25話 夜明け
そこから先は、二人で純粋に夜の旅を楽しんだ。
きっと、ここまで色々と考え過ぎて疲れてしまっていたのもあるのだろう。夜空を駆ける小さな雲の形とか、街灯に照らされる街の有様とか、些細な過去の思い出とか。くだらないことや取り止めもないことを時々話して、馬鹿みたいに笑い合った。
大げさなくらいに喜び合って、子供のようにはしゃいだ。何ひとつ意味なんてなくても、ただただ楽しかったから笑った。今は、それだけで十分だって思った。
既に、東の果ての空は微かな光を放っている。
目標だった突き当たりも近いと感じた燎は、後ろの少女に声をかける。
「先輩、少し飛ばしますけど良いですか?」
「うんっ、早くしないと見られないからね。行こうよ、どこまでも」
弾んだその言葉とともに、もう一度ほたるが背中にしがみついて。合わせるように燎もラストスパートとばかりに、改めてペダルを強く踏み直し。
そうして、彼らは走る。
点滅する信号機を潜って、小さな段差を乗り越えて、見え始めた朝靄を突っ切って。
抱えた何もかもを、夜空に置き去りにして。ごう、と加速した分強く吹き荒ぶ風に訳もなく逆らって。背中に感じる彼女の体温を拠り所に、ただ前を向いて。
明るみだした星空すらも追い越すように。
今この瞬間を生きているんだと叫ぶように。
どこにだって行けるんだって、この時だけは証明するように。
夜風を切って、雲を追い抜いて、顔を上げて、走って、走って、走って。
その果てに、彼らは。
「……ついた」
一夜の旅の到着点。それが見えると燎は自転車を止め、眼前の光景をどこか不思議な感慨と共に呟く。
漂う潮の香りに、微かに聞こえる波の音。眼前にそびえ立つ防波堤。
海、だ。
自分達の住んでいる場所から東に真っ直ぐ進んだ果てに、到着する当然の地点。自転車の旅の突き当たり、夜の終わる始まりの場所。
「……はは」
自転車で、二時間強。
普段なら絶対に行かない、行くとしても間違いなく電車を使うような場所に。自分の足でペダルを踏むだけで辿り着けたという事実に、訳もなく高揚混じりの苦笑が湧き上がる。
ともあれ、と自転車を止め。ほたるを下ろして地面に立ち、一度背を伸ばすがそこで。
「うみだ――!」
……どうやら、荷台に長時間座っていたことからの解放感と、夜の旅による上がったテンションが抑えきれなかったらしく。ほたるが完全に幼子の様相ではしゃいだ表情のままに駆け上がっていく。
「ちょ、先輩」
呆れつつ、慌てて後を追いかける。防波堤の上から覗く白みだした空に誘われるように、燎もほたるを追って駆け上がり、頂上まで辿り着いて。
そして。
「――」
「わぁ……!」
――夜明けを、見た。
多分、景色自体は知っていた。写真等で見たことはあったし、なんならほたるの場合は描いたことすらあったかもしれない。
でも、本物の空の、本物の夜明け。びっくりするほどに鉛色の海とか、地平線を彩る朝焼けと藍空の間にあるグラデーションとか、その間で輝く登りかけの太陽は、こんなにも優しい純白であることとか。
鼻を掠める磯の匂いや、冷たくも懐かしい潮風、ここに辿り着くために必死に走ってきたその果てに見た景色であること。初めての、本物の夜明けと出会う体験。
やってみなければ、本当に見なければ分からないものが、たくさんあった。
そうして見た景色は、本当に綺麗で、眩しいくらい綺麗で、息が止まるほど綺麗で。
ここまで旅をしてきた最後に見るには十分な、十分すぎるほどの報酬。
けれど――
「きれいだね」
そんな、燎の心に合わせるように。
一歩前に出て、ほたるが口を開く。
「まぶしくて、清々しくて、きれいな景色。それ以外には何もない、あたしたち以外にも誰もいない、あたしたちだけの景色。一夜の旅の終わりには、とても相応しい場所……このまま、全部終わってもいいかなってちょっと思っちゃうくらいの」
