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4話 暁原燎の高校生活

 当たり前だが、暁原燎は普通の高校一年生だ。

 恐ろしく特殊なアルバイトをしているという点を除けば、この春からとある私立の高校に通学する一般的な男子高校生の域を出ず。

 なのでデートの翌日も、普通に学校に通うし、普通に授業を受けるし。


「フィクションの高校ではあるあるだけど現実にはない存在ー。さん、はい!」


 普通に……かどうかは分からないが、休み時間には友人二人と話もする。


「教員より権力のある生徒会!」

「四六時中解放された屋上」

「過剰なスクールカースト?」

「謎に手際の良いモブキャラ!」

「都合よく人がいなくなる夕方の教室」

「活動意義が分からないのに存続してる部活ー」

「……外国人美少女転校生!」

「それはお前の趣味だろ」

「あっ影司くん、そういうの好きなんだ……い、いいんじゃない?」

「いきなり正気に戻るなガチで引いてる反応もやめろ」


 自分で謎の遊びを始めておきながら、真っ先にネタが尽きたとみるや趣味に走った解答をして突っ込まれている男子生徒が(くれ)影司(えいじ)

 明るく染めた髪に、活発そうな顔立ち。その見た目通りの仕草も含め、所謂『陽』の人間かと思われがちだし実際にそうなのだが、それに加えてここまでの会話でも分かる通り、所謂サブカル方面にも造詣が深い、人は見かけによらないを体現したかのような人間。


 そして、口を滑らせた影司に対してわざとらしく引いたような反応を見せ、突っ込みに対してけらけらと笑っている女子生徒が夕凪(ゆうなぎ)星歌(せいか)

 彼女もなかなかに攻めた容姿をしている。教室内でも一際目立つ赤のインナーカラーで髪を飾っており、非常に整った顔立ちも相まって見た目の圧は結構強い。ただ、そんなパンクな格好とは裏腹に、とても人懐っこい性格であることもこれまでの交流で明らかになっている、そんな少女である。


 それに燎を加えた三人が、入学直後の席替えで近くの席になったことを契機によく話すようになった、今のところ(燎にとっては)数少ない友人と言って良い存在だ。

 机に突っ伏して、影司が引き続き。


「だってよ。やっぱ俺たち新高校生って、ある程度は高校って存在に夢見て入ってくるもんじゃねぇの? 特にこの学校は、少し変わった制度もあることだしさ」

「まぁ、気持ちは分かるかも」

「確かに、フィクションほどあからさまではないにしても、その中の一部くらいは……って思うのは分からんでもない」

「だろ!? でも入学して一月も経つとさ、やっぱ分かってきちゃうんだよ。今言った通り生徒会は多少他より自由でもそこまで圧倒的な権力はない、屋上の解放は許可制、そしてスクールカーストにしてもよ……」


 くっ、と悲しそうに拳を握りしめて、叫ぶ。


「──俺を頂点の座から引きずり落とそうとする人間が一人もいねぇじゃねぇか!」

「すげぇ自信」

「自分がクラスで一番目立つ人間って自覚してるねー。その通りだとは思うけど」


 実際、影司はその容姿に加え明るい性格、誰とでも素直に接することのできる性質もあって、間違いなくクラスの中心人物と言って良い。

 ──ただ、だからと言って周りが『それに相応しい人間関係を』と人付き合いを監視したり、代わってクラスの中心に成り上がろうなんて奇特な輩が出てきたりもしない。

 そんなものがあれば、どう見ても所謂『陰』側に属する外見をしている自覚はある燎がこの二人と友達付き合いできていないことを考慮に入れれば、感謝すべき事柄だろう。


 フィクションのような過剰な格付けや誇張された存在、概念は無い。実に『現実的な高校』らしい平和で一般的なクラス、と言える。

 だが、どうやら物語のような出来事、高校生活を多少なりとも求めていたらしい影司には若干物足りないらしく。

 或いは少々特殊だが、時期的にもこれが五月病というやつなのかもしれない。環境に慣れたが故の倦怠感とでも表現すべきだろうか。

 そんなことを考えていると、今度は星歌がぴっ、と指を立てて。


「でもさ、逆に物語みたいだけどこの学校にもいる存在だってあるじゃん?

