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33話 彼らの変化

「……俺が、ですか。理由をお聞きしても?」


 生徒会への勧誘。

 微かな驚きと共に燎が問い返し、その質問は予期していたらしい彩夜が答える。


「理由は単純、今回のことで分かった貴方の能力を見込んでよ」

「動画の件ですよね。……俺は大したことはしていません、制作も他人頼りだし裏方の仕事だってほとんど影司が」

「あのね。そもそもの企画を立案して具体的なビジョンをもとに現場に指示を出して、各種のスケジュール調整や現場の細かい作業まで手伝い、おまけに動画の曲も……監修ありきとはいえほとんど貴方が作ったんでしょ? それで『大したことしてない』は世の総合職全員から怒られても文句言えないわよ」

「え」


 色々と驚きが多かった。

 そこまでの労力をきちんと把握していることもそうだし、まず燎がやったことを何故そこまで詳細に知っているのか。それが顔に出ていたのか、彩夜が続けて話す。


「暮君から聞いたのよ……ああ、安心して。詳しくは知らないけれど、何か貴方の名前を表に出したくない理由があるのよね? そこの事情まで深くは突っ込まないし、こちらも無闇に広めるような真似はしないわ」

「……ありがとうございます」

「ともかく。そんな貴方の企画力、計画力は十分素晴らしいものだし、身も蓋もなく言えば『生徒会向き』の能力よ。現状生徒会は人手不足だし、今話した限り貴方はちゃんと真面目で話の通じる子、それであそこまで有能ならこちらとしては是非入ってほしい人材なの。だから……改めて、端的に言うわね」


 そうして、最後にもう一度こちらへと手を伸ばし。


「貴方が、欲しいわ。良ければ、この手を取ってくれないかしら?」


 端正な顔を微かに緩めての、率直な勧誘。

 ……ここまでの話で、彩夜が素晴らしい人であることは分かった。生徒会が確かな意志を持って活動していることも、影司が所属するだけの組織ではあることも。

 それをしっかりと理解した上で、燎は返答を告げるべく口を開こうとして――

 けれど、それは叶わなかった。


「――え」


 何故なら、その直前。生徒会室の扉が開いて、部屋の中の全員がそこに注目する。そこで先ほどの彩夜の言葉を受けて小さな声をこぼしたのは、ある意味で予想外の人物。


「……先輩?」


 ほたるが、何故か焦ったような表情でそこに立っていた。

 そのまま生徒会室内を見渡し、燎を――正確には彩夜に誘われ手を伸ばされている燎の様子を見た瞬間、こちらに駆け寄ってきて。


「っ、やだ」


 そう一言発してから、燎に飛びつくように腕を取り、彩夜から引き剥がすようにほたる自身の方へと引き寄せると。

 泣きそうな、慌てるような、切実な表情で、告げる。



「かがり君を……取らないで、ください……っ」




 生徒会室に、しばしの沈黙が満ちた。

 その沈黙の間に、燎は訳が分からないまま必死に頭を回す。……推測するに、ほたるが何かしらの用があって生徒会室を訪れ、入ろうとした時に彩夜が燎を勧誘している言葉を聞いて。それに対する回答として、今の言動をしたのだろうか。

 色々と荒唐無稽だと思うが、現状辻褄の合いそうな解説がそれ以外に思い浮かばない。

 だがそれでも疑問が残る、具体的には何故ほたるが答えるのかとか、そもそも何を思って今の行動をしたのかとか、生徒会室に何の用とか。


「えっと……先輩」


 その辺りを問おうとした瞬間、ほたるがはっと正気に戻ったような様子を見せる。そのまま周囲の疑問の気配を感じ取って、


「え、あ、えと、あたし、何やって……その、かがり君が会長さんに、欲しいって言われるのを聞いたら勝手に、あれ、でも、なんで、これって」


 行動理由を答えようとするが、彼女自身も分からないまましどろもどろになり、最終的には。


「し――しつれいしました……っ!」


 全力で頭を下げたまま、逃げるように生徒会室から出て行った。


「………………」


 生徒会室内に、再度の沈黙が満ちる。

 ……色々と、やることが増えたけれどまずはその前に、と燎は意識を切り替え。


「月城会長」

「え、あ、何かしら」


 最初に、言おうとしていた答えを率直に述べる。


「とりあえず……申し訳ございませんが、生徒会には入れません」

「……そう」

「すごく良いところだということはお話しして分かりましたし、俺を評価して下さったことも嬉しいです。けれど――」


 確かな意志を込めて、彩夜の目を真っ直ぐに見返す。


「動画の曲を俺が作ったとご存じなら、分かっていただけるかと思いますが。……他にやりたいことが、できたので」

「……」


 彩夜は、恐らく創作方面にもかなりの理解がある。燎が動画を作るにあたっての労力を正しく見抜いたことからもそれは推測がついた。

 そこに彼女のどんな事情があるのかは定かではないし今聞くことでもないが……それでも、今の言葉で理解はしてくれるだろうと考えて。

 その期待通り、彩夜はしばし燎を見返したのち、静かに表情を和らげて。


「……そ。貴方は、そっち側の人なのね」


 微かな寂寥と敬意を滲ませてそう答えると、すぐに生徒会長としての顔に戻る。


「分かったわ。元より明確なメリットも提示できないし、無理強いするわけにも行かないし。急な話で悪かったわね、こちらの要件は以上よ、戻って良いわ。……貴方も、夜波さんのことを早く追いかけたいみたいだし」

