Happily Ever After.
朝日が目にしみる。
一晩明けて、僕は現実に戻った。
戻ってみればなんのことはない。
まるで夢から覚めただけのように、いつも通りの生活が待っていた。
でもなんだか頭がまだはっきりしなかったから、僕は公園へ散歩に出かけることにした。
夜にはあんなに幻想的に見えた風景も、朝日を受けるととたんに日常に戻ってしまう。
実に爽やかないつもの風景。
空は青い。
遅咲きの梅が咲いている。
春の色。
風になびく春色のレース。
春色の洋服。
ピンクのゴスロリ。
「・・・・・」
春色の、ゴスロリ。
僕はそれに見覚えがある。
着ているのは。
「ジンガミツキル」
「あ・・・」
プラチナ色の髪。
ルビーみたいな赤い目。
透けるように白い肌。
角。
僕の名前を呼んだのは『彼女』。
「きてあげたわ」
あんまり驚き過ぎて、僕は微妙にズレた応え方をした。
「何で、僕の名前を知ってるの?」
『彼女』はさして気にした風もなく答えてくれる。
「ミズキに聞いた」
「ミズキ?」
ミズキ。
僕の脳裏に浮かんだのは、神崎。
・・・・・神崎瑞希?
「そう、カンザキミズキ」
僕は神崎と話した時のことを思い出す。
別れ際、フラフラと踵を返した僕に神崎は思い出したように声をかけた。
―尽神はお返しするんでしょう?―
僕は答えた。
どうせ信じてはもらえないだろうと思って正直に。
―うん。魔族の女子にね・・・―
まさか神崎が『彼女』と知り合いだったとは。
どうりで魔族がいると神崎は言い切ったわけだ。
ぼんやりと考えていると、『彼女』は首を少し傾けてふいに聞いた。
「泣いてたの?」
口もとには不敵な笑みが浮かんでいる。
「目が赤いワ」
「泣いてないよ」
ふてくされたように僕は答えた。
(眠れなかっただけだよ)
『彼女』はそんな僕を目を細めて疑ったように検分する。
内心どきどきしているのがバレないように、僕はいっそう横を向いた。
「まあいいワ」
一つため息をついて、『彼女』は腕を組む。
『彼女』の雰囲気が唐突に変わる。
魔族の威厳ある空気とでもいおうか、何か要求を突きつけられそうな感じだ。
「アナタの作った服、気に入ったワ」
「?」
僕は『彼女』が何を言いたいのかよく分からなかった。
「また、頼みにくる」
『彼女』は続けてそう言った。
僕は理解する。
それは、これからも会えるということ。
とてもうれしかったけど、素直に受けるのは少し悔しかったから、
「僕は君の名前も知らないよ」
そう答えた。
「名前も知らない子の依頼は受けられないよ」
僕の答えを聞いた『彼女』はさも楽しげに、極上の微笑みで応えてくれた。
「ルキ」
†
あの後、すぐにルキは帰ってしまった。
けれど3日後、本当に洋服を注文しに僕の家までやってきてくれた。
大量の生地やら糸やら飾りを用意して。
その日、僕はルキのお針子さんになった。
†
「無理だろオオオオオオオオ!!」
今日も僕は忙しく働いている。
非日常が、再び僕のもとに戻ってきた。
「10日で10着は無理だろオオオオオオ!!!」
猛スピードで作業を進める僕。
尽神一号機もフル回転だ。
いつか神崎の言っていた言葉が蘇る。
『粗暴で、残酷で、冷酷でワガママ。ものによっては危ない。』
ワガママ。
思えば神崎はルキのことを言っていたのか。
「ほんと、ワガママだよな」
苦笑まじりにため息を吐きながら、僕は窓の外の明るい空に思いを馳せる。
本当にあるらしい非現実的世界。
ルキの住む、神崎もどうやら関わっている世界。
まあ、僕の生活は別段変わらないんだけど。
こうして2月14日に始まった物語は、僕が考えていたのとは全く違う結末を迎えた。
(いや、結末じゃないか)
はじまり。
新たなはじまりだ。
普通の高校生で僕でお針子で・・・。
Happily Ever After.
最高の結末。
†Fin.†




