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30話 祭りの終わりに

 週明け、体育祭の振替休日を挟んだ火曜日。

 その日の旭羽高校は、まず朝の全校集会から始まった。

 内容としては体育祭を終えての注意や先生たちの言葉、そして改めての各学年優勝クラスの表彰式。

 ちなみに、一年は燎のクラスが総合優勝した。クラス全体の運動能力も低くなかったそうだし、主に影司を中心としたクラス全体での団結力も勝利に貢献したとか。

 既に一通りは体育祭当日に喜び合っていたが、改めて代表が表彰状を受け取って。再度の勝利を噛み締め、そうでなかったクラスも讃え合って。

 確かな青春の余韻と共に体育祭の空気を締め、最後の表彰式が終わったらまた新しい学校の日常へと戻っていく――


 ――はずだった、が。

 今年に限っては、そうはさせない。


「以上で、表彰式を終わります」


 終わりの合図の言葉に、既に弛緩する空気が体育館に集まる全校生徒に流れ始めた時。


「それでは、最後に」


 その空気を断ち切るように、これまでとは違う言葉が生徒会書記の口から放たれ。



「――有志制作による(・・・・・・・)体育祭の(・・・・)振り返り(・・・・)ムービーを(・・・・・)上映(・・)いたします(・・・・・)



 ……さあ、ここからが。

 燎にとっての、体育祭本番だ。




 体育館に、微かな騒めきが満ちる。

 最初は主に二、三年生から。去年とは違う流れにどうした、何があるんだと言った声がそこかしこから漏れ出てきて、やがて一年生にも何か例年とは違うらしい、という雰囲気となって伝播する。

 けれど、それもやがて止み。合わせて体育館の明かりが消えてステージ上にスクリーンが降りてきて――その辺りで書記の声を聞いていなかったものまで全員が察しただろう。……ああ、あそこで何かが上映されるんだ、と。

 その理解が伝わりきって、全校生徒が静かに見守る中。プロジェクターの明かりが映し出されると同時に、『それ』が始まった。



 最初は、静かな生徒会室内のイラスト。

 続けてその中を小さな足音と共に、旭羽高校の制服を着た女子生徒が歩いていくイラスト。涼やかで柔らかい、期待を煽るようなミュージックに合わせて、中央の机の上へ。

 そこにあったのは、一つのアルバム。表紙には『第十三回 旭羽高校体育祭』と見覚えのあるフォントで書かれている。女子生徒が、それに手を伸ばした瞬間――

 アルバムが開き、そこから勢いよく沢山の写真が飛び出してくる演出。合わせて遠くから生徒たちの歓声がフェードイン、そこから写真の勢いが収まって――残ったのは、一つの絵。


 燎の隣の生徒が、あ、と言うような表情をした。そう、それはこの体育祭で多くの……恐らく全ての生徒が一度は目にした、あの立て看板のほたるのイラストだ。

 改めて、体育祭のフォントと共にそれが表示され。合わせて選手宣誓の掛け声が入ったあたりで、全員が絵の力も相まって動画に引き込まれると同時、察しただろう。


 先刻書記が言った通り、これは体育祭の振り返りムービー。燎がこの瞬間上映することを狙って影司と企画し作り上げた、一つの作品だ。



 燎は、ある程度の動画作成技術がある。理由としては、過去彼が作曲をしていた時に投稿していたプラットフォームが『動画投稿サイト』だったことに起因する。

 メインが曲とはいえ、ただの黒背景に曲を流しただけのものでは曲を聴いてもらう以前に誰もそのページに見向きもしてくれない。より多くの人に聴いてもらうためには優れたクオリティの動画も重要な武器になると悟って、曲を投稿し始めてからすぐにそちらも独学で勉強を開始したのだ。


 ……母親には『小手先の技術、そういうのに頼る時点で自分の曲に自信がないって言っている証拠』と言われたりもしたが、まぁそれはどうでも良い。重要なのは、そのような経緯で燎が動画を作る技術を身につけたことであり。その経験から来るアイデアに、かつパソコン部の専門家の力も借りて作ったのが今回の動画だ。


 性質としては、結婚式で流されるようなフォトムービーに近いだろう。あのオープニングの後は体育祭を通して写真部がアルバム用に撮った写真を競技ごとに整理、その素材を用いて写真の流れで各競技を振り返っていく、という良くあるコンセプト。

 ……ただ、通常のフォトムービーとは違う点が一つ。

 あの体育祭で最も目立っていた絵――ほたるのイラストを併せて用いている点だ。


 まずは、徒競走。

 ほたるの看板絵から徒競走をしている部分をピックアップ、そのイラストと共に『百メートル走』のテロップが流れ、写真の流れに移る。

 徒競走の中でもデッドヒートだった名シーン、逆に離されても最後まで諦めず走りつづけるシーンや、その時の選手たちの必死な表情。自分自身やクラスメイトが走っているシーンがピックアップされた時には、その近辺の生徒たちから小さな歓声が上がった。