燎も感じていた、どこか切なげな響き。
けれど、それで終わらないことは確信していた。その予想通りほたるは「でも」と引き続き言葉を紡いで。
「でも……あたしは、そしてきっとあたしたちは。どうしてかまだ終わりたくないから」
「……ええ」
「ここでおしまいにしたくないから、ここを終着点じゃなくて、最前線にしたいから」
果てにある景色は綺麗だけれど、それ以上の意味を与えてはくれない。
意味を見つけるべきなのは、自分達自身で。旅の果てに何を掴み取るのかは、自分達で決めなければならないから。
故に、ほたるは。
朝焼けに照らされた、眩しく、ふわりとした微笑を燎に向けて。
「だから――これからの話を、したいな」
この、何もかもを許してくれそうな朝焼けの下なら。
特別な話をするために始めた旅の終わりに、何かが見つかる話ができるんじゃないか、なんて思うから。
胸の内は、背負っていたものは、過去は全て夜の旅で置いてきた。
だからここからは、未来の話。この終わりを、また次の始まりへとするために。ちゃんと、正しい意味での夜明けにするために。
この不思議な一晩のデート、その最後の話が始まるのだった。
◆
「……話」
ほたるの言うこと自体には、燎も賛成だった。
特別な夜の旅をして、その果てに素敵な景色を見て。本当なら、それだけで終わってもよかったのかもしれなかったけれど。
でも――これは、旅であると同時にデートだから。何かを話すために、何かを掴むために彼と彼女で始めた一夜の冒険だから。
未来につながる何かを、ここで見つけなければならないと思ったし、錯覚かもしれないけれどそんな予感もあった。
でも……
――なんの話を、しよう。
情けないことに、燎にその持ち合わせは無い。言うべきことはここまでの旅路で全て吐き出してしまった、空っぽのままでここに来た。
それを自覚しているが故に黙り込む燎に対し、対照的に。たたっ、と軽やかな足取りで燎の前に出たほたるが振り返ると。
「うん、分かってる。あたしから話すべきだよね」
その燎の葛藤を見透かすように、微笑を浮かべる。
「だって、きみはここまでいっぱい言葉にしてくれたもん。この夜だけじゃない、これまで一緒にデートしてきた時もずっと、ちゃんと自分の心を言葉にしてくれた。分からないものもしっかり考えて、時にあたしの心でさえも言語化してくれた」
「……」
「それに甘えちゃ、だめだよね。『デート中は、絶対にデレること』なんて条件を押しつけておきながら……あたしが内心を隠すのは卑怯。だからあたしも、今だけは。ちゃんと言葉にしないと――ちゃんと『デレ』ないとって、思う」
少し、驚いた。
口ぶり的に、彼女の方にはまだ隠した心の内があるということか。視線を受けると、ほたるは続けて。
「この時までに、色々と考えて考えて。それでも、最後に残ったあたしの思い。
きみみたいに、うまく言葉にはできないかもだけど……聞いてくれる、かな」
頷く。
それを見るとほたるは、一つ息を吸って。まるで告白するみたいに、緊張と微かな怯えと、けれど確かな懐かしさと喜びを含んだ微笑のまま、話し始める。
「……初めは、正直ちょっと怖かった。ともちゃんの弟くんで、ともちゃんが紹介してくれるって時点で悪い子じゃないのは分かってたけど……それでもやっぱり昔のこととかあったからさ。初めて会う時まではやだな、って思ってたのが本音だった」
そうしてまず話したのは、二人が初めて会った時の話。二月の末、まだ『業務デート』のことなどお互い知らず、ただ灯に『あんたの高校の先輩よ、多分気が合うと思うから一回会っときなさい』と引き合わされた時のこと。
燎としては『そんな人がいるのか』程度の感覚だったが……ほたる側としては、過去の経験も相まってそう思ったとしても全くおかしくはない。
「――でも」
けれど、その上でほたるは語る。
