32話 生徒会
「あ、やっぱ断ったんだ。姫上君の告白」
「えっと、うん……」
同刻、二年B組。
昼休みにもなれば朝のような質問攻めラッシュも落ち着いたが、それでもこれまで周りと積極的に関わってこなかったほたるに興味を持つ生徒は多いらしく。
今も、隣の席の女子生徒とほたるが会話を続けてきた。必然的に言及されるのはやはり、今朝の一件。
あの告白を実は結構なクラスメイトに見られていたこと自体はほたるも知らなかったが、それでも顛末自体は皆に知られている――と言うより、等の姫上がほたるの誤解を解くべく隠すことなく話しているので、既に周知の事実と言って良いものとなっていた。
告白が成功したならともかく断られたことなどそう積極的に知られたくないと思ってもおかしくないはずだが、ほたるのためにそう行動してくれている彼には純粋に感謝だ。本当に、根はすごく良い人なのだろう。
「姫上君、結構女子から人気高いんだよ? 明るく爽やかで話しやすいし、誰にでも優しくてでも思った人は一途に大切にしてくれそうってみんなから言われてるし」
「うん。そういう人っぽいなっていうのはあたしもここ最近で分かったかも」
「踏み込んだ疑問かもだけど、なんで断ったの? ……あ、嫌だったら答えなくて良いからね! ただ私もほら、やっぱり他人の好いた惚れたは気になっちゃうお年頃でして」
言葉通り責めるような口調ではなく、単純に疑問に思っての問いだろう。それを理解した上で……けれどちょっと躊躇いつつ、ほたるが答える。
「えっと、結構恥ずかしい話かもなんだけど……」
「うん?」
「……その、恋、ってのが。実はあたしの中でまだあんまりはっきり分かってなくて」
無論、創作の中では何度も見た。素敵な恋の形を見て良いなと思ったことも数知れない。
けれど――それをいざ自分に当てはめた時。それをどういう形で定義すれば良いのかが実のところはっきりしていないのだ。自分の心とこれまでしっかり向き合ってこなかった弊害が、こんなところにも現れていた。
「……まさかそんなピュアなお考えだったとは」
「だよね……っ!? 多分普通は小学生とかそれくらいの悩みだよねごめんね!?」
「いやいや謝る必要ないよ、恋の定義は人それぞれだし。……ていうか夜波さん、ほんっと今までのイメージと全然違うねぇ、こんな初心な子だったとは」
呆れたような、からかうような声色で言われてほたるが羞恥で縮こまる。
実を言うと自覚はあった。これまで対外的にはミステリアスな少女を、そして特定人物の前では小悪魔的な態度を取ってきたが、どちらもこういう内側の自分を隠すために創作物からヒントを得て作った仮面的なスタンスに近いものがあったのだろう。
……まぁ後者に関しては、単純にからかうのが楽しかったというものある。とはいえ所詮は仮面、いざ自分が攻められる側になるとこうなってしまうのもやむを得ない。
それはともかく。
もうここまで言ってしまったら恥も何もないだろうとばかりに、ほたるは更に踏み込んで質問することにした。
「ちなみにだけど……どういうのが普通の好きと、恋との違いかって参考とか、ある?」
「お、恋バナかな? ……そうだね、パッと思いつくとなると中々難しいけど……」
問われた女子生徒は乗り気で、しばし考え込んだのちにこう答える。
「……独占欲の有無、とか?」
「独占欲?」
「そそ。その人が他の人と仲良くしてるのを見るともやっとしたり、自分だけを見てほしいって思っちゃったり。まぁこれは普通の友達間でもあることだけど、特に異性に対してそういう感情を持ったら恋のサインの一つかなぁ、とは思う」
その後に、今度は当の女子生徒からほたるに対して問い返すように。
「逆にさ、夜波さんはそういう子いないの?」
「え?」
「今みたいな感情じゃなくても良いけど……それこそ普通に、友達としてでもなんでも良いけど好きだと思う異性はいないのかな」
「……」
そう言われて。
真っ先に思うのは、やはり一人の少年の姿。その彼を脳裏に思い浮かべたところで――ほたるの中で、一つぽんと考えが浮かぶ。
ただし、それは恋愛方面ではなく。
「あ」
「お?」
「その、ちょっと用事を思い出して。――お礼、言わないと」
「おお?」
戸惑いを露わにする女子生徒。そりゃそうだと思いつつ、若干慌て気味にほたるが説明する。
「例の動画、作るのをすごく頑張ってくれた子がいて。……その子のおかげでちゃんとあたしの絵を見せることができて、あたしも一歩踏み出せたから。だから改めてしっかりお礼を言わないといけないなって」
別に、今すぐでなくても良いかもしれない。今日も家に食事を作りにきてくれるのだから、その時に言えば良いのかもしれない。