 例えば──『学校の二大美女』とか」

「!」

「あー、それなぁ」


 語られた言葉に、とある理由で燎の肩が強張る。


「そうそう。二年の夜波(よなみ)ほたる先輩と、生徒会長の月城(つきしろ)彩夜(さよ)先輩。片や儚げでミステリアスな美少女、片や全校生徒に尊敬される辣腕を振るう美人会長!」


 その理由とは……この通り彼にとって馴染み深く、そして馴染み深いことを知られると厄介なことになる名前が、話題に出てきたから。


「いやでもね、私どっちも見たことあるけど確かにあれは騒がれるのも分かるよ。二人ともなんていうかオーラが違うもん。あ、ちなみに私は夜波先輩派! ああいう儚げな子が私だけに違う顔を見せてくれるのにグッとくるタイプです!」

「お前も趣味に走るな」

「俺は会長派かね、一応生徒会役員だし立場的にも。……というか夕凪、あんたが参戦して三大美女になる気はないのかい? もう他クラスの奴らにも学年で一番可愛いって騒がれてんのは知ってんぞ」

「ほう? 既に学年一の美男子と名高いお方の言葉は重みが違うねぇ」

「……俺を挟んで天上の会話をしないでくれます? 惨めになるだろうが」


 燎の言葉に、影司と星歌が同時に笑い声を上げた後──


「──それで?」

「燎はどっち派なんだ?」


 極めて答えづらい問いを、投げかけてきた。


「……さて、飲み物買ってくるか」

「おいこら逃げんな、俺たちは答えたんだお前も答えろ。どっちも知ってるよな?」

「そうだそうだ、ミステリアスって点では君も負けてないだろー? 君あんまり自分のこと話さないんだからさ、せめて女の子の趣味くらいは教えてよー」


 席を立とうとするも、逃がしてくれるはずもなく。ここぞとばかりに個人の好みを聞き出そうとしてくる影司のにやにや笑いと、あとは同様の愉快そうな表情を浮かべ、こちらの制服の袖を掴んで逃さないようにしてくる星歌。

 双方ともに鬱陶しく、そしてこういう時は何故か異様にしつこくなる友人二人だと分かりきっており。またこの場で「じゃあ夕凪派で」などと言った気の利いた回答など到底できない性格の燎であったので。


「…………夜波先輩。これでいいか」

「へぇー」

「あーゆーの好きなんだ、いいんじゃない?」

「今すぐその顔やめろ貴様ら」


 案の定と言うべきか、とてもとても燎にとって居心地の悪い表情を浮かべる二人。とりあえず緩んだ拘束を外すと、さらりと教室の出口に向かい。


「あ、燎。俺の分もミルクティー頼むわ。金は後で払うから」

「私は梨水でー」

「……了解」


 最後にさりげなくお使いを押し付けられつつも、一先ずは脱出に成功したのだった。




 尚、燎がいなくなった後の教室で。


「……多分燎はあれだね、人気の話で言うと一部の熱狂的なファンがつくタイプと見たよ」

「分かる。時々謎の可愛げ見せるよなあいつ……弁当も自作してるらしいし、夕凪の言う通り謎が多いって点じゃあいつも大概だ」


 面白そうに笑う星歌と、感心と呆れの入り混じった表情の影司がそんな会話を繰り広げていたのだが。


「……すみません、先輩」


 謎の罪悪感に苛まれていた燎は、当然そんなことを気にする余裕もなかったのである。




 ◆




 そんな教室の一幕を経つつ。

 それなりに新しく整備された廊下を、自動販売機に向けて燎は歩く。


 ふと目を向けた窓の外からは、昼練習をするサッカー部、資料運びに奔走する生徒会役員。遠くに耳を澄ませば吹奏楽やロックバンドのミュージックが聴こえてくる。


 ごく普通の、高校の昼休み。

 そしてひょっとすると……一般的な高校よりは、少し活発な昼休みの風景だった。



 私立、(あさひ)()学園。

 それが、現在燎が通っている高校の名前だ。


 この高校は、基本的には一般的な進学校であるのだが……

 先ほど影司が話した通り、一つ、少し変わったところが存在する。



 それは──『一芸入試』がある、という点だ。



 何かしらの分野で秀でた成果を中学までに上げていれば、別枠の試験──一般入試よりも簡単な試験で入学できる制度。

『一芸』の内容は、基本自由。主に音楽や芸術に偏ることが多いが、それ以外にも囲碁の院生や将棋の奨励会員が所属していたこともあるし、確か現在も三年には既にプロとして活動しているミュージシャンの先輩が居るとの噂も聞いている。