「そう思ってたのは、本当に出会う瞬間までだったよ。ともちゃんと似た雰囲気の子で、別に明るいってわけじゃないのに不思議と話しやすくて……何より、あたしの漫画を見て、『とても頑張ってきたんですね』って言ってくれた」
「……」
「他の人は、好意的な感想でも単純にすごいねとか、よく分からないけど才能があるね、とか。その辺りのことを言うんだけど……漫画自体の感想の後で、一番にそういうことを心から言ってくれた人はきみが初めてで……すっごく、嬉しかったの」
少し、気恥ずかしくなる。
その時のことは覚えているが――そこまで真剣に言ったわけではなく、単純にその瞬間思ったことを口にしただけだったのだが。
きっと、だからこそ彼女にとっては嬉しいことだったのだろう。
「そこから、深く関わるようになって。きみはいつも、いつでもあたしのことを一番分かってくれた。頑張ってるのを見てくれた、デートのことにも真剣に向き合ってくれた、あたしが変なことを言っても、ちゃんと理解して聞いてくれた」
「……はい」
「それが、すごく嬉しくて、楽しくて……そうしているうちに、思うようになったの」
そこで、一つ息を挟んで。
真剣で、切実な表情。息を呑むほどの切なく綺麗な顔を向けて、ほたるは告げる。
「きみみたいな人が。……一緒に、隣で戦ってくれたら。
もっともっと、嬉しいなぁって」
「……それは」
その意味を、燎は正確に理解した。
「支えてくれるだけじゃない、隣に立って走ってくれたら、創作の世界で歩んでくれたら、苦労を分かち合えたらって、ずっと思ってたの。もちろんこんなわがままできみの行く先を決めて良いわけがないし、そこはかがり君にとって暗いものが潜んでる場所だって分かってたから踏み込めなかったけど……でもっ。ほんとはそんなことをずっとずっと思ってて、きみのすごいところを見つけるたびにその思いは強くなって――」
泣きそうなほどに潤んだ薄紫の瞳が、強い光を湛えて燎を射抜く。
「――今、一番強くそう思ってる」
「え」
「だめだよ、諦めちゃ。いやだよ、きみが曲作るの辞めるの。きみの曲を聞いたこともないのに何言ってるのって思われるかもしれないけど、それが本心。きみみたいな人は辞めちゃだめ、辞めてほしくない、一緒に走ってほしい! ……そう、思うの」
……確かに、聞きようによってはひどい言葉だ。
ただ一方で――ほたるの言葉は決して独りよがりでは、自分のためだけではない。燎の境遇を聞いた上で、燎のためを思って言ってくれていることも口調や態度から、痛いほどに伝わってきた。
その心遣い自体は……本当に、心から嬉しいと思う。
「……ありがとう、ございます」
けれど。
「駄目なんですよ、俺は。資格がないんです。自分を信じて突き進むことすらできず、あまつさえ大嫌いな親の言うことにすらこんなに容易く捻じ曲げられて、そのまま立ち上がれなくなってしまった程度の弱い俺じゃあッ」
そんな自分では、仮に今ほたるの言葉を借りて立ち直ったとしても、きっと別の要因でまた折れてしまう。こんなに真剣にぶつけてきてくれているほたるの言葉ですら、軽いものにしてしまうに決まっている。
だって、だって。
「他人にきっかけを貰わないと立ち上がれない程度の人間が、その先も歩き続けられる訳が――!」
けれど、ほたるは。
「――それ」
対照的に、静かで優しい声で。
「逆だと、思うな」
「…………逆、って」
一瞬何を言われているのか理解できず、呆ける燎に対して。
ほたるは言い聞かせるように柔らかな、けれど確信を持った声色で続ける。
「確かに、きみが一度折れちゃったのは間違いないと思う。本当は誰に何を言われようとどこまでも突き進めるのが理想なのもその通り」
「……」
「でもきみは、諦められなかったんだよね? 両親の言葉とか束縛とか、結果が出ないこととか、そういうのに一度押し潰されて折れちゃっても、それでも火を消せなかったから。だから……どうしようもなくなった最後に、あたしに諦めさせてもらいたがった」
