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8話 服選びはご定番

 そこから数日、ほたるは連載会議用の原稿修正を灯と行い、燎はそのサポートをするいつもの一週間を過ごしたのち。

 週末。燎の主要業務、次の『取材デート』の時がやってきた。


 デートの内容に関しては、基本ほたるの希望を軸にする。単にほたるが行きたい場所だったり、後は漫画の参考にする──つまり『漫画とかでよくあるシチュエーション』を実体験してみたいという要望だったり。

 それらを基に燎と話し合ってプランを決めていくのだが……時折燎に内容が知らされなかったり、姉の灯がアイデアを出す等干渉したりしてくることもある。


 そして本日は、その時折あるパターンが両方入っていた。

 ……若干嫌な予感こそするものの、ほたるは勿論灯も本気で燎の迷惑になるようなことはしないし、その辺りは考えても仕方ないかと思考を切り替える。

 そんな燎の前。本日もデート用の服装を纏った白い美少女ほたるが、手を広げ。


「というわけでかがり君。今日のデート、まず午前中の内容は……あたしの服選び! つまりファッションデート──」


 若干勢いが勝った声色で、告げる。


「──兼、キャラクターの私服の作画参考資料集めです!」

「身も蓋もないですね」

「私服はね、考えるのは楽しいけど結構大変なんだよね……」


 まぁ、それはそうだろうと思う。漫画……とりわけ主要登場人物の多い漫画ではキャラクター各々の私服を、そのキャラクターに映えるように一々考えなければならないと思えばその労苦は結構なものになるだろう。制服のある学園が舞台であればそこまででもないのかもしれないが、それでも常時制服を着ているシーンだけ、という訳には行かないわけだし。


 ただ、当然資料集めの為だけに服飾店に来たわけではない。というかそれは普通に店側に迷惑である。

 なので服を見て資料を集めつつ、年頃の女の子らしくファッションには興味のあるほたるの服選びも同時並行で行う算段。取材とデートを兼用する……まぁ、今やっていることと同じ内容を服飾店でもやろうというわけだ。

 それを改めて確認すると、燎とほたるは隣り合って。市内でも最大規模のアパレルショップ、本日の業務の始まりを告げる場所へと入っていく。



 幸い、直ぐに人の良さそうな女性店員を捕まえることができ。

 ほたるが今回の目的とその訳を説明したところ快諾してくれた。これも迷惑かとも思ったが、ほたるが「たくさん見せてもらう分いつもよりいっぱい買おうと思うので!」と言ったのも大きかったのだろう。微笑みと共に「分かりました」と頷いてくれ、女性向けの春服、夏服のコーナーを案内してもらう。

 ……ただ、問題は。


「それで、不躾なご質問でしたら申し訳ないのですが……お二人はお付き合いを?」

「いいえー。あ、でも、デートしてるのは確かですね!」

「え。やだ、それ一番素敵なやつじゃないですか……!」


 どうやらかなり話好きな店員さんだったらしく、服を選びつつのほたるとのトークで盛り上がり。まぁ当然聞かれるだろう質問に対するほたるの答えが非常に想像をかき立てるものだったせいで、ぱっと顔を輝かせつつきらきらした表情でこちらを交互に見てきたことである。


 いや、嘘は全く言っていないし流石に『取材デート』のことを言うわけにも行かない以上その辺りの回答が無難なことには同意だが、だとしてもその言い回しはあんまり過ぎないだろうか。そんな言い方はまるで、『まだ付き合ってはいないけれどデートを気兼ねなくする程度には脈がある』と遠回しに言っているみたいで、つまり……と考えた辺りで思考を区切る。ほたるがいつものデート時の笑顔でこちらを見ていたからだ。


「かがり君。今、何考えたの?」

「……随分と思わせぶりな台詞を言ってくださいますね、と」

「今、かがり君が考えた通りで正解だよって言ったらどうする?」

「とても困ります」

「素直だねー」

「そうしろと言ったのは先輩でしょう」


 いつものやりとりを挟み、店員のお姉さんの凄く微笑ましげな視線に居心地が悪くなりつつ。一通り店内を回り、気になった服は撮影、そして着てみたいと思った服は相談して取りつつ、いくつかの服を用意して試着室の前までたどり着いた。


「それじゃあ、ちゃーんと褒め言葉の用意をしておいてね!」


 そうびしりと指を差すと、しゃっと試着室のカーテンを閉める。着替えの音を聞くのはマナー違反なので少し離れたところで待機していると、店員のお姉さんがこちらにも話しかけてきた。


「とても可愛らしい先輩ですね」

「……ええ。それは、本当にそう思います」


 別にこのお姉さんにまで本音を話す必要はないのだが、いちいち言うことを切り替える気力はない上に否定する要素が欠片も見当たらない感想だったので、これも素直に同意する。


