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18話 これからの課題

 昨日、燎が退席した後。灯とほたるの二人は主にほたるの希望によって、この先どうするかについての話し合いを行ったらしい。

 話し合いの内容についても、その日の夜にほたるが教えてくれた。灯曰く、画力を上げる等の基礎訓練は引き続き行うとして。それ以外に、こう言ったそうだ。


「あなたも分かっていると思うけれど……私たち以外の人間とも交流しなさい」

「!」

「もっと感情描写力を高めるためには、あなたの場合それが必須だと思う。普通ならそんなことしなくても描ける人間は描けるけど、とりわけあなたはそうじゃない……そうじゃないらしいと今回の件で分かったわ。……私の見通しも甘かった、本当にごめんなさい」


 ほたるの弱点、感情を的確に描写する能力が極端に低い。

 それが彼女のどのような性質、過去に起因するものかどうかは知らないが……ともあれ、彼女はこれまでそれを克服するために暁原姉弟と交流してきた。その最たるものが、あの燎とのデート業務である。

『デート中は、絶対にデレること』。その一見突飛な条件によってしかし効率的に、ほたるは燎の反応から学び。それによって描写能力は格段に上昇した。


 ……けれど、それだけでは足りなかった。

 燎から学んだものだけでは、キャラクター造形が継ぎ接ぎにしかならず。真に読んだ人間を感情移入させるには叶わない、『人の心を理解していない』とまで言われてしまう程度のものにしかならなかった。


 ならば、やるべきことは単純明快。

 もっと、多くの人と交流して。多くの人の反応や考え、目的、その他諸々を吸収して。より的確に、『他人』を描けるようになるしかない。

 そんな理由を含んだ上での、『他の人間とも交流する』という課題だ。


「それに……あなた自身、他人とちゃんと仲良くしたいとは思っているんでしょう?」


 締めくくりの、諭すような灯の言葉。それにほたるが頷いて、この先の課題が一先ずは決まったそうだ。




「……大丈夫なんですか?」


 翌朝、灯の指示で特別にほたるの朝食も作りにきた際。一部始終を彼女から聞いた燎は、まずそう問いかけた。

 何故なら知っているからだ。ほたるの学校での扱いを、彼はよく。


 好意的に解釈するならば、学芸両道の理念を体現した見目麗しい孤高の才女。

 けれどその実は周りと馴染めずに困っている、孤立しているだけの存在。

 否――むしろ孤立よりタチが悪い。『孤高』という自分達とは違う場所であるレッテルを貼られているせいで、彼女が周りに頼ること、周りと関わること自体が良くないことであるかのように思われてしまうのだから。


 おまけに、彼女はその外見と能力から周りの嫉妬ややっかみも普段以上に受けやすい。その一部はまさしく半日前、学校で根も葉もない噂話として聞いたばかりなのだ。

 一度周りに染み付いた『この人はこういう人だ』というレッテル――とりわけ学校というある種の閉鎖空間でのそれを剥がすのがどれほど難しいかは、誰もが知るところだろう。


 極め付けは、彼女の気質。

『人見知り』の一言で済ませるのは簡単だが、そこに極めて複雑な事情が絡んでいることは、詳しく聞いていない彼でも容易に想像できる。


 それら諸々の事情を考慮しての燎の問いかけに、ほたるは少し弱気を見せたような表情を浮かべて。


「うん……正直言うと、まだちょっと辛いかも。連載会議に、っ、落ちたって思い出すだけでもまだ苦しいし、しばらく落ち込んじゃうのは避けられないと思う」

「……」

「そんな時に……かがり君や、ともちゃん以外の人と関わるのは、怖いよ。なんて言われるかも分かんないのも怖いし……何よりこんな状態で、あたしが(・・・・)何を(・・)言っ(・・)ちゃう(・・・)()分かん(・・・)ない(・・)のが、一番怖い」


 その、言葉の節々から。彼女も過去に何か大きな出来事を経験してきたことは容易に想像できる。

 ……聞くべきなのだろうかとも思った。

 でも同時に、そんな資格があるのかとも今は思ってしまう。彼女が戦っている場所から、遥かに早く脱落してしまった自分には、と。

 そう考えて何も言えない燎に、ほたるの「でも」という言葉が響き。


「でも――やらないと。やるべきことは、正解はわかってるんだもん。じゃあやらないといけないよね、走り続けるしかないよね」

「……先輩」

「だから……数日だけ。もう少しだけ、時間をちょうだい。それでちゃんと立ち直るから。立ち直って、また頑張るから」


 ――ああ。

 強いな、と思った。

 作ったものを拒絶される辛さは、よく知ってる。かけた時間と労力にだけそれは比例し、彼女ほどであればそれこそ何かを考えられるようになるのにすら一週間以上かかるほどのショックを受けても、全然おかしくない。