 続けて、これもほたるのイラストを用いて『玉入れ』のテロップを流す。こちらは和やかな雰囲気で統一し、協力する生徒たちが笑い合っているシーンや籠に跳ね返された玉が頭に当たるコミカルなシーンで会場の笑いを誘う。


 続けてテンポ良く障害物競走、棒倒し――とテンポ良く各競技を振り返っていく。写真に合わせてほたるのイラストを挟むことで、各競技ごとの分かりやすい区切りとする。

 それは、各競技(・・・)ごとに(・・・)きちんと(・・・・)専用の(・・・)ほたるの(・・・・)絵が(・・)用意(・・)されて(・・・)いないと(・・・・)できないことであり。


「……あ」


 幾人かの生徒が、それに気づき始める気配がする。

 そうだ、あのほたるの看板イラスト。さまざまな生徒が体育祭のさまざまな競技に邁進する様子を一つにまとめた一枚絵。

 あの各々の競技は、決して適当ではない。一つの(・・・)過不足も(・・・・)なく(・・)今年の(・・・)体育祭で(・・・・)開催(・・)される(・・・)全競技を(・・・・)網羅(・・)する(・・)形で(・・)描かれている。

 徒競走や玉入れといった定番競技だけでない。この学校ならではの競技もきちんとあるし、何なら障害物競走等の特殊競技においては障害物の内容までちゃんとイラストに組み込んで再現しているのだ。

 更には生徒たちの絵も適当ではなく、しっかりその競技を担当する実行委員をモデルにもしている。それは今年の体育祭をきちんと理解していないと、到底描けないものだということは誰もが分かるだろう。


 その工夫。その情熱。それを、あの体育祭の日に分かってくれた生徒がどれだけいるだろうか。

 ……多分、そんなに多くはない。それは仕方のないことだ。多くとも数秒、人によっては一瞬しか見ないイラストに対してそこまで読み取れと言う方が無理な話。



 ――なら(・・)何度でも(・・・・)見せてやる(・・・・・)



 一つの動画で、何度でもほたるの絵を登場させることで。各競技ごとに対応するイラストの一部分を、デジタルデータを使って動画に組み込みピックアップすることで。

 彼女があの絵に掛けた熱量を、捧げた努力を、込めた思いを、余すところなく知ってもらう。そのために、彼女の絵を何度もこの動画で美しく演出する。

 だから、気付け。この動画は、そのために作った。燎がこれまで培ってきた技術を、未熟ではあるかもしれないけれど精一杯注ぎ込んで。


 燎の祈りと共に、動画は進んで行く。

 続けては後半の花形競技。騎馬戦やクラス対抗リレーに移っていく。

 この高校は、学校の特性上文化部が強い。その御多分に漏れず写真部も非常に優秀だ、きちんと体育祭の盛り上がるシーンを切り取って整理し、良質な動画の素材として提供してくれた。

 それをここからは出し惜しみせずに使う。流れている音楽が盛り上がりに入ったこともあって、生徒たちの気分も否応なしに高揚していく。


 ……『動画』というコンテンツにおいて、この音楽というものもとても重要だ。場合によっては最重要と言っても良いかもしれない。

 これの何が難しいかというと、きちんと動画のコンセプトや内容に合わせた音楽の選出だ。動画の盛り上がるところでぴったり盛り上がり、溜めるところでぴったり溜めに入る……そんな音楽を見つけることが、ある意味で動画制作の一番の難所。大抵はそんな都合が良いものはなく、どこかで妥協するか逆に『曲に合わせる』ことになるのだが。



 だが、そう。

 ――燎なら、その音楽を自作できる。



 動画に合った音楽を探すのではなく、最初から『その動画のための音楽』を制作できるのだ。今回の動画で流れているBGMは、その狙いのもと燎が製作した。

 ……まぁ。流石にアマチュアの音だけでは厳しいかと判断したため、影司に取り持ってもらって例の三年プロミュージシャンの先輩、曲作りにも造詣があるとのその先輩の監修は受けているのだが。


 まず曲を見せて、『動画に使えるクオリティではない』と判断されたなら大人しく別の曲を使うつもりだった。この作曲においては燎の意地も入っている、ほたるのことを最優先するならばそこが妥協点だと思ったから。

 だが、真剣な表情で曲を聞き届けたその先輩は、こう告げたのだ。


「粗は多いが、悪くない。何より……この曲で何をしたいかのコンセプトがはっきりしてるし、よく伝わってくる。こういう音楽、俺は嫌いじゃないぞ」


 ……プロって凄い、と改めて思いつつ。お墨付きを貰い、使用に踏み切った。

 ああ、彼の言う通り。曲で何をしたいか、何を込めるか。

 つまり――何のために、その曲を作るのか。

 かつて間違えてしまったその問いに対して、今は自信を持って答えられる。


(……この動画を際立たせるために。そして――先輩の絵を見てもらうために、それを通して先輩をもっと知ってもらうために。そのためだけに、俺はこの曲を作った)