「……助かります。それと会長、出来れば今のことは」

「大丈夫、ちゃんと見なかったことにしてあげるし口止めもしておくわ。……馬に蹴られそうな気しかしないしね、首を突っ込むべきじゃないところは弁えるわよ」


 ……理解のある生徒会長で、本当に助かった。今日一番そう思った。

 このまま退出しても良いが……流石にそれは不義理かと思ったので、最後に。


「ああ、ただ」

「?」


 もう一度居住まいを正して、燎は告げる。


「生徒会に入るまではできませんが、今回の件を見逃していただいたこともあります。何か俺にできることがあれば、可能な限り協力はさせていただきますので」

「あら。それは率直に頼もしいけれど、良いの?」

「はい。今後お世話になることもあるかと思いますし……何より、会長がとても尊敬できる方ということも、良く分かりましたから」

「え……あ、ありがとう」


 心からそう述べて。もう一度一礼すると、燎も生徒会室を後にするのだった。




「ほら言ったでしょ? 燎なら絶対、会長のありのままを話しても馬鹿にしたりしないって」

「同意。彩夜ちゃんも中々の人たらしだけどあの子はそれ以上のものを感じるねー。私たち二人以外にも素で彩夜ちゃんのお友達になってくれる子増やしたかったんだけど……」

「それならできるというか何ならもうできた気もするが、やっぱ生徒会に入ってくれないのは惜しかったなぁ。お前の友達やれてるのが疑わしいほどに良い奴じゃん」

「それはひどくないすか、あと会長の友達に俺はノーカンすか」

「ていうか、色々あったけどあれは何!? 夜波さんだよね、暁原君とどういう関係!?」

「やめなさい、野暮な詮索はするものじゃないわ」

「とか言って会長も気になるんじゃないですか? 夜波さんのこと。夜波さんが描いたあの動画の最初の女子生徒、絶対モデル会長ですよね。『可愛い!』って目ぇ輝かせてたのばっちり見たんですが」

「そーそー。学園二大美女って呼ばれちゃってるの気にしてるんでしょ? 『絶対夜波さんの方が綺麗じゃない……』って呟いてたじゃん、お話したかったんじゃないかな」

「……思うんすけど、お二人の前で会長のプライバシー無さすぎません?」

「貴方たちねぇ!」


 扉を閉めた後の生徒会室でそんな愉快なやりとりがされていたが、流石にそれを聞き取れるはずもなく。燎は辺りを見回しながら軽くほたるを探すが、見つからない。

 ……流石にこのまま校内を探すのも不毛なので、手っ取り早く文明の利器に頼ることにする。メッセージアプリを開いて、ほたるに端的に要件を。何やら誤解されている気がするので、彩夜に生徒会に誘われた件を断ったことも含めて端的に打ち込んで送信する。


 程なくして返信が来た。『やっぱそういうことだよね、知ってた! 変な乱入して本当にごめん……!』とのこと。

 ……どう考えても別のことだと考えていた返しだがそこも含め突っ込まない方が良いと判断した。このまま会話が終わるのもあれなので、ついでとばかりに今日の夕食に何かリクエストは無いか聞いてみる。


『オムライス』と返ってきた。相変わらずチョイスが絶妙に幼いと思いつつ『了解です』と打ち込み、まぁ後の細かいことは夕食の時に聞けば良いかと思ってスマホをしまう。

 ……そうして考えるのは、やはり先ほどの一幕。


「……『取らないでください』、ね」


 不適切な言葉だ。そもそも燎は誰のものでもないし、ほたるとは雇用者と被雇用者。いやまぁここから先は一緒に走れる人になることも目指しているが、だとしてもあの言葉が出てきて良い間柄ではない。

 でも、なのに、どうしてか。


「……嫌な気分にはならないのが、なんともなぁ」


 我ながら度し難い、と微かに紅潮した頬を誤魔化すように頭を掻きつつ、午後の授業を受けるべく教室に向かう。




 ……ちなみに。

 燎が居た踊り場、そのすぐ近くの階段の下の方に実はほたるが隠れており。

 当然の如く一連の燎の台詞もばっちり聞き届けてしまった彼女が、燎が立ち去った後大きく息を吐いて、どこか熱っぽい声で。


「………………、どくせんよく」


 囁くように呟いて自らの頬に両手を当てるのだが、当然燎はそれには最後まで気づかず。

 その時彼女がどんな顔をしていたのかも――誰一人、知る由もなかったのである。




 こうして。

 一人の少年の確かな成果と、一人の少女の心の変化を締め括りにして。

 旭羽学園のいつもの日常が、戻ってくるのだった。

これにて『業務内容』、一章終了です。

そして、一先ずはここで完結とさせてください……!


一応二章の構想も『作曲家として燎が成長するお話』『恋を自覚し始めたほたるのお話』『星歌メインのお話』等々を含んだものとして一通り考えてはいたのですが、片手間では書けなさそうなこととシンプルに人気が足りないなどの理由で現状執筆に割く時間が取れない、ということでご理解いただけるとありがたいです……!


彼らのことは作者もすごく気に入っているので、もし何かしらの機会があればまた彼らの物語を紡げたらな、と思っています。

ですがとりあえず今はこれで完結とさせていただき、新作執筆の用意に取り掛かろうと思います!


新作に関しても大体のコンセプトは決定し、現在はプロット制作中。

11月末前後を目途にして公開する予定なので、よろしければそちらも楽しみにしていただけると光栄です!


それでは改めて、ここまで読んでいただきありがとうございました。

また、どこかのお話でお会い出来たら嬉しいです!


                                 みわもひ

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