「……ええ」
「じゃあ、逆だよ。かがり君は――」
胸元を握りしめて、真っ直ぐに届けるように。
「他人にきっかけを貰わないと諦めることすらできないくらい、音楽が大好きだったの」
「――――」
心に突き刺さる、音がした。
「それって、絶対すごいことだよ。まずはそれを誇ってよ。誰にでもできることじゃない……少なくともあたしは、きみと同じ境遇になったら諦めなかった自信がないよ、情熱を完全に失っても仕方ないくらいのことだと思う。だからっ、そんなに自分を責めるのをやめてよ。まずはそんなことがあっても火が消えなかった自分を認めてあげてよっ!」
ほたるの声に、悲しみと労りの混じった激情の色が入る。
「なあなあにして、時が風化させるのを待つこともできた。言い訳をして逃げることもできた! でもきみはちゃんと向き合った、苦しみから目をそらさなかった。迷っていても、悩んでいても、当て所なくても、行き先が曖昧でも──きみはちゃんと、夜明けに向かって走っていたの。だから――!」
「……じゃあ、どうしろってんですか」
感化されてか、燎の声にも震えが混じる。
それを見て落ち着きを取り戻すほたるに対して、今度は燎が。
「どう足掻いても諦められないことを、認めろと言うんですか」
「……そうだよ」
「こんな苦しいのがずっと付き纏うのを、受け入れろって言うんですか」
「……うん、そうかも」
「簡単に折れるくせに、諦めだけは悪い半端者が。それを受け入れて、この先何をしろと――!」
「……そのために、他人を使うんだよ」
そうして。
彼女が、一つの答えを述べる。
「…………え」
「誰の言葉にも惑わされず、自分を信じてどこまでも進む。……それが理想で、それができれば物語みたいに素敵なんだと思う」
要領を得ない最初の言葉に疑問を呈する燎に、ほたるは続けて語る。
この旅の果てに得た、彼女の答えを。
「でも、多くの人は――きみも、そしてあたしもそうじゃないから。誰かの影響を受けないほど強くないし、ちょっとしたことで折れそうになるくらい弱い。……でも、それでも終わりにするのが嫌なら、どうしても、諦めたくないなら」
顔を上げて、真摯な表情で。
「もう一度立ち上がるために。そして諦めないために、他人にきっかけをもらうんだ」
「――」
「ううん、他人に限らない。何かの理想でも、それこそ物語でも良い。誰かの言葉を糧にしても良い、素敵なお話に感化されても良い。頑張る誰かを見て『自分も』って思うことだって全然悪いことだとは思わない。
折れても、躓いても、倒れても、屈しても。それでも何度でも立ち上がるために周りを使うことは……格好悪くは、ないんじゃないかな」
どくり、と心臓が脈打つ。
ほたるの言うことに、反論が浮かばない。
どころか、本当にそう在れたのなら……それも確かに、紛れもない一つの強さだと思って、思えてしまって。
「だから……だからね?」
そこで、ほたるはくしゃりと笑って。
「すごく、すごく卑怯なことを言って良いかな。
きみが、まだ諦めたくないと願ってくれてるなら……」
紡ぐように、願うように。囁くように、告げる。
「……あたしのために、立ってよ」
柔らかく、温かく。蛍火のようにささやかで、けれど確かに染み込む声だった。
「あたしは弱くて、すっごく弱くて、隣で一緒に走ってくれる誰かがいないと折れちゃいそうなくらい弱くて。それで、その隣にいるのがきみだったら……泣いちゃうくらいに嬉しいと思うから」
「……せん、ぱい」
「理想のように強くなくても、折られても倒れても。それでも――本物にはなれるんだって、一緒に証明して欲しい。できるんだってことを、かがり君にも見せて欲しいの」
朝日を背に、何かを捧げるように手を広げて締めくくる。
「諦めるためじゃなくて、諦めないためにあたしを使って欲しいよ、きみには。
