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19話 波乱の始まり

 以前、星歌から聞いたことがある。


「告白ってさ、断る方も結構神経使うんだよね」


 当然というべきか、彼女はその優れた容姿と人懐っこい性格で非常に男子生徒にも人気が高く。中学時代は結構な頻度で告白されていたらしい、どころか高校入学後も僅か一月にも拘らず既に何回かされているとか。

 その時はそのうち一つを断ってきた直後で、どうやらその……かなり骨の折れる類の相手だったらしく。珍しく疲れた様子で話したことから話題に上がったという経緯だ。


 近しい境遇らしい影司がその話題で共感して、間に挟まれた燎も経験はないものの彼女たちほどの存在ならば「まぁそうだろうな」とも思ったのだが、それはさておき。

 その際に、星歌が告白を受ける側の心理を言ってくれたことがあったのだ。


「私はこんな見た目でちょいちょい勘違いされるけど、恋愛は真面目にしたいタイプなのでその気のない相手からの告白は断るんだけどさ。それでも向こうからしたら真剣な思いを向けてくれるわけじゃん? それを適当に流すのはちょっとね」

「中にはお遊び感覚満々の奴もいるがそいつは論外として、やっぱ真剣には真剣で答えないとって思うよな」

「そそ。だから私も最低限、断るとしてもちゃんと受け止めた上で言おうとはしてるんだけどね。言葉もすっごく慎重に選んだ上で、自衛のためにも出来る限り気は遣って。……ただ、毎度そういうのだと消耗がけっこうね……」


 残念ながら、燎は生まれてこの方告白なんてイベントの当事者になったことはないが。

 それでも、今の星歌の話を聞いて考える。恋愛というデリケートな分野でぶつけてくる大きな思いの丈を真正面から受け止め、その上で相手を刺激しないよう、後々の遺恨を残さないように極限まで言葉や言い回しを意識した上で断る、という明らかに高カロリーが必要な、しかも望んだものでもない作業を高頻度で繰り返していれば。


「……それは確かにしんどそうだな」


 軽く想像しただけでも十分共感できるそれを考え、人気者は人気者で大変というよく聞く話も真実なのだろうと頷く燎に、星歌は「ありがと」と苦笑したのち。


「好意を向けてもらえることは素直に嬉しいんだけど、やっぱしんどいなって思う時はあるわけですよ。あんまりにも連続したりとか、あとは……」


 最後に冗談半分、けれど間違いなく本気半分で、こう告げるのだった。


「特にメンタルがマイナスの時とかは、ちょっと勘弁してほしいって思っちゃうかな。割と真面目に、何言っちゃうか分かんないかもだから」




 ◆




「……ごめんね」


 そんないつかの会話を思い出しつつ、視線の先で行われている光景を見遣る。

 よくないことだと理解していても、視線を外すことはできず。


「っ、なんで、って聞いてもいいかな」

「えっと、今はやることがある……ううん、もしなかったとしても、きみのことをそういう相手として見たことはなかったから……」


 校舎裏での告白という大きなイベント。

 その渦中にいる女子生徒――ほたるがやんわりと、けれど明確に断る様子を見て。雰囲気的に彼女の知り合いらしい男子生徒の端正な顔が歪む。


 ……彼女が、学園二大美女の一人なんて言われるほどの人気を誇るのは知っていた。告白を一年生の頃から何度か受けていることも耳にはしていた。

 だから、この光景も不思議なことではないのかもしれない。

 けれどそれを踏まえた上で燎の胸中には、一つの感想が浮かぶ。


(――なんで、今なんだ)


 タイミングとしては最悪と言って良いのではないだろうか。

 星歌の言っていた、告白を受けたくはない時の一つ。メンタルがマイナスになった時……しかも、今の彼女の精神状態はその中でもとびきりの、限りなく負に寄り切った状態と言って良い。


 確かに、彼女は変わろうとした。自分のために、自分以外の誰かと関わろうと頑張ることを決意した。そのための試練であれば、彼女は取り組むに違いない。

 でも、これは。ちゃんと変わるために頑張ろうとする矢先に、頑張るための英気を養っているタイミングでこれは。

 あまりにも――重すぎるだろう。


(せめて)


 せめて、このまま何事もなく終わってくれと思う。

 ほたるの弱った様子を察して、望みがないと感じる……もしくは今は時期が悪いと理解して。少なくともこの場は引いて、穏便に場が収まってくれと真摯に願う。



 ……でも。

 そういう希望的観測に限って外れるのが現実だとも、自分達はよく知っていた。



「……ずっと……」

「姫上君?」


 告白した男子生徒が、続けて言葉を紡ぐ。困惑するほたるを他所に、抑えていたものが溢れ出すような、諦めきれないような声色で続ける。


「一年の頃から、ずっと気になってはいたんだ。同じクラスの綺麗な子で、不思議な雰囲気を持ってて最初は近づき辛かったけど……でも、一芸入試組なのに勉強も運動もちゃんと頑張ってることが見ているうちに分かって、すごいって思った」