でも……どうしてか。今は、今すぐに感謝を全力で伝えたい気分だったから。「きみのおかげ」って、自分でもびっくりするくらいに周りが変わった、変えてくれたことへの思いを伝えたいと、彼のことを思い浮かべた時に思ったから。
「だからごめん、ちょっと行って来ます!」
「おお。よ、よく分かんないけど頑張って!」
そのまま勢いよく……けれど危険ではない速度で教室の外へと飛び出す。
その後には、
「……ミステリアスって評価も、あながち間違ってなかったのかな?」
驚きと戸惑いと共に、そう呟く女子生徒が残されたのだった。
◆
「急に呼び出して悪かったわね」
「……いえ」
影司に連れられ、生徒会室に入ると同時。
待ち構えていた三人の生徒に影司共々並ばされ、まず凛とした声をかけられた。
その声の主――中央の会長席に座る少女の姿を、見遣る。
(……この人が)
生徒会長。二年A組、月城彩夜。
長く伸ばした艶やかな黒髪に、年相応の幼さも残した顔立ちながらすっと整った鼻梁。深い紺色の瞳は確かな意志の強さを感じさせる、まさしく美人と表現できるような印象。
……ほたると並んで学園二大美女、と呼ばれるのも十二分に納得できる容姿。加えてまとう気配から、自然とこちらの背筋も伸びてしまうような、そんな威厳とも呼べる雰囲気を持った美しい少女だった。
その彩夜が、再度口を開く。
「それで、暁原燎君。何故ここに呼び出されたかは理解しているかしら?」
「……実を言うと、何も知らないままここに連れてこられたんです、けれど……」
ここで呼び出しを受けた、という事実自体から大凡の推測はつく。その推論に従って、燎は自分の考えを述べる。
「察するに――看板や例の動画を作成、公開するにあたって、影司が色々と運営側の規則やらなんやらを無視して実は結構やらかしてた、とかその辺りでしょうか」
「なぬ」
「聡明な子で助かるわ、一字一句その通り。……やっぱり暮君の独断だったのね」
どうやら大当たりだったらしい。影司が驚きの声をあげ、彩夜が嘆息気味に告げる。
続けて伝えられたことは、影司がやったことの具体的内容。主には生徒会長である彩夜の許可を待たずに独断で色々と進め、もう断れなくなった状況で強引に事後承諾させる、という手段を方々で取りまくったらしい。
「影司……お前、それは」
「いやだってさぁ! お前に言われたの体育祭に向けて色々大詰めに入ったタイミングだったんだよ、下手に会長に伝えたら時間無いから断られる可能性あったんだって!」
それはどう考えても良くない、と抗議しようとする前に影司が捲し立てる。続けて、彼はこう問いかけてきた。
「逆に考えてみろ。お前がもし俺の立場だったとして、万が一にも立て看板が出せなくなったり、動画が作れなくなったりする可能性があったとしたら――そんで自分の立ち回り次第でそれを回避できるなら、どうした?」
「……」
思いのほか真剣な声色。
問いを受けて、燎もしっかりと考える。……それは、それだけは駄目だ。ほたるを知ってもらうために行った一連のことは全て必要、看板の公開も動画の公開も全て必須のことだった。であればそれを作って全校生徒に公開することは既に燎の中では決定事項、それができないかも知れないということであれば……
「……確かに、俺も同じことをした気がする」
「だろ? ほら会長、そういう訳で俺は伝えなかっただけで燎も俺と同類です、むしろ燎の方がヤバいまでありますよ。だから――」
「暮君?」
「あっハイ」
「そうやって暁原君を巻き添えにするような悪い立ち回りをすれば、会長ならむしろ逆に自分だけを裁いてくれるだろう――って考えが透けて見えるからやめなさいね?」
「んぐ」
燎の回答を受けて影司が彩夜に言葉をぶつけ、けれど今度は彩夜がその裏の意図まで読み取って一刀両断する。
……なるほど、辣腕という噂も本当らしい。
しかし、そういうことなら自分もお咎めは受けるべきだろう。そう思って次の言葉を待ったが、そこで。
「……いやぁ。今年は五月か、中々早かったな」
「しかも一年生がやらかすのは結構なレアケースみたい、有望というかなんというか」
彩夜の両脇に控える二年生――恐らく生徒会役員が、苦笑気味にそう告げてきた。
……思った以上に咎められる雰囲気ではない様子に燎が戸惑っていると、続けて彩夜が。
「ああ、別に罰を与えようとかそういうのではないわよ。最初からそこまでの権限は私たちには無いし、知らなかったことである以上貴方に非はない。そこのが変な工作をしなくても最初から叱るのは暮君だけ」
「は、はい」
「その上で貴方を呼び出した要件は……まず、知っておいて欲しかったからよ」
そこで一旦言葉を区切ると、彩夜は一度居住まいを正して告げる。
