34話 これからも
体育祭が終わってから、一週間が経った。
高校生は忙しい生き物だ、体育祭の件も例の動画のことも三日もすれば人々の話題から消え、それぞれが各々のやることで盛り上がるいつもの日常が戻ってくる。
けれど、その中でも確かに変わったことはあった。
まずは、ほたるの扱い。
漫画の一芸入試組であったことも含めて彼女が自分を出すようになってから、主に彼女のクラスを中心としてより積極的な関わりを見せ、その結果かなり印象が変わって来ているそうだ。
「もっと大人っぽい子かと思ったけど全然普通に女の子だった」「思ったよりずっと可愛い感じ」「見た目は儚げだけど話してみるとすごい感情豊か」等々、きちんと彼女と関わった人には軒並み好印象、どころか以前よりも更に人気が出ているまであるそうだ。
ほたる自身も、そういった周辺の変化を喜しげに受け止め――そして、漫画の方でも。あの体育祭の看板イラストを描いたことで何かしらの表現のコツを掴んだらしく、今はそれを踏まえて灯と今後の方針及び新作について話し合いを進めているとのこと。
総じて言えば、彼女は創作においても、そして学校のことにおいても。確かに大きく前に進んだと言えるだろう。
――ならば、燎も。いつまでも、立ち止まってはいられない。
「……」
今日……正しくは昨日。その決意のもと、一つのけじめであり契機となる行動を終え、本日がその結果を知る日だ。
朝起きて直ぐに、パソコンを開き。慣れ親しんだ手つきで動画サイトを開き、マイページに飛んでとある動画――昨日新しく投稿した曲のページに飛ぶ。
体育祭の動画用に作った曲をアレンジしボーカルもつけて投稿した、一年ぶりの新曲。
ページを開き、一晩経っての再生回数をチェックして……
「…………、はは」
数値は、概ね予想通り。
大幅に増えなどしない。一応最後の楽曲よりははるかにまし、過去の楽曲を含めての最高スコアに近い再生回数こそ稼げているが……それでも全世界の中でも聞いてくれる人はごくごくわずか、ありふれて埋もれる一つの曲程度の評価しかついていない。
まぁ、分かっていた。
あんな事件を乗り越えたところで、それだけで自分の実力も大幅に上がる――だなんて都合の良い展開はない。自分も体育祭の曲作りを通して成長できたつもりだったが、それがすぐ実力に直結するほど甘くなんてない。
やはりあの大絶賛は、動画そのもののクオリティとプロの監修、そして体育祭そのものの思い出補正があってこそ。なんの装飾もない燎の曲など、まだまだこの程度。
現実は、そんなものだ。
……けれど、不思議と絶望感はない。
一年も経って人が離れた割には上々の再生回数という現実的な分析もあったし、納得のいく曲が作れた実感もあった。
そして、何より――自分はここでは終わらないという、確信が持てたから。
やるさ、やってやる。
今回がダメなら次、それもダメなら更にその次。
「……できるまで無限にやるしか道は無いんだ。こんな程度で、諦めて、たまるか」
過去、何度も自分に言い聞かせた言葉を。
けれど全く違う心持ちで、改めて。笑いながら、彼は宣言する。
もっと、美しい曲を書きたい。素敵な曲を作りたい。その曲を、もっともっと多くの人に聴いてもらいたい。
そうしてそれを、自分の生きる道そのものにできたなら、どんなに素晴らしいことかと思うから。
その理想に向かって、再び走り出す覚悟は出来た。
……それに、燎は知っている。
自分は――自分が、何があっても諦められない人間だと、知っているから。
長い夜と旅の果てに見つけたその答えがあれば、もう大丈夫。
そう思いつつ画面をスクロールしていると、ふと一つのコメントが目に止まる。読むことまでは出来なかったそれを改めてマウスホイールを止めて見返すと、そこには。
『今回もすごく良い曲です、一年待ってました!』