「……」

「それで、二年も同じクラスになって。その辺りから夜波さん、すごく明るくなって……なんでか知りたくなって。好きになったんだ、もっと知りたいと思うようになったんだ、だからッ」


 紡がれる思いの丈は、どこまでもまっすぐで真摯だった。

 話を聞くに一年二年と彼女のクラスメイトだったらしい彼は、きっとその間に自分達の知らない物語を紡いで、自分達の知らない想いを確かに育てていたのだろう。


 でも、同じように。

 ほたるの側にだって、彼の知らない物語がある。例えば彼女が漫画家を目指していることとか、そのために凄まじくに努力を重ねてきたこととか。

 ……それだけつぎ込んだ作品が連載会議に落ちたこととか、それがあったのがつい昨日で、今の彼女は他人の気持ちを受け止めるには心が落ち込みすぎていることとか。

 けれど、彼はそれを知らない。告白する立場で緊張の極致にある彼に、それを察しろと言うのもあまりに酷だった。


「だから、せめて、今までより少しだけ、仲良くなることからでも――!」


 きっと、彼に悪気はなかった。

 しかし、その育んだ想いは今の彼女には重すぎて。加えて比較的大柄な彼が勢いのあまり張った声を出して一歩踏み込む、という動作だけでも想像以上に小柄な女子生徒にとっては怯えるに足るもので。


 そして、何より。

 この場で彼女以外誰も知らなかった、ほたるの抱えるものが。

 この場の誰もが思った以上に――深刻すぎたのだろう。


 ほたるに向けて踏み込んだ男子生徒の様子を見て、さすがにこれはまずいと静止しようとした燎だったが……その直前。


「……ごめんね」


 ほたるの声が響いて、男子生徒が足を止めた。

 それは、再度の謝罪の声を聞いたこと自体もそうだったが……それ以上に、彼女の声色があまりにも今までと違いすぎていたから。


 柔らかいのに、温度がない。

 温もりと色が消え失せた、透明という表現の悪い側面を全て凝縮したような、声。


「夜波、さん?」


 豹変、と言って良いほどの。

 近くで聞いていた燎でさえ心が冷えるような声を、直接向けられた男子生徒の心情は如何程のものか。愕然とした表情で、ほたるの方を見る。

 視線を受けてほたるは、一歩引いた体制のまま哀しそうに……けれど明確な拒絶を感じさせる、何一つ光を映さない瞳と共に。

 告げる。



「――きみには(・・・・)興味が(・・・)持てないの(・・・・・)



 その声色は。その表情は。そして、明確に告げられたその内容は。

 最早、一片の希望もなく。告白が成功する未来どころか、真っ当な交流をする未来すら来ないことを、彼に暗示させるには十分で。


「…………そっ、か」


 そこで、心が折れたのだろう。

 俯いて、一つ何かを堪えるように拳を握り。そのまますぐに、踵を返して走り去っていった。

 同時に、はっとほたるが何かに気づいた表情で今までの雰囲気を霧散させ。


「っ、ぁ、ごめ――」


 何かを言おうとするも、既に遅く。瞬く間に男子生徒は校舎裏の角を曲がって見えなくなる。

 手を伸ばしかけた体勢のまま固まったほたるは、数秒その体勢で虚空に視線を彷徨わせた後……くしゃりと顔を歪めて。先ほどの鏡合わせのように、反対方向へと走り去った。


「――」


 その一部始終を、燎は呆然と見届けるしかなかった。


 出ていくべきなのかとも思った。

 けれど、なんの資格があってそんな真似をするのかという思いがあったし、仮に出ていったとしても何もできなかっただろう。


 ……分かったことは、三つ。

 まず、ほたるの最後の表情から察するに……最後の言葉は咄嗟に出てしまった、完全な本心ではないだろうこと。

 それと、今の彼女の見たことがない表情と声色――『人見知り』という性質に起因する彼女の抱えるものが、思ったよりも遥かに重たいのだろうこと。

 最後に三つ目、燎は生まれてこの方告白なんてイベントの当事者になったことはないが、それでも分かる事実。


 今のやりとりは結果的に――告白の断り方として最悪の部類に入ってしまうだろうこと。


 その出来事と、クラスメイトらしいあの二人の関係性。そしてほたるが持つ学校における影響力や、風評。それら諸々を考慮に入れて、燎は推測する。


(……これは、『荒れる』かもしれない)



 そして。

 ――そういう悪い予測に限って当たるのが現実だとも、自分達はよく知っていた。

一章後半、始まります。

ここから一気に物語が加速していくので、この先も見守って頂けると嬉しいです!

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