「その、すみません。作画参考にするためなんて変な理由で長時間」

「いえいえー。当店の服を参考にしていただけるなら光栄ですし、きちんと買っても頂けるみたいなので店側としても不満はありません」

「なるほど」

「それに、私もこういうお仕事してますから。あんな可愛い子をコーディネートできるなんてアパレル店員冥利に尽きます。お金を払ってでもやりたいくらいですよ?」


 微笑みを保ちつつの、少しだけ茶目っ気のある言葉に思わず軽く苦笑する。なるほど、流石に有名店となると店員の質も非常に良いらしい、と考えていると。


「おっと、そろそろお着替えが終わりそうですね。ええと……かがりさん?」

「え、はい」

「先輩さんの仰る通り、褒める準備をしておいた方が良いかもしれませんね。やっぱり女の子はこういう時、気合いの入れた服装は素敵な男の子に褒めて欲しいものですから」

「!」

「……まぁ、あれだけ綺麗なお方なら準備する必要もないかもしれませんが」


 今度は店員さんが苦笑すると同時、もう一度試着室のカーテンが開かれる。見立て通り、着替えが終わったらしい。

 まぁ、とは言え。ほたるの容姿が極めて優れていることはよく知っている。どんな服も似合うだろうが、自分のやることは変わらない。『デート中は絶対にデレる』のルールに則って、その時に浮かんだ感想を素直に述べれば良い話だ。

 むしろ、それ以外のことはしない方が絶対に傷は浅いだろう。下手に挙動不審になったりすればほたるの目論見通り。淡々と、粛々と褒め言葉を並べるべき。

 燎としても、普通にほたるに振り回されっぱなしというのはあまり良い気分にならないのだ。故にささやかな反撃として、今回はごくごく普通にデレてやろう。

 そんな謎の決意を抱き、燎はほたるの方に目を向けて。


「──」


 決意は秒で崩れ去った。


 これから気温が上昇することを意識してだろうか、ほたるが着ていたのはデート開始時よりも涼しげな淡色基調のコーディネート。

 普段のほたるは割と清楚系の服を好んで着るのだが、今回は比較的大胆に片方の肩を出す派手目のトップス。スカートは比較的シンプルでありながらこれもほんの少しだけ丈が短めになっており、いつもの彼女と比べれば露出が多めの格好だが……けれど彼女の持つ雰囲気もあってか、清楚な印象は崩さずかつ普段にはない仄かな色気が彼女の魅力をぐっと引き立てている。

 儚げで清楚可憐な見た目でありながら、親しい相手にはちょっとした悪戯や軽いからかいも好んで行う小悪魔的な要素。その二面性を持つ彼女そのものを体現しているかのような。

 まぁ、その。端的に言えば──似合い過ぎて言葉を失った。


「じ、実際に着てみるとちょっと思ったより恥ずかしいね……それで、かがり君、どう……」


 ほたるも、普段は着ない大胆な装いには緊張するのか。軽く頬を染めつつもこちらの方を見て……燎の表情を目の当たりにし。


「……その顔、いいね」


 それで全てを悟ったのだろう。彼女特有の作画参考にする宣言をしたのち、にまり、という形容が似合いそうな表情を浮かべてこちらに近づいてくる。


「へぇ、ふーん、そっかぁ……かがり君、こういうの好きなんだぁ」

「多分、嫌いな男はそんなにいないと思いますよ……」

「ふふー、そんな顔してくれるなら、これは絶対買っちゃおうかなー」


 くすくすと笑いながらのからかいは忘れないほたるに対し、既に全てを見透かされたと悟った燎はそう言うより他ない。自分では見られないが多分あの表情をしてしまった時点で完全に負けだ。いや、勝ち負けなど競っていないのだがあれだ、この場の主導権的な話で完膚なきまでに持ってかれていた。

 服を見せるまでは多少の硬さがあったものの、今の燎の反応を見たほたるはすっかり上機嫌で軽く鼻歌すら奏でつつ次の服に手を伸ばす。


「それじゃあ次ね。今の表情はすごくよかったからさ、今度は言葉でもちゃんと素直になって欲しいな」

「……一着じゃないんですね」

「当たり前じゃん、女の子の服に対する情熱を舐めちゃだめだよ! それに勿体無いよ、せっかくこんな可愛い服をいっぱい着れて、かがり君にいっぱい褒めてもらえるんだもん。何これご褒美?」

「取材です」


 かなり頑張って端的な突っ込みを返すもほたるには効かず。「じゃ、次の服も素敵な感想よろしくー」と鼻歌を続けながら次の服を手に取って、試着室に引っ込む──その直前、ひょこりと顔だけを出して。



「その代わり。今日は──きみの知らないあたしをいっぱい見せてあげるから、ね?」



 そう言い残すと、再度試着室に引っ込んでいった。


 ……とりあえず、今の台詞は漫画の中で使ってください、と後々言うことは決め。「それではごゆっくり」と大変暖かい笑顔で言い残して他の客のヘルプに向かう店員のお姉さんに会釈して、近くのベンチに座り込む。


 どうやら、今日も彼女に振り回されることは確定なんだろうなと薄々確信しつつ。

 相変わらず絶好調なほたるとの、週に一回のデレ強制デート。それがいつも通りの調子と、いつもとは少しだけ違う予感と共に、始まったのだった。

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