……やっぱり、自分は大分ちょろいのかもしれない。
このコメントひとつで、少し泣きそうになってしまうくらいなのだから。
また作ろう、との思いをより深めて。そこで画面を閉じ、燎は立ち上がる。
決めておいた服を取り出して着替え、洗面台に向かって身だしなみを再確認。
――今日は、都合三週間ぶりの彼女との『お仕事』の日だ。
◆
暁原燎の仕事、夜波ほたるとの『業務デート』は、今後も続けるそうだ。
効果のほどはこれまでの彼女の描写能力の向上で実証済みだし、それに加えてほたるにとってもこれが良い息抜きになっているとの申告があったので続行するメリットが大きいとのこと。
『むしろ辞めるつもりだったの、色んな意味でないでしょ』とは灯の談である。色んな意味の詳しい内容は聞かないことにした。
そうしていつも通り、彼女と合流しいつものやりとりをしながらデートを続けるのだが。
……ここでも、変わったことはあった。
「……なんかさ。最近かがり君、照れてくれないよね」
その内容を。むす、と軽く頬を膨らませて隣を歩くほたるがそう告げてきた。
「あたしが本心を聞いても普通に答えてくるし、なんか余裕が出てきた気がする」
「ご不満ですか」
「不満です! あたしはかがり君の可愛い照れ顔がもっと見たいの! 楽し――すごく作画の参考になるんだから!」
何やら本音が漏れ出ている気がするがそれは無視して、原因について考える。
……まぁ言うまでもない。そりゃあれだけの経験をすれば多少のことでは動じなくなるだろう。あの夜の旅でもう色々と内心をお互い話しきってしまった以上、もう多少素直に話す程度はなんでもなくなっているのだ。
それに関しては正直なところ燎の側ではどうしようもないので、話を切り替えるがてら今度は燎の方から気になっていたことを問いかける。
――それがこのデート……ひいては今後のデートも含めての転機となるとも知らずに。
「それより先輩、こちらからも聞きたいことが。……あの日どうして、何を思って生徒会室に乱入したのか、まだ聞けてないのですが」
「う」
そう、先日の生徒会室の件。別にあのまま流しても良いのだが、主に影司から『夜波先輩と何がどうしてああなったのか納得いく説明が聞きたいなぁ』とにやにや笑顔で時折詰め寄られていて割とうざったいので聞かざるを得ないのだ。
あと、経緯自体は燎も気になるので心持ち圧を出して問い詰める。するとほたるは、若干目を逸らし気味に。
「なんでって言われても……分かんないよ。あの時はその、生徒会室の外でかがり君が会長さんに『欲しい』って言われてるのを聞いたら、もう体が勝手に動いて……でも」
「でも?」
「それでも……あれからちゃんと考えてはみたよ、あたしの気持ち。自分の心を誤魔化しちゃうのはあたしの悪い癖だから、そうならないようにちゃんと」
その真剣な響きに、燎も続きを促す。
「今までは、きみと居ると安心するだけだった」
「……」
「でも……今は、ちょっと違う。安心するのはそうなんだけど、時々……なんでかすごく体が熱くなって、今すぐ逃げ出したいくらいにわーってなって。……でも、なんでか、ぜんぜん離れたくならない。一緒にいたいって思いが、今まで以上に強くなってる」
それは、と燎が声を発する前にほたるは続けて。
「ううん、分かってる。この気持ちに、多分何かのラベルを付けようと思えば付けられるんだと思う。でも、でも! そういうのは、なんでか嫌なの――[今の気持ちに、安易に名前を付けたくないの]」
「……え」
「初めてのこの気持ちを、大事に育てたい。それでいつか、これだって確信が持てたらその時に初めて、心からの名前を付けたい。だから……そう思えるように、今まで以上にきみのことを知りたいと思ったし、もっともっと一緒に居たい」
そこまで言うと、ほたるは燎を上目遣いで見上げ、頬を染めつつもふわりと柔らかく、甘い笑みを向けてきて。
