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9話 ささやかな反撃

 その後も、上機嫌なほたるとのファッションデートは続いた。


 ある意味でたちが悪いのは、ほたるが本当に何でも似合うということだ。普段使いする清楚系の服装はもちろん、ガーリーなものや大人っぽいもの、先ほど見せたような少しだけ大胆なものまで、本当になんでも。

 元の素材が極めて良いことに加えて、本人がとても楽しんでその服装を着ていることが表情や雰囲気から伝わって来るので、それもあって全く違和感がないのだ。どんな服でも似合っている、と言うよりは、どんな服でもその良さを引き出してあげたい、と心から思っているような。そして実際にそれができるほたるが、とびきりの美少女であることを毎度再確認させられているようだった。


 ……ただ、おかげさまで。毎度毎度新たな服装のジャンルに挑戦して毎度毎度それが抜群に似合い過ぎているため、気の休まる暇がなく。加えて『デート中は絶対にデレる』という絶対条件のため素直な感想……つまり服の感想プラスどぎまぎしていることを正直に告げなければならず、それを聞くたびにほたるの上機嫌はますます加速し。

 結果。


「まんぞく!」

「……それは、何より、です」


 すっかり気分が良くなってにこにこ笑顔のほたると、対照的に色々と憔悴した燎が出来上がったのである。


「うん、すっごく楽しかった! 物語……特に恋愛ものでファッションデートが定番になってる理由がよく分かったよ」

「まぁ、でしょうね」


 女の子の側としても可愛い服をたくさん着て、加えてそれを意中の……いや今回は違うのだが、男の子に褒めてもらえるとなればそれは楽しいだろうし。

 そして、男の子の側としても……


「かがり君も、毎回すごく良い反応してくれたしね~」

「……参考になったなら、それも何よりです」


 魅力的な女の子が、素敵な服を着て。最初にほたるが言った通り知らない面をたくさん見せてくれるとなれば、そりゃ目も心も奪われるものだろう。残念ながらそれを前にして仏頂面を保てるほど燎はポーカーフェイスが上手くはないのである。

 そういうわけで、毎度動揺していたところをほたるにばっちり観察されてしまった。ささやかな反撃とはなんだったのか。

 そして、恐らくそれもあってのことだろう。ほたるがからかうような表情で、隣を歩く燎を下から覗き込むようにして。


「ねぇかがり君。服、似合ってた?」

「ええ、どれもとても似合ってましたよ」

「可愛かった?」

「……すごく可愛かったです」


 最後に、こう問いかけてきた。


「じゃあ――本当に、好きになっちゃった?」


 ……なるほど。どうやら服選び周りのやりとりで、結構調子に乗っているらしい。

 後は前回のデートでの最後の言葉を覚えていたのだろう。小悪魔的な笑みの中にもわくわくと、燎がどんな可愛い反応をしてくれるのか楽しみにするような表情でこちらの返答を伺ってくる。


 そして、改めて言うと。

 燎としても、ほたるに振り回されっぱなしというのは思うところがあったので。

 故に燎は、平然とした様子で……こう、答える。



「いえ。……先輩のことは、普通に最初から好きなので」



 しばしの沈黙。

 唐突に立ち止まったほたるに合わせて燎も足を止め、更に待つこと数秒。


「………………うぇ?」


 ぼっ、とほたるが一気に赤面した。

 どうやら完全に予想外の返事だったらしく、言葉を処理すると同時にわたわたと手を動かしつつしどろもどろになる。


「いや、その、えと、それは、どういう」

「普通に、先輩として(・・・・・)、好きです。高校で勉強も頑張りながら漫画家としても努力を重ねてるって知ってますから。むしろ尊敬しないほうが失礼でしょう」


 そんなほたるに向け、即座に種明かし。

 単純な好意の種類の違いという、叙述トリックと言うにも烏滸がましい使い古されすぎて味がしなくなっているほどの手法なので、逆にほたるがここまで綺麗に引っかかったほうが驚きだ。