そのためなら……あたしを、あげるから」
――そこで、夜が明ける。
地平線から太陽が完全に顔を出し、世界が朝の光に満ちる。陽光を含んだ始まりの風が吹き、それに呼応して空のキャンパスが眩しいくらいの群青に塗り替えられる。
まるで合わせるように、燎の胸の中にも何かが満ちる。
きっと、物語のように強い人間なら。
こんな、誰かに理由を依存するようなことがなくても一人で立ち上がって、勝手にどこまでも進んで行けてしまうのだろう。
でも、自分たちはそうじゃないから。
「……自信は、無いですよ。また折れてしまうかもしれない」
「そしたら、また立ち上がれる何かを探そうよ。その時もあたしだったら嬉しいな」
「今のトラウマだって乗り越えられるか分からない」
「えと、それは……あ、あたしも一緒になんか頑張るから!」
「そこは相変わらず詰めが甘いんですね」
やはり肝心なところはガバガバらしい。謎の安心感に軽く笑う。
それでも……ああ、確かに。
彼女から今もらったささやかな炎は、もう彼の胸の内で確たる熱を持っているから。
それなら、今なら。
「……確かに。もう少しだけ、遠くに行けそうですね」
一言、整理をつけるように呟いた後。
その熱に押されるように、燎も口を開く。
「では、俺からも一つだけ」
「ん」
「ちゃんと、見ていてください。また立ち止まってしまわないように、倒れてもまた立ち上がれるように。……もう少し、走り続けられるように」
「……うん、お安い御用だよっ」
それで、伝わったことが分かったのだろう。ほたるが安心したように、嬉しそうに弾んだ笑顔を見せる。
けれどその後すぐに、心持ち少し不満げな色を覗かせて。
「ていうか、それだけ? ……べつに、もっと君もわがまま言ってくれても良いのに」
「何故そこで不服そうになるんですか。……人に頼るのは苦手なんです、今はこれで勘弁してください」
苦笑気味にそう告げて。もう一度、夜の終わった場所を見る。
完全に登った太陽は、腹が立つほどに眩しくて綺麗で。
けれど、今は不思議と身を灼かれるような感覚はない。
……そうか、と思った。
自分は。自分一人では、自分を責めることしか、苛むことしかできなかったから。
どうあっても、火が消えないのなら。たった一言で良いから、同じ道を走っている誰かに、あの日の折れた自分を『良いよ』って、肯定して欲しかったんだ。
それを自覚すると。ここに来て、これが見れて良かったと心底思った。
来た意味を、今はちゃんと見つけられたから。
「帰りましょうか」
ほたるに声をかける。唐突な宣言を受けきょとんとした彼女に、もう一言。
「これからやるべきことが、たくさんありますから」
「! うんっ!」
その宣言に、ほたるも力強く頷いて。
弾んだ足取りで砂浜を蹴ってその場を後にする彼女に、改めて「ありがとうございます、先輩」と心からの感謝を告げて。
そうして、二人。自転車に乗ってまた走り出す。
長い、長い夜が明けて。
一つの旅が終わって、また新しい旅が始まる。
けれど、今までと違うのは。当て所なく彷徨うように飛び出した、夜とは違って。
まだ辿り着けるかは分からないし、道筋も不透明だけれど――
――行きたい場所は、見つかった。
彼女のために、立ち上がる。
諦めきれない自分を受け入れて、どれほど無様でも行けるところまで走り続ける。
それで、本当に火が消えてしまう時が来たとしても。きっとそこまで行ってみないと満足できない、そういう人間だと教えてもらって、知ってしまったから。
なら、もう少しだけ足掻いてみよう。この小さくて、ささやかで、けれど決して消えることのない、儚いようでいてとても強かった少女の輝きを守るために。
決意と共に、ペダルを踏み込む。
不思議と、行く時ほど重くはないように感じた。
次回より、一章ラストエピソードが始まります。
是非、最後までお付き合いいただけると!




