2話 猫と美少女の業務風景
本日のデート内容。
先週二人の話し合いの結果、主にほたるの強い希望により決まった今回の行き先は、所謂猫カフェと呼ばれるものであった。
言葉通り猫がスタッフとして働いている喫茶店で、飲み物等を楽しみつつ愛らしい猫との触れ合いを満喫することを目的とした、最近と言うほどでもないが根強い人気を誇るコンセプトカフェ。
そんな猫カフェにて。
「かわいー!」
群がられていた。
ほたるが、猫に。
元来、猫というのは他の動物と比べてもかなり気紛れな傾向が強い。いくら猫と触れ合える猫カフェとはいえ、本来なら動き回っているのを眺めるのが基本、触るとしても短時間で、猫様が許してくれている間だけ……というのが一般的だが。
何故か、ほたるには猫の方から自動的に寄ってくる。しかも一匹や二匹ではない、流石に全てとは行かないがかなりの数が彼女の足元に擦り寄ったり、膝の上に乗ったり。
ましてや抱き上げられても一向に嫌がらないのだから、彼女の猫からの懐かれようがうかがえるだろう。
なんだ、動物らしく彼女の珍しい色合いの長髪に誘き寄せらせているのか、はたまた猫であろうとも美しいものには引き寄せられる性質を持つのか。
ともあれ、現在カフェにいる客の中で彼女が最も強い猫人気を誇っていることは間違いなく。
そして、それに対して他の客から不満が上がることもない。面と向かって文句を言うような非常識な客がいないこともそうだが、何より──
「わ、きみはいけない子だねぇ。女の子の足にそんなぺたぺた触っちゃだめだよ?」
「登ってくるの!? わわ、くすぐったいけど……嫌な気は、しないからよし!」
「ふふー、ほんとにあったかくてもふもふだね。そんなに愛らしくなって、きみは何がしたいのー?」
ほたる自身が、本当に心から楽しそうに猫と遊んでいるから。群がってくる猫に嫌な顔ひとつすることなく、心底可愛がっているのが分かる様子でその美貌に柔らかい表情を浮かべ。時に撫で、時に膝を貸し、時に目の前で親しげに話しかけたりして。
愛らしい猫たちと美少女が戯れているその構図に、悪印象を抱く人間はまぁそうおらず。今回も例外なくほぼ店内全ての人間が、その光景に目を奪われていた。
──無論、燎も例外ではなく。
「いやー可愛い。語彙力が無くて申し訳ないけど可愛いしか言えない……」
「あなたの方が可愛いですよ……と、この場は言えばいいんでしょうかね」
だが、目を奪われているだけでは始まらないし、何より今回のデートの『目的』が果たせない。
そう思い、意を決して燎はほたるの元に少しだけ近寄ってそう告げた。気付いたほたるが振り向く。
「あ、かがり君。もうちょっとこっち寄る? 一緒にこの子達をもふろうよ」
「……では、お言葉に甘えて」
このデートでは、基本的にほたるの言うことは聞くべき。明確に定義された訳ではないがそうすべきだろうとの不文律に従い、燎もほたるの隣に座る。
懸念としては猫に嫌がられるかと思ったが、幸いそのようなことはなく。むしろ何匹かが燎の膝の上や足元に寄ってきてくれた。流石に逃げられると地味に傷ついたと思うので、そうならなかったことに軽く息を吐く。
「この子たち、きみのことも気に入ったみたいだね」
「ほたる先輩の仲間と思われてるだけかと」
流石に自分一人でいたらここまで複数の猫に寄ってもらうことはなかっただろう。そう思いつつ、燎も猫は嫌いではないので静かに、嫌がられない程度に毛並みを楽しむ。
そのまま、緩やかな時間が過ぎる……かと思われたが。
「ね、かがり君」
この先輩が、それで済ませてくれるはずもなく。
「──さっきの台詞、もう一回言って?」
猫を抱えたまま、燎に楽しげな上目遣いを向け。そう言ってきた。
「……さっきの、とは」
「あたしに話しかけてきてくれた時のやつ」
「なにゆえ」
「もう一回聞きたいから! あとは……言った時のきみの顔も、改めてしっかり見ておきたいから、かな」
……繰り返すが。
このデートでは、基本的にほたるの言うことは聞くべきだ。
「……あなたの方が、可愛いですよ」
「この子たちより?」