「それで。先輩は、どういう意味の『好き』だと思ったんですか?」

「! それは、その……っ!」


 だが同時に、彼女についてとても有用な知見を得た。

 それについての確認と、少しばかりの意趣返しを込めて。燎は少しだけ笑みの雰囲気を浮かべて、こう述べるのだった。


「なるほど。先輩……攻め返されると、そんな顔するんですね」


 夜波ほたるは、反撃にびっくりするほど弱い。

 言葉を受けたほたるは、更に湯気が出そうなほど紅潮を深めて。


「ち、違うもん! 普段そういうこと言わないきみにいきなり好きって言われてちょっとすごくびっくりして照れちゃっただけですから!」

「それはそれで恥ずかしくないですか?」

「~~! ばかっ! 今日のかがり君はデート中なのになまいきだ!」


 ぽこぽことこちらの肩を軽く叩きつつそう言うが、反論すればするほど墓穴を掘ると理解したのだろう。頬を膨らませ赤面しつつも黙り込む。

 流石にこれ以上は後が怖いな、と判断したので。


「すみませんでした。……でも、これで攻められる気持ちが多少分かりましたか?」

「分かりましたけど! ちゃんとこの感情も参考に使わせていただきますけど! でもそれはそれとしてなんだろう、すっごく悔しい……!」


 最後にそう言うくらいで済ませるが。むぅ、とほたるは唸って……もう怒ってはいない様子だがささやかなお返しとばかりに告げる。


「悔しい、ので。一応予定通りではあるけどお仕置きをします! あ、店員のお姉さん!」


 同時に、丁度通りかかった例の店員さんを呼び寄せる。


「あら、先ほどの。お買い上げですか?」

「はい、このかごの中のを全部お願いします! それからその後――男の子の服のコーナーも案内してくれますか?」

「え」

「なるほど。承りました」


 男性用服のコーナー、ということは。当然予想される展開に、燎が問いかける。


「あの、先輩。つまり」

「そだよ。作画参考資料集めって言ったでしょ? じゃあ、男の子の私服もちゃんと調べないと。もちろんきみがモデルでね!」


 それは確かにその通り、かつ予想通り。頷く燎に、まだ少しだけ頬の膨らんだ……でも既に可愛らしさの方が勝った顔で、燎を見ると。


「ほんとは、かがり君が嫌がるならそこまでしっかりとはしないつもりだったけど。でも――こうなったらちゃーんとあたしが満足するまで、きみがもっと格好良くなる服を嫌がってもしっかり選んであげるんだから!」

「……分かりました」


 多分、ちゃんと燎が嫌がればほたるなら引いてくれるのだろうが。

 それくらいは甘んじて受けるべきだろう――後、それはお仕置きにしては微笑ましすぎるというか果たしてお仕置きなのかどうかかなり怪しい内容だったので。

 微かに表情を緩めて頷いた燎に、逃げないようにか手をとって前に進むほたる。変わらず大変暖かな視線を向ける店員さんと共に、会計及びメンズ服のコーナーへと引きずられていくのだった。




 ◆




 その後、宣言通りほたるの服選びと同じかそれ以上の時間をかけて燎の服も選び、そのいくつかの購入を終え。丁度良い時間だったので同じショッピングモール内のレストランで昼食も済ませた。

 午後の予定は、と問う燎にほたるはまだないしょ、と答え。そんな彼女に連れられるままにやってきたのは……


「……駅?」

「あ、ここが目的じゃないよ。ただここで受け取らないといけないものがあって……」


 そんな少し曖昧な言葉と共に、駅内できょろきょろと辺りを見回すほたる。訝しむ燎をよそにほたるが目的を見つけた様子で顔を輝かせ、おーい、と呼ぶ。

 声に合わせてこちらを向いて、向かってきた人影を見て……燎も瞠目した。


「ともちゃん! ごめんねー」

「……いや、何で居るの」

「野暮用でね。大丈夫、あなたたちのデートの邪魔はしないわ」


 そう。燎の姉、暁原灯である。

 燎と同じく赤みがかった黒髪に、やや色の薄い橙色の瞳。抜群のスタイルを格好良い系の服装で纏い、まさしく『仕事のできる美女』と言った風格を持った女性の姿は、この構内でもよく目立つ。

 聞くところによると、彼女も今日の休日で日用品等を買いに出ようと先ほど訪れていたショッピングモールに向かうところだそう。この時刻になったのはデート中鉢合わせないためと、シンプルに休日は長く寝ていたいとのことだ。

 そして、ここで一旦ほたるたちと落ち合った理由は。


「これを届けるためよ。あなたも流石にこれを持って午前中ショッピングモールを歩き回るのは遠慮したかっただろうしね。というわけで、はい」


 言葉とともに渡されたのは――ほたるの身長に迫るほどの大きさを持つ、特徴的な形状をしたケース。

 その正体も、中に入っているものも燎は知っていた。何故なら単純に自分のものだからである。その名称を、端的に述べた。


「……アコギ? 何で?」


 そう、アコースティックギター。

 アンプに繋いで音を出したりするのではない、それそのもので一定以上の音が鳴るタイプのシンプルな弦楽器。


「かがり君がけっこう弾けるって、ともちゃんが話してくれたことがあって。それ聞いてから、いつか一回やってみたいって思ってたんだ~」


 燎の疑問に答える形で、ほたるが明るく声を出し。


「という訳で、かがり君。

 午後からは――河川敷で、弾き語りデートしに行こうよ!」

「…………はい?」


 何とも奇妙な、そのデート種類の響きに。

 思わず、燎は再度の疑問の声を上げるのだった。

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