 それでも、彼女はその日のうちにまた次のことを考えて。歯を食いしばって前を向き、また走り出そうとしているのだ。


 こういう人が、上に行くんだと思う。

 こういう人にこそ、上に行って欲しいと思う。


 そして……そういう人に対して、自分は果たして何ができるのだろうかと。


「何か。手伝えることがあれば、言ってください」


 思考の果てに結局、今まで通りの言葉しか思い浮かばず。自己嫌悪に陥りつつそれでもそう告げる燎に対して。


「どうしたの? 昨日からのきみは、結構な甘やかしモードだね」

「どんなモードですか。……そりゃ、昨日からの先輩を見てればそうなるでしょう」


 驚きと微かな戸惑いを浮かべて問うが、それに対する燎の返答を受け……そこで、同時に何かを思い出した様子を見せて。

 最後は嬉しそうに、ふわりと柔らかい微笑みを浮かべて告げる。


「ん。じゃあ、いつか……とびきりのわがままを、聞いてもらおっかな」


 その言葉が、朝のやりとりの締めくくりとなったのだった。




 ◆




 そして、学校。

 当然たかが一生徒の事情など関係なく通常運転の旭羽高校にて、燎はいつも通り粛々と授業をこなし、昼休み。


「んあー、うまく行かねぇなー……」


 本日は珍しく、友人の一人である暮影司の愚痴、というほどではないが不満混じりの相談に乗っていた。


「そもそも体育祭ってさ、結構時期が悪いんだよな」

「時期?」

「そうそう。まず体育祭で活躍できそうな人間、中心になれる人間ってまぁ大体運動部所属な訳じゃん? でもそういう奴らにとって五月末って……」

「……ああ、インターハイ前ってことか」

「そゆこと」


 確かに。

 この学校は性質上運動部の活動はそれほど盛んというわけではないが、それでも所属している人間はそこに全力の青春を傾けている者も多い。

 そのような人たちにとっては、いくら学校の一大行事と言えどそればかりに関わっているわけにもいかないのだろう。


「そんなわけで、体育祭の規模は年々縮小傾向にあるらしい。知ってるか? 何年か前まではクラス対抗の立て看板制作とかもあったらしいがなくなったって話」

「そう言えば姉貴から聞いた記憶があるな、丁度在学中に廃止されたとか」

「ああ、お前姉ちゃんがOGなんだっけ。ま、経緯としちゃ例の運動部連中がインハイとの兼ね合いで制作に参加できないことが主な原因で、クラス対抗の体をなせなくなったとか色々あったっぽい」


 影司がため息を一つ。


「結果、今残っているのは純粋な体育祭の基本競技だけってわけだ。必然活躍できるのは運動部と……後は応援演奏の吹奏楽部、実況の放送部、アルバム制作の写真部くらいか? そりゃ運動苦手な人間にとっちゃやる気無くなってもしゃーないわな、と」

「……かもな」

「やっぱ、『体育』祭にしないといけないことがネックだよなぁ……色々競技内容とかで工夫してもっと面白くできないか考えてるんだけど、あんまり凝りすぎると準備が大変だったりそれはそれで不公平だったりするし――いやー難しいんだこれが」


 生徒会の人間として、体育祭の運営に関わる上での悩みを告げる影司。

 その表情からは、本気で盛り上げようとしていることがちゃんと伝わってきて。ふと疑問に思った燎は、こう問いかける。


「なあ影司。気を悪くしたら申し訳ないんだが……なんでそこまでするんだ?」

「おお?」

「馬鹿にするつもりは全然ないんだけどさ、俺たちは所詮この学校に入って一月やそこらなわけだ。思い入れがあるわけでもない学校行事なんて適当に流しても良いし、影司自身は今までの体育祭でも十分活躍できるわけだろ? なのになんで、運動ができないやつのことまで気にかけて、他人のためにそこまで……」

「別に他人のため、ってだけじゃないけどな」


 燎の質問をもっともだと理解した上で、気を悪くしてはいないことも苦笑気味に伝えたのちに彼は語る。


「俺さ、面白いことが好きなんだ」

「まぁ、それはよく分かる」

「そんでこの学校も普通に好きだ。勉強以外でも生徒のやりたいことを応援する風潮が強い影響か、学校のあちこちに『面白いこと』が溢れてる」


 その風潮は、燎もよく感じている。

 別に他の高校を知っているわけではないが、少なくとも燎がいた中学よりはなんというか、生き生きして活発的な生徒が多いし、昼休みや放課後にはちょくちょく珍しいことを行っている生徒も見かける。

 無論何も問題がないわけではないが、刺激に満ちた良い学校なのは間違いないだろう。


「そんで」


 それを語ったのちに、影司は笑みを深めて。


「俺はそういう環境で、俺自身がどんだけ面白いことができるか試したいんだ」

「!」

「だから手始めにこの体育祭。面白い学校で、寂れつつあるお祭り。不満に思っている人間も多い中で……でも、それでも多くの生徒にとっては青春を彩る楽しみなイベントの一つを、俺自身の手で誰もが楽しめるお祭りに盛り上げたい。だからまぁ、半分以上は自分のためさ」