「ええ。正確には、可愛いものに囲まれていたおかげでより先輩の可愛さが際立ったと言うか、相乗効果みたいなものが働いたと言うか……そんな感じです。とにかく俺の目には先輩が一番可愛く見えましたが何か」
男子高校生がここまで面と向かって『可愛い』という単語を連発するシチュエーションもそうそう無いのではないだろうか。
そんな益体も無いことを考えてでもいないと精神が持ちそうに無い燎であったが。
「そっか~、きみはこんな可愛い子たちがいっぱいいるのに、あたしの方に見惚れちゃったんだ。可愛いって、そんな顔で言っちゃうんだ」
そんな彼に、ほたるは続けてくすくすと笑いながら、明らかに揶揄いと、楽しみの強く出た声色でこう続けた後……手に抱えた猫で、可愛らしく半分だけ口元を隠しつつ。
「……あたしは。そんなきみも、可愛いって思うな」
その言葉を受け、ついに燎が撃沈した。
「…………勘弁してください」
「ふふー。良いものを見た、参考にさせてもらうね?」
「どうぞご自由に。先輩の役に立ったなら何よりです」
「あ、今のは拗ねた顔だ。それも良いね!」
例によって、周りの目が生温くなるのを感じつつ。
心臓をなんとか落ち着けようとする燎に、猫を撫でつつのほたるの言葉が流れる。
「でも、良い子だねーかがり君」
「なんですいきなり」
「だってさ。普通こんな『条件』付きのデートしたら、多分普通は恥ずかしがって無口になっちゃうと思うんだよ。ともちゃんもそう言ってたし、あたしもそれくらいは分かる」
「……」
「でも、きみはちゃんと素直に心の中を言葉にしてくれる。恥ずかしがりながらも言ってくれるし、照れてる顔も拗ねた顔もちゃんと見せてくれる」
「それは、そうしないと先輩のためにならないでしょう」
そう。
改めて言うが、この条件付きのデートにはきちんと理由と目的がある。
燎は、まぁ色々と事情こそあったもののその目的に、自分が使われることを同意したからこそこうして付き合っているのであって。
「時給までもらってるんだ。……まぁ毎度メンタルに結構なダメージを食らってることは否定しませんが、先輩のための仕事な以上先輩のためにやれるだけのことをやるべきでは」
「もらったお金、全然使おうとしてないのに?」
「……使い道が、今の所思い付かないだけですよ」
嘘ではない。条件的にも性格的にも、燎がデート中虚偽を働くことはないとほたるはもう理解しているはずだ。
「……」
「いや、だからなんです」
それを踏まえた上で。興味深そうに、けれど決して冷たい色はなく。じっと彼女は薄紫の神秘的な瞳を向けてくる。
なんとも居た堪れなくなって問い直す燎に、ほたるは。
「んー、あたしはかがり君ほど上手く自分の心を言語化できないけど、それでも頑張って言葉にするなら……」
きゅっと、軽く手元の猫を胸元に抱きしめ。猫の体温と共に、自分の胸の内を静かに探るような仕草をした後。
軽く首を傾けて、燎の方を向いて告げる。
「……やっぱり、きみは可愛いなって。今は思ったよ」
その言葉と共に浮かべられた表情は、慈しみのようなものすら感じさせるほど柔らかく、優しげなもので。
「んな」
「あ、照れた顔だ。……また見惚れちゃった?」
「っ、ええそうですよ……先輩はいちいち表情の破壊力が高いことを自覚してください、というかそれこそ今のを参考にすれば良いんじゃないですか」
「だって自分の顔は見れないんだもん。きみの心の中だけに保存しといてよ」
「それはそうですが……」
当たり前のことを言われているのだが。それでも今の顔がこの一時だけというのはなんとも勿体無いと思いつつ、自分の心の中だけという言葉に安心しつつ、そんなことを考えてしまう自分に辟易もしつつ。
「さて、それじゃあそろそろ次のところ行こっか。……手、繋いでく?」
「正直言うと、この一連の件で若干心臓が持たなさそうなので今は勘弁していただけると」
「そっかぁ残念。……じゃあその代わり、次のお店まで気になったこと色々聞いちゃおっかなー」
確かなことは。今日はまだまだ、この不思議な先輩に振り回されるんだろうなということを考えて。
引き続き『お仕事』を行うべく、上機嫌なほたるの後を燎は追いかけた。