St.V’s day.
軍艦のような雲が夜空を流れていく。
僕は一人コンビニの袋を下げて、その様に見とれていた。
公園近くの人気のない道路。
灰色のコンクリートと黒々とした木の影と、街灯のわずかな灯り。
金色に縁取られた黒い雲。
雲の向こうには月があるんだろう。
やがて雲は通り過ぎ、現れたのは煌煌と光る月と・・・・
†
「人間たちは 今日 バレンタインデー なんですってね」
『彼女』は一言一言区切るように、僕に向かってそう言った。
公園の一番高い木の上で。
月の光をバックに。
プラチナ色の髪をした美少女が仁王立ちで立っている。
ありえない景色だ。
戸惑っていると、彼女は音もさせずに僕の目の前に降り立った。
透けるように白い肌に、赤々としたルビーみたいな瞳。
・・・・じゃっかん人と違う感じの瞳。
ゴスロリっていうのか、そんな感じの服。
変わった角の髪飾り・・・・。
髪飾り・・・・・。
生えてるみたいに見えるけど。
魔・・・・その先はとっておこう。
今日は聖バレンタインデーだ。怖い話には無縁の日だもの。
手にはハートの包み。
そう!その方が重要だ。
『彼女』はそれを僕に差し出していたのだから。
「あげるワ」
猫のように目を細めて、『彼女』は微笑んだ。
『魔』のつく人が?
僕にチョコレート?
心の中の呟きとは裏腹に。
「あの・・・・ありがとう」
僕は美少女からのチョコレートという誘惑から逃れる事ができず、お礼を言って、包みを受け取ってしまった。
女の子からバレンタインデーにチョコをもらうなんて、何年ぶりだろうか。
あ。
はじめてだ。
どきどきしながらとりとめもない事を考えていると、彼女は僕に背を向けた。
「お返し、期待してるワ」
ひらひらと手を振り、現れたときと同じように、突然に『彼女』はその姿を消した。
†
軍艦のような雲はいつの間にか消えていた。
晴れ渡った夜空には、月と星が綺麗に輝いている。
後に残された僕の手の中には、血の色の紋章の描かれたピンクのハート型の包みが残されていた。
end.