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7話 姉の電話

 その後三十分かけて夕食を仕上げ、匂いに釣られて目を覚ましたほたると共に食事を摂った。

 寝起きのぽやぽやした状態で、ハンバーグをはじめとした好物だらけの食事に純粋に目を輝かせ。とても美味しそうな顔を隠さずに食べてくれる様子を見ながらの、嬉しいやら恥ずかしいやらの食事を済ませ。


 その後、ほたるは満腹になった影響か改めて机の上に突っ伏した。あまり健康にはよろしくなさそうな睡眠だが、まぁ今日くらいはと燎もそのまま寝かせ。ほたるの分も食器を片付けて洗い物まで済ませ、一息をつく。

 さて、流石にこのまま寝かせっぱなしは問題なのでいつどう起こすか……と考えていたところで、机上で燎のスマートホンが振動した。

 手に取ってみると、画面に表示されているのは『暁原 灯』の文字。若干微妙な顔を浮かべるが、無視するわけには行かないので通話ボタンをタップして耳に当てる。


『もしもしー? やーやー愛しの義弟よ、久しぶりぃ』

「もしも……せめてこっちの返答を待て義理じゃねぇそして今朝家で会ってるだろうが」


 通話開幕二秒で既に突っ込みどころ満載の内容とテンションでかましてきたこの女性が、燎の姉にしてほたるの担当編集、暁原(あきはら)(とも)

 改めて言うとばっちり血は繋がっているのだが、確かに少々それが疑わしくなるほど現在の性格が真反対な姉弟なのである。


『本当はほたるちゃんにかけようと思ったんだけど、あの子原稿中にスマホの電源切ってそのままっぽかったから。ほたるちゃんは?』

「寝てる」

『燎の隣で?』

「机の向かいで。変な勘ぐりは止めろ」


 恐らく仕事上がりなのだろう。通常より二割増しのテンションでけらけらと笑うと、電話越しの外の騒めきを背景に世間話に移行してきた。


『それで燎。最近ほたるちゃんとはどう?』

「質問がアバウトすぎる。どうって、いつも通りかね。……いつも通り、毎度心臓に悪いよ」

『あっはっは、その言い方だと今日も何かあったな? ま、あの子超絶可愛いからねー。慣れない相手には警戒心が強いっていうか臆病だけど、一度気を許した相手にはめちゃめちゃ懐いてくるし。そんな子と仲良く過ごして、週に一回デートまでしてるんだから』

「……デート、ね」

『そうそう。あーんな美少女にストレートに好意を向けられて、加えてこっちもデート中はストレートに好意を伝えないといけない。しかも多感な男子高校生が。そりゃー気が休まるわけないわよねぇ。ほんと誰よこんなアイデア考えたの』

「誰だろうな。俺の記憶だと先輩の担当編集だった気がするんだけどな」


『好意を向けられて』の部分に若干反応してしまうが、好意にも色々あるだろう自惚れるなと自分に言い聞かせる。姉の言う通り、ほたるに懐いてもらっている自覚くらいは燎にもあるのだから。

 思考を打ち切って、言葉を返しつつ話を進める。


「……んで。その『デート』の成果は出てんの?」

『ん? ああ、もちろん。……読んだわよ、ほたるちゃんの連載会議用原稿』


 この辺りは姉弟と言うべきか、燎の曖昧な質問も正しく汲み取って灯が答える。


『──めちゃめちゃ良かったわ』

「!」

『やっぱり感情描写の精度が段違いに上がってる。ここから細かい直しはあるけれど、基本はこの方向性で良いでしょう。来週の連載会議にも余裕と自信を持って出せる』

「そっか。……なら、良かった」


 きちんと役に立っているのならば、感情を曝け出している甲斐もあるものだ。

 そんな燎の静かな答えを聞いた灯は……少し、声のトーンを下げて。


『すごいわよね、ほたるちゃん。まだ高校二年生なのに、ちゃんと進学校に通いながら漫画も頑張って、連載まであと一歩のところまできてる。あの学校でも他の人たちと比べて頭一つ抜けてる成果を上げてるのに、それに驕ることなく努力も続けてて』

「……ああ」


 探るように。こう、問いかけてきた。



『──自分も、って。刺激を受けたりとかは、しない?』



 仮にも姉弟だ。

『踏み込まれた』ということは、直ぐに分かったから。燎も少し息を整えて、努めて静かなトーンで答えを返す。


「姉さん」

『ん』

「俺はさ、姉さんには感謝してる。実家から連れ出してくれた……あの親から、引き剥がしてくれたことも含めて。だから姉さんに何かあれば、大抵のことは手伝う」

『あ、あら、ありがと』


 本心からの感謝を告げてから。ただ、と言葉を区切って──一息。


「俺のことに関して。とりわけ『それ』に関してだけは、言わせてほしい。

 ……余計な、お世話だよ」

『……そっ、か』


 自分とほたるは、住む場所が違う。それを見誤って見当違いな親近感を抱き、挙句の果てには軽々に『自分もそう在れるんじゃないか』だなんて思うのは……むしろほたるに対する侮辱だろう。彼女は、そんな容易く真似できる存在ではない。