 最後に、笑顔でこう締めくくる。



「現実はフィクションのようにはいかないって分かってるけどさ。それでも物語みたいな楽しいことは、やってみたいって思うじゃん?」



 ……そうか、と思った。

 彼もきっと、何か辿り着きたい場所があって、なりたい自分があって。

 そのために今頑張っているのだということは、よく分かった。


「すごいな、お前」


 称賛を込めて呟く。

 するとそれを受けた影司は、一瞬きょとんとした顔をした後――何言ってんだ、と笑って。


「お前もそうだろ?」

「……え?」

「俺はよ、人を見る目には多少の自身がある。現にお前はこういう話をしても、茶化したり馬鹿にしたりしなかっただろ」

「それは普通じゃないか? 本気でやってる奴を馬鹿にする人間なんてそんなに……」

「いんや? 意外といるもんだぞ。本気自体を馬鹿にはしていなくても、『そんなことのためにマジになるなよ』って言ってきたり、『お前はなんでもできるからそんな遊びにかまけてられるんだ』だったり。『そんなことをしても面白くなんてなんないよ』と、てめぇで(・・・・)面白くする(・・・・・)努力も(・・・)してない(・・・・)分際で(・・・)他人を面白がることしか能のない連中は、意外となぁ」


 ……ひどく、実感のこもった台詞だった。

 それから、影司は険を取った口調に戻して続ける。


「でも、お前はそうじゃない。どころか、俺のやろうとしていることがどんだけ難しいか分かった上でその言葉を出せる、ちゃんと『本気』になったことがある奴の台詞だ。……つーかよ、実は俺、お前と初めて喋った時一つ驚いたことがあったんだぜ?」

「驚いたこと?」


 むしろ、昨日のほたると同じようなことを言った影司に対して今燎が驚いているのだが……という感想を他所に、影司は一息。


「――お前が一般入試組だったってことだ」

「!」

「てっきり、お前は一芸入試組だと思ったんだよ。なんつーか雰囲気? そういうのが、何かに気が狂うまで打ち込んだやつ特有のを纏ってる気がしたからさ。ほら例の、二年の夜波先輩とか三年のえっと……あのミュージシャンの先輩とか。その辺りと同種の気配があった」

「おい、流石にそこまで洞察されるのはちょっと怖いぞ」


 割と尋常ではない洞察力に、敬意と畏怖の混じった引き攣り気味の苦笑を浮かべる。

 影司の言っていることに正解が含まれていると白状したも同然の態度だったが、影仁はそれに対しては深くは突っ込まず。


「やっぱそっか。まあお前にも色々あんだろうし深くは聞かんさ、なんか今日もまーた新しい悩み引っ提げてそうな顔してるしなぁ」

「んぐ」

「お前、気づいてないかもだけど意外と顔に出るんだよ。……ま、気が向いたら話してくれや。これでもお前に夕凪と、入学初期に仲良くなれたことは結構な幸運だと思ってるんだぜ?」


 最後にさらりと、燎の現状を見抜いた上で。

 そんじゃ話聞いてくれてサンキュー、と軽い調子で告げてその場を離れる。どうやらこの後も体育祭周りの準備に追われるらしい。


「……」


 良い奴だ。そしてすごい奴だと、改めて思った。

 眉目秀麗、文武両道でクラスの中心人物という、凡そ尊敬される高校生像を完璧に体現しているのもすごいし、尚且つそれで普通に良い奴というのが何よりすごい。

 自分自身でもやりたいこと、叶えたい目標があるのに。それでいてあれほど周りのことも考えられるのが、どれほど難しいことか。


 ……燎には、多分無理だ。

 そんなことを思いながら想起する。昨日ほたるの元を去る際、実は聞こえていた姉の一言を。


『――本当に割り切れてるなら、そんな表情するわけないでしょうが』


「……ああ、本当に。その通りだよ」


 それを聞いただけで、容易く欠片も割り切れていない過去を夢に見て。そこから今も、一切拭いきれない後悔と未練に苛まれる自分は。

 きっとすぐに、自分のことだけで精一杯になる。


 ……でも、それでも。今は彼よりもずっと辛い心境だろう人を知っているから。

 今はまず彼女が傷を癒して、また走れるようになるため。


 せめて今日からしばらくは、彼女が何事もなく穏やかに過ごせますように。

 そう祈るくらいはしていたい……と思いながら、校舎裏を彼も後にしようと歩き出し、角を曲がった――そこで。




 見てしまった。

 人気の少ない校舎裏の一角。そこで、一人の見知らぬ男子生徒と、一人のよく知る儚い雰囲気をした白い髪と薄紫の瞳を持つ美少女が向かい合い。


 その状況。その雰囲気。学校という場ではきっとよくある、多少なりとも物語に親しんでいれば誰もが予感する光景と、予想するそこからの台詞。

 その予感に違わず。まさか、と思う間も無く。

 男子生徒が、祈るような切実な表情で、こう告げた様子を。


「――付き合ってください」

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