「それが……今のあたしの、きみに対する気持ち」
そう、締めくくった。
聞く側からすると、それはどう考えても――と外から名前をつけたい心持ちはあるかもしれない。
けれど、それは押し付けだ。彼女自身が気持ちを育てて名付けを丁寧にしたいと願っているのならば、それは見守るべき事柄なのだろう。
……だが、まぁ、それはそれとして。
――そんなものを美少女の極上の微笑みと共にぶつけられた燎の側としては、精神的にも表情的にも冷静を保てと言う方が無理な話で。
「…………いや、その」
否応なしに頬が熱を持ち、口元がむずつく。それを自覚して咄嗟に手の甲で表情を隠そうとするが、時すでに遅し。
「……へぇ。そういう顔、してくれるんだ」
にまぁ、と心から嬉しく楽しそうな顔に変わったほたるが燎の表情をじっくりと見るように顔を近づけてきた。図らずも、最初のほたるの願望を会話の中で叶えてしまった形である。
「ふふ、そっか。分かったよ、今のきみにそういう顔をしてもらう方法」
そのまま、心なしか小さな角と尻尾が幻視されるような振る舞いと表情のまま、ほたるは素晴らしいことを思いついた顔で。
「――あたしもデレれば良いんだね!」
割ととんでもないことを告げてきた。
「あの、先輩。それは多分どう考えても良くないです、お互い墓穴を掘る流れしか見えないというか割と勢いで言ってません?」
「しつれいな、ちゃんと考えてます。そもそもきみにだけデート中にデレることを強制するのは不公平って前も言ったしね。うん、だから大丈夫、きみの可愛い顔を見るためならあたしが帰った後ベッドでぐねぐねすることくらいはうん、必要な犠牲というか」
「ちゃんと考えすぎた結果逆に暴走しているというのは分かりました、まずは落ち着いて話しましょうだからあの、ちょっと待ってください」
心持ち目がぐるぐるしつつも恥ずかしいやりとりを強制しようとするほたるとそれを止めようとする燎が、言い合いをしながら雑踏を歩いていく。
そんな彼らの会話を、すれ違いざまに聞いた周囲の通行人は皆こう思ったことだろう。
すなわち――「何だあのバカップルは……」と。
業務内容、先輩とのデート。時給千二百円、条件付き。
条件――デート中は、絶対にデレること。
考えすぎて、臆病すぎて。時に自分の心すら見失ってしまう不器用な彼らは、きっとこうやって本音で自分達を縛る場が必要で。
だから彼らの。先輩と後輩の少し奇妙で謎に甘く、そして恥ずかしい週に一度のやり取りは、これからも。
さまざまな感情を絡め、形を変えながらも、危うく楽しく愛おしく、続いていく。
これにて『業務内容』、一章終了です。
そして、一先ずはここで完結とさせてください……!
一応二章の構想も『作曲家として燎が成長するお話』『恋を自覚し始めたほたるのお話』『星歌メインのお話』等々を含んだものとして一通り考えてはいたのですが、片手間では書けなさそうなこととシンプルに人気が足りないなどの理由で現状執筆に割く時間が取れない、ということでご理解いただけるとありがたいです……!
彼らのことは作者もすごく気に入っているので、もし何かしらの機会があればまた彼らの物語を紡げたらな、と思っています。
ですがとりあえず今はこれで完結とさせていただき、新作執筆の用意に取り掛かろうと思います!
新作に関しても大体のコンセプトは決定し、現在はプロット制作中。
11月末前後を目途にして公開する予定なので、よろしければそちらも楽しみにしていただけると光栄です!
それでは改めて、ここまで読んでいただきありがとうございました。
また、どこかのお話でお会い出来たら嬉しいです!
みわもひ
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