何とやら椅子から降りて立ち上がり、鼻息荒く気合を入れて仁王立ちして、手を前方に突き出す。


「ファィア!」


 ……何も起きないって、一体どういうことだよ! と思ったら、人差し指の先に蒼く淡い光が灯っていた。


「ショボくね!?」


 あ! でもペンライトみたく何か出来ないか? たまにテレビとかで見かけたことがある、残光で絵とか文字とか書くやつだ。


 光が灯ったままの指先で試しに『ねこ』と日本語のひらがなで空中に書いてみる。途端に文字が眩く輝いて次第に光が収束する。


「みゃ~ん」


 子猫が何もない所から現れた。しかも俺と同じ色合いで、体は黒で瞳の色は紫と金のオッドアイだ。可愛い。


 もう一度、試しに今度は『猫』と漢字で書いてみる。


「にゃお~ん!」


 色合いは子猫と同じだけど、今度は大きな体の立派な成猫が俺を見つめている。この子も可愛い。俺は動物全般好きだから嬉しくなってしまう。


 それから花やら花瓶やら、とにかく色々試していって分かってきた。


ひらがなで書くと、生き物は子供の姿で現れる。物とかは加工される前の状態で現れるようだ。例えば『いす』と書くと木材の状態だったりするし、『かびん』だと粘土といった感じだ。

 漢字で書くと、生き物は先ほどの猫のように大人の状態で現れる。物だったら『椅子』は本当に座れる状態の椅子が現れた。花瓶も同様に、綺麗な花柄が描かれた花瓶という感じだ。

 面白いのは植物だ。ひらがなで書くと思った通り種の状態で現れたんだけど、漢字で書くと何故だかよくわからないけど、植木鉢に植わった状態で観葉植物が現れたのだ。


 ただし難点というか弱点かな? カタカナには対応してないみたいだ。というのも、楽しくなってきて調子に乗ってケーキが食べたいと思い、試しにイチゴショートケーキと書いたら何も起こらなかった。

 仕方なく『いちごしょーとけーき』と書いてみた。そしたらイチゴだの小麦粉だのといったケーキの材料が現れた。ガッカリだよ。俺は簡単な男料理は出来るけど、流石にケーキ作りはしたことがなかったからお手上げだ。

 ケーキって、たまに無性に食べたくなるんだよな。非常に残念だ。


 けど物は使いようで、ノートもひらがなだと思った通り素材が現れただけだけど、紙と漢字で書くと真っ白で綺麗な上質な紙そのまま現れるし、ボールペンとかは無理でも、鉛筆は現れるので、何か大切なことをメモするときに使えそうだ。この世界で日本語を使えるのは、今のところ俺だけなので覗き見られても解読される心配はないだろう。


 あと、凄い事に気が付いてしまった。


 なんと、ドラゴンさえ呼び出せてしまうかもしれないのだ。

 やっぱり憧れるからなドラゴン! というわけで書いてみたんだよ、ひらがなで『どらごん』って、そしたら小さな可愛い緑色のドラゴンが現れた。まだ生まれたてで、飛ぶこともできない感じだけど足元に擦り寄って「キュイキュイ」鳴く姿は愛らしさがあった。

 だから多分、『龍』と書けば頼もしい用心棒になりそうだ。盗賊や魔物に遭遇したときなんかに良いと思う。


 でもよく考えたら、コレって召喚魔法なんじゃないか?


 召喚術にしては、微妙におかしな点のある魔法だけど、旅に出かけるなら、凄く役に立つし助かるものばかりだ。これなら1人でも何とかなる気がする。ちなみに呼び出したものを消すときは、例えば呼び出したのが猫ならば、猫に向かって『猫』ともう一度書けば消える。


「よし! 兄さんを探しに旅に出よう!!」

「そのような事、許すはずがないでしょう」

 

 いつから俺の部屋にいたのか分からないけど、いつの間にか俺の背後に母さんがいた。そしていきなり却下されてしまった。けど食堂で見かけた時に具合が悪そうだったけど、今は歩けるくらいにはなったみたいだけど顔色が優れないのが心配だ。


「どうして?」

「ヴァレリーだけじゃなく、アレティーシアあなたまで城から居なくなるなんて耐えられるわけがないでしょう」

「うっ! 確かにそうかもだけどさ。必ず兄さんを捕まえて帰ってくるからさ。ダメかな?」


 母さんに、走り寄って必死に訴えかける。そんな俺を見て困った顔をさせてしまってるけど、兄さんに会いたい気持ちはおさまらなくなっている。


「分かりました。明日、中央で大切な夜会が開かれるそうなの。そこにあなたもいらっしゃい。その話は夜会が終わってから考えます」

「え? ついて行ってもいいの?」

「ダメと言っても、いずれ城を抜け出す気だったのでしょう?」

「あはは。バレてたか」

「それと、あなたアレティーシアでは無いのでしょう?」

「え!! あっ? うぅ~ん……」

 

 焦って戸惑って言葉に詰まってしまった、俺の頬に母の温かな手が触れてくる。


「私は母ですもの。分かってしまいますよ。アレティーシアの姿だけれど言動がまるで今までと違いますからね。けど、どうしてこうなったかくらいは教えていただけるかしら?」


 母さんの、夕焼けのようにも見える綺麗な金の瞳を見ていると、話しておくべきだと覚悟が決まった。


「そう……だよな。話すよ全部……」


 この世界に来る前に、生きてきた37年間の全てを話して聞かせた。そして俺の最後の瞬間、寿命ではなく裏切られて殺されて、気が付いた時にはアレティーシアの体に転生していたと言った瞬間、柔らかく暖かい腕に抱きしめられていた。

 前世とかそんなお伽噺のような事、信じてもらえないと思っていたし、もし知られたら、ふざけるなとか、アレティーシアを返せとか色々な罵倒を覚悟していただけに、体が驚きに固まってしまう。


「そうだったのですね。であればなおの事、貴方とアレティーシア、2人分この世界を楽しむべきだと思います。明日の夜会は、旅立つ前の予行練習だと思って一緒に行きましょう」


 温かみのある微笑み、この女性はとても強くて優しい人なんだと思う。


「ありがと。それでさ……これからも母さんって呼んでもいいかな?」

「当たり前です。貴方も大切な私の子ですもの」


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