 そんな思いを込めて返答すると、幸い灯もそれ以上は追求することなく収めてくれた。


 灯と燎は、親の件もあって一般的な姉弟よりはかなり仲の良い部類に入るだろう。それを壊すことまでは、お互い望まないのだから。

 

『悪かったわね、変なこと聞いて。それじゃ私、これから帰るから』

「了解……ああ、なら帰りにここ、先輩の家に寄ってくれねぇ? 最初に言った通り先輩寝ちゃっててさ、着替えとか歯磨きとかちゃんとさせて欲しいんだけど」

『あら、燎がやってあげないの?』

「着替えとか、って言ったの聞こえなかった?」


 あとついでに言うなら、これから燎がほたるを起こすとなると、また寝起きでゆるゆるな状態のほたるを直視することになり、それは色々とまずいと思うので。

 それも分かっているのだろう、灯も笑って肯定の返事をする。


「助かる。編集の仕事では絶対にないけど頼むわ」

『何言ってんの当然よ。あなたにその仕事を頼んでるのは私だし、私もほたるちゃんのことは大好きだもの。作家としてもそうだけど、人としてもね』


 それはそうだろう、と思う。

 姉は聖人君子ではない……どころか、結構人によって態度を分けるタイプだ。その姉がここまでするということは、普通にほたるには入れ込んでいるのだろう。

 そんなことを考えていると、灯が続けてこう述べる。


『ただ、まぁ。あなたの言う通り、私はあの子の担当編集。いくら大好きでも、その立場がある以上踏み込めない領域ってものはあるのよね』

「……そういうもんなのか?」

『そういうもんなの。だから──その分はあなたが、ちゃんとあの子を甘やかしてあげるのよ? 私の時もそうだったけど、あなたのその手の力は信頼してるんだから』

「その手の力とは」

『……人たらし力?』

「人聞きが悪すぎる」


 むしろその称号はほたるにこそ相応しいのではないだろうか、と思いつつ。

 元よりできる限りのことはすると決めている燎だ、今ひとつ要領は得なかったがその要請に対しても頷く。


『よし。じゃ、そろそろ電車だから切るわね。三十分後くらいには着くと思うわ』

「ああ……それなら姉さんの分の食事も作っておく。丁度夕食の材料の余りもあるし」

『え、好き。弟よ、帰ったらぎゅってして良い?』

「却下。弟の手料理だけで我慢しなさい」

『えーなんでよー。ほたるちゃんからのぎゅーだったら受け入れるくせにー』

「……非常に回答に困る話題を振るのはやめてくれません?」


 やめてほしい。その話題は今の彼に効く。

 相変わらずの笑い声と共に電話が切れ。なんだかんだ長話をしてしまったな、と思いつつ燎は再度キッチンに向かう。


 この食事を作れば、燎の本日のお仕事も終了。

 帰ったら何をするかな……と考えつつ、ふと変わらず机で穏やかに寝入っているほたるの方を見やる。


 緩やかで、安心しきった、柔らかく可憐な寝顔。

 それを見ていると普段は若干落ち着かなくなるのだが……今回に限っては、別の言葉が思い返される。


『──自分も、って。刺激を受けたりとかは、しない?』


「……しないさ」


 頑張るあの子に触発されて、自分も何かを目指し始める。

 ああ、実に素晴らしいストーリー。物語のように素敵なイベントだ。


 だが、現実はそうではない。

 そんなきっかけなど、所詮は一過性。そうやって始めた人間のほとんどは、直ぐに立ち行かなくなってモチベーションを失いやめていく。

 当たり前だ、だって。


 ──他人に(・・・)きっかけを(・・・・・)貰わ(・・)ないと(・・・)立ち(・・)上がれ(・・・)ない(・・)程度の(・・・)人間(・・)が、どうしてそこからも歩みを続けられるというのだ。


 そして自分、暁原燎は疑いようもなくその『ほとんど』の側の存在だと、自分自身が一番よく理解している。

 故に、そんなことなどしてはいけない。するなど烏滸がましい。

 ……してしまった方が、絶対後々辛い。


 自分は、そういう素晴らしい人たちを。助ける側で良いと、決めたのだ。


 よってもう一度改めて、そう言い聞かせるように呟いて。

 こういう時に料理は便利だな、と意識的に調理に注意を向けつつ、その日は更けていくのだった。

少しシリアス気味ですみません。

次回からはデート回、甘めのやり取りが多くなりますので、お楽しみに!

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