 だから、届けと。

 そう願い、燎も生徒の一人としてスクリーンを見守る。


 さあ、動画はクライマックス。曲もラストのサビに入る。

 花形競技の騎馬戦やリレーも劇的な写真が沢山で、ところどころに放送部の実況を挟む演出を解禁することで更なる盛り上がりを見せる。

 そうして全競技の振り返りが終了してからは――最後、競技関係なく良く撮れていると思った体育祭全体の名シーンを惜しみなく投入する。


 騎馬戦で圧倒的な不利状況を単騎で覆し勝利した大将騎のガッツポーズの写真。

 重要な競技で負けてしまった生徒を、クラスメイト全員で慰めている写真。

 最後の最後、クラス対抗リレーでアンカーにバトンを繋ぐ真剣な表情を収めた写真。

 優勝がかかった戦いを、固唾を呑んで祈るように見守る女子生徒の写真。


 勝利も敗北も、疾走も応援も全てが輝くように。

 誰もが自分の体育祭に重ねて、美しい思い出として振り返ることができるように。

 絵と音と演出で、今の燎が持つ心を動かす技術のありったけを注ぎ込む。


 そうして、最後の演出。

 サビの最大の盛り上がりに合わせて今まで見せてきた全てのシーンを高速で送りつつ、その節々で登場したほたるのイラストが一挙に集約し――最初のイラスト、全員が見たあの看板の絵に改めて舞い戻る。


『――』


 見ている全員が目を奪われたのが、分かった。

 もう、皆分かっただろう。動画の最初に見たイラストと比べて、自分の見えているものが全く違うことに。この絵が持つ、本当の意味に。


 今回の体育祭の全ての競技を網羅し、それに取り組む生徒たちを一人一人丁寧に描いて、尚且つそれを美しい一枚絵にまとめ。

 華やかに散りばめられた小道具の絵ですら全てこの学校に由来するオリジナルのもので、何なら背景もちゃんと旭羽高校を象徴する景色になっている。

 この絵は、真の意味で――『旭羽高校第十三回体育祭』を一つの絵にまとめたものだということに。ちゃんと一つの絵にまとめられるように、どれほどの情熱と愛情と、努力と熱意を注いだかということに。


 ……なぁ。君たちの体育祭は、どうだった。

 活躍できた人も、できなかった人もいただろう。嬉しい思いをした人も、悔しい思いをした人もいただろう。

 けれどきっと多くの生徒にとっては、それも含めて綺麗な思い出にできたんじゃないかと思う。



 ――それを、こんなにも。鮮やかに彩ろうとしてくれた人が、いたんだ。



 その人は、みんなから高嶺の花のように扱われて遠巻きに見られて。一つのミスと多くの勘違いと偏見が合わさった結果、『ひどい人間』『人でなし』『人の心が分かってない』と言う人も多いみたいだけれど。



 こんな温かい絵を描ける人が、冷血な人間だなんて。人でなしだなんて、思うか。

 こんな眩しい絵を描いてくれる人が、周りの人を何とも思っていないだなんて、あるか。



 その人は。あの先輩は。

 確かに、他の人から見れば突出した能力を持っているかもしれない。少し距離感が測りづらいこともあるし、過去の経験から臆病になってしまうこともあるだろう。

 でも、それでも。臆病なりに、不器用なりに精一杯頑張ろうとしている。当たり前のように失敗して、迷って悩んで……それでも、心ではちゃんと誰かを思って、『友達と一緒に楽しく笑いたい』だなんて馬鹿みたいに純粋な願いを持っている。

 ただの、普通の、女の子なんだ。


 その思いを全力で込めて、音楽は締めのアウトロ。

 最低限のスタッフロールの最後に、満を持して大きくその名前を公開する。


 ――Illust : 2-B 夜波ほたる と。


 声には出さないが、多くの生徒が驚いたのが分かった。

 驚愕を他所に、動画はエンディングへ。アルバムが閉じられて、最初の女子生徒がそれを棚にしまう。続けて取り出す、第十四回のアルバム。その中は未だ白紙で――素晴らしい体育祭はこの先も続いていく、という演出を最後にそのムービーは終了した。


 画面が暗転し、体育館に明かりが戻る。

 一瞬の静寂――ののちに、爆発するような拍手と歓声。


「すごい」「やばい」「めっちゃ感動した」「ちょっと泣きそう」「あの絵、そういうことだったんだ。すご――」等々、様々な感想と興奮の声がそこかしこから伝わってきて。

 そして……その誰もが、美しいものだと、素晴らしいものだと言ってくれて。イラストに関する気づきの声も、色んなところから聞こえてきて。

 これを聞けば、彼の企画が成功だったかどうかなんて、確かめるまでもない。


(……ああ、良かった)


 ちゃんと、伝わった。

 じゃあ――あとはもう、大丈夫だ。


 その確信だけを胸に、一挙に気が抜けた燎は自分の椅子にずるりと背中を預けて。

 燎にとっても……そして、他の全校生徒にとっても。これまでにない素晴らしい形で、体育祭は締め括られることとなったのだった。

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