「さっき後ろの二人が軽く話したけれど、旭羽高校は生徒のやりたいことを応援する学校。その性質がある以上――まぁ、時たま現れるのよ。『やりたいこと』が大きくて派手すぎて、その意思が高じた結果何かしら愉快なことをしてくれる生徒が」
「……はい」
「一年生っていうのはレアだけれど。しかも五月にここまでのことをやらかすのはちょっと生徒会の記録にも無いわ。相当の逸材ね、貴方は」
「あ、ありがとうございます……?」
褒められているのか微妙なラインの言葉に曖昧な言葉を返すが、次が本題とばかりに。
「それで。そういう人を見つけた時、私たちはどうすると思う?」
「……下手に暴れないようにしっかり管理する?」
「少し違うわね」
一般的なイメージに従って答えた燎に、彩夜はしっかりと彼を見据えると。
「――ちゃんとした形で暴れてもらう。そのサポートをするために、生徒会がいるの」
「――」
「暮君にも前に言ったけれど、今回の件について伝えたかったことは一つ……まずは生徒会に相談して欲しかった、よ」
そこまでの信用を得られなかったのが不満だわ、と軽く唇を尖らせて告げる。
「絶対、スケジュールだの何だのを理由に無下にしたりなんてしない。言ってくれれば出来る限りで実現が叶うように尽力したわ、看板制作文化がなくなっちゃったことは生徒会の課題の一つでもあったんだし……協力させてくれればそちらだけに負担をかけることもなかった。あれだけのことを隠したままやったんだもの、貴方たち実行側としても相当大変だったでしょ」
まさか労ってもらえるとは思わず驚く燎に、続けて。
「だから、この先も何かやらかす気ならちゃんと相談して。ちゃんとやらかせるようにしてあげるから。それが誰かに迷惑をかけるもので無い限り、そして何より――この学校をもっと楽しく出来るアイデアである限り。私たち生徒会は、まずそれを実現できるように協力することを約束する」
「……」
「それを守ってくれないと、今度こそ本気で怒るから。良い?」
形の良い眉を軽く吊り上げて、念を押すように問いかけてくる彩夜。
……何度目か分からないけれど、すごいな、と思った。
少なくとも中学までに――こんなことを言ってくれる人は一人もいなかったから。
「……はい、すみませんでした」
それを実感すると同時、自然と頭を下げていた。
「この学校の生徒会を、保守的なものと勝手に見ていました。……以降は、きちんと信用させていただきます」
「え、ええ」
素直に謝る、が、そこで彩夜は何故か軽く目を瞬かせて。
「……ええと、思った以上に物分かりが良かったから」
「ほらーだから言ったじゃないですか会長、高確率で暮の野郎が勝手に色々暗躍してただけだって」
「あの動画制作の全体指揮がこの子なんでしょ? ああいう、ちゃんと全校生徒を楽しませるものを作ってくれる子が悪いなんてそうそう無いよ。まぁ思った以上に素直ないい子だったってのは同意だけど」
するとそこで、彩夜の背後に控えていた二年生二人組が声を上げた。距離感から察するに、彩夜と親しいのだろうか。
「ていうか会長、悪い癖出てましたよ。熱くなるとつい言い方がきつくなっちゃうやつ」
「そだよー。今のも絶対後で私を巻き込んで反省会するやつでしょ? 『言いすぎたわ、嫌われちゃったかしら……』って落ち込んでるのをいちいち慰めるこっちの身にもなってよね」
「ちょ、貴方たち」
「あーそこの一年生、暁原君だっけ。安心して良いよ、この会長に本気で怒る度胸とか無いんで」
「ごめんねぇうちの彩夜ちゃん、雰囲気怖くて言葉も強いから誤解されがちだけど普通にお人好しであとメンタルよわよわお豆腐だから、嫌わないでくれると嬉しいな」
「本当にやめてくれるかしら!?」
続けて明かされる謎に衝撃の事実。赤面して後ろの二人に食ってかかる彩夜も含め、色々と落差が凄すぎて若干混乱する燎だったが……ともあれ。
「な、燎。うちの会長、良い人だろ?」
それだけは、間違いないだろう。何故か得意げに言ってくる隣の影司に対し、とりあえず燎は頷きを返すのだった。
そこから、二年生三人のやりとりを傍観することしばし。
「……変な空気になっちゃったけど、とにかく!」
こほん、と若干可愛らしい空咳を挟んで、改めて彩夜がこちらに向き直ってくる。やや赤面の残滓があるものの真面目な話を再開する気配だったのでそれに従うと、合わせて彩夜が会長席から降りてこちらに歩いてくる。
「貴方をここに呼んだのは、今のことを伝えたかったのと……もう一つ。この話を踏まえた上で良ければ、だけど」
首を傾げる燎に対し、彩夜は燎の正面に立つと。
美麗かつ真摯な表情で、こちらに手を伸ばして告げてきた。
「暁原燎君。――生徒会に、入らない?」