 昨今の日本はそのような、誤解を恐れず言うのなら『一般的ではない』職業が増加している傾向にある。YouTuberなどもその最たる例だろう。

 そして当然、そのような職業を目指す子供たちも増加傾向にある。


 この学校は、そういう特殊な職業を目指す人の受け皿であることを理念として誕生した。

 一芸で秀でた生徒には授業や課題の免除等、普通の高校よりも遥かに柔軟な対応をしてくれる。また一芸入試でない一般入試組の生徒の中で、まだそこまで秀でていないけれどやりたいことがある生徒にも精一杯の手助けをし。


 ──尚且つ(・・・)進学校として(・・・・・・)勉学にも(・・・・)一定(・・)以上の(・・・)サポート(・・・・)()保証(・・)する(・・)


 その二面性。文武両道ならぬ学芸両道。

 とりわけそういった特殊な職業は失敗した時、なれなかった時のリスクが大きい、有り体に言えば『潰しが効かない』ことが多い。

 そのハイリスク故に進みたい道を目指すか躊躇っている子やその親も、ここであれば最低限安定した道に進むための学力方面も面倒を見てくれて、かつ進みたい道への応援環境も整っている……ということで。


「やりたいことを応援したいが、将来を考えると高校から専門学校に通わせるのも怖い」

「専門知識はこのご時世ネットで大方は手に入るから、安定を掴めるだけの学力も同時につけてほしい」


 との要望を持った親の希望を叶える、そしてその子が進む道として、校風も相まって現在人気を高めつつある学校なのである。



 燎はそんな旭羽学園に、OGである姉の勧めもあって一般入試で入学した。


 ……実際、すごく良い学校だと思う。

 クラスの雰囲気から分かる通り、過剰に誰かとの人間関係を縛る風潮等もなく。星歌や影司の髪が許されていることから分かる通り、容姿を無闇やたらに制限する校則もない。


 それに……この学校は、一芸入試によるシステムがある影響か。

『勉強以外のやりたいこと』を応援する風潮が、学校ぐるみですごく強い。


 部活だったり、芸術だったり、バンド活動だったり。

 そういう普通の高校では『勉強の邪魔になるからやめなさい』と下手したら言われかねない活動も、むしろ教員が率先して『じゃあ、それをやりつつ成績を落とさない方法を一緒に考えよう』と言ってくるような学校、なんなら教員の方が勉強以外の活動で成果を上げられるよう伝手を辿って人を紹介してくれることすらある学校なのだ。


 その結果がこの、普通の高校よりも活発な昼休みの風景にも表れている。

 そうやって、のびのび生徒の自由にやらせてくれる影響か。不思議と勉学方面でも、毎年有名大学に数人の生徒を輩出する等相当の実績を上げている。


 そんな、生徒の多くがやりたいことを見つけ、各々頑張っている。

 素晴らしく、眩しく、活気に満ちた楽しい学校で──



 ──だからこそ、自分のような人間には。

 今は、少しだけ、息苦しい。



(……何考えてんだ)


 ふと浮かんだ、不満と呼ぶにも小さな棘のような感情。

 こんなことを考えるなんて馬鹿馬鹿しい、と頭を振って振り払うと、燎は見えてきた自動販売機の前に歩みを進め──そこで。


「……きょうしつ……こわい……」


 驚いた。

 何故なら唐突に目に飛び込んできたのは、見覚えのある白の髪と、透明感のある美貌。

 つい先ほどクラスメイトとの会話で出てきた、学園二大美女と呼ばれる女生徒の片方。曰く儚げでミステリアスな美少女、と称されているらしい人。


「…………いやいや」


 そして今……何故かそんな印象とはかけ離れた、謎の怯えを前面に出した表情で。髪色も相まって、あたかも雨に濡れたチワワの如く自販機付近の物陰のベンチに丸まって座り震えている。


「……何やってんですか、ほたる先輩」


 夜波ほたると、学校で。思わぬ状況、思わぬ表情と共に。

 謎の邂逅を果たし、思わず燎は半眼で呟くのだった。

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