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12話 友人と、小さな噂

 週明けの旭羽高校は、いつもより少しだけ慌ただしい雰囲気に包まれていた。

 その原因は、高校生にとっては非常に身近なイベントの一つ。それは……


「……体育祭か」

「やる気なさそうだな燎」


 昼休みにいつもの友人二人と廊下を歩いている際、窓の外の風景を見て。二週間ほど後に迫ったその行事を呟いた燎に、影司が苦笑気味に告げる。


「いや、まぁ気持ちは分かるぜ? だってこの学校……ぶっちゃけ体育祭にあんま力入れてねぇもんな」

「というか、文化祭の方にリソース全振りしてるって感じだよね。体育祭は一日だけなのに文化祭は三日間開催って時点でお察しみたいな」

「学校の性質上仕方ないっちゃないのかもしれんがなぁ……」


 影司と星歌が話していた通り。

 旭羽高校は、学芸両道を謳い一芸入試が存在する学校。勉学以外にも生徒のやりたいことを応援する、という特色を持った高校だ。

 だが、その性質上どうしても生徒の能力は文化、芸術方面に強めになる。無論運動方面でも一芸入試を受け付けていない訳ではないのだが、やはりスポーツは文化系よりも環境がものを言うため、専門的な設備や人材が揃った強豪校に生徒は流れがちになるのだ。この辺りは一長一短と言えよう。


「そもそも、『体育』祭って時点で構造的に問題があると思うんだよ俺は」


 その辺りを確認していると、影司が続けて口を開く。


「だって結局あれ、運動が得意なやつしか活躍できないってお祭りじゃん。運動能力なんて個々人が持ってる資質の一部分に過ぎないってのに、それだけを過剰にピックアップして行事にする時点でなぁ。文化祭と比べると限定的すぎる、運動が苦手な人にとっちゃそりゃつまらんよなと」


 思わぬ視座の言葉に、燎と星歌が軽く目を見開く。そんな二人に向けて影司は――


「――まぁ、運動大得意な俺にとっちゃ天国だがな! 当然最大種目にエントリーして下々の嫉妬の視線を尻目に観客席の歓声を全部持っていく気満々だがなぁ!」

「おい」

「そういえば君、中学はサッカー部で全中出たって言ってたね……」


 そんな事をわざわざ言うのが彼の彼たる所以である。そして、言葉だけでなく実際にそれをやってのけるあたりたちが悪いのだ。

 運動は体育の授業程度で当然そこまで能力が高くない燎、それなりに高水準ではあるが影司ほど突き抜けてはいない星歌の呆れ混じりの視線を受けて。


「でも、ま」


 冗談はさておき、と影司が軽く笑ってこう話す。


「それでもやっぱりさ。曲がりなりにも学校行事だし、青春の大イベントの一つじゃん? それをごく一部の人間しか楽しめないってのは、流石に悲しいわけで。俺一応生徒会で運営側だから、余計そう思うのかもしれんが」


 そこで、廊下の後ろの方から影司の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 雰囲気から察するに、同じ生徒会役員の先輩だろう。その体育祭関連の会議に駆り出されるらしい影司が二人と別れる間際に、もう一度振り返ると。


「とゆーわけで。運営側でもできる限りみんな楽しめるように種目とか色々工夫する予定なんで、二人も楽しみにしてくれると嬉しい。そんじゃまたー」


 軽い調子でそう告げて、その先輩とも明るく話しながら廊下の向こうへと消えていった。


「……やー、あれだね」


 その様子を数秒二人で見送ったのち、星歌が呟く。


「『真の陽キャは性格も良い』を地で行ってるよね、影司って」

「同意」


 外見に優れているのは勿論、性格も明るく気さくで誰とも仲良くなれて、けれど過剰に気取ったり調子に乗ったりしているところもない。

 時折全力の自慢や粋がる台詞が飛び出すが、それらも全て本人のスペックの高さに裏打ちされた事実であり、突っ込まれたりいじられたりで場を盛り上げるために言っているとも分かるので全く嫌味にも感じない。

 彼を本気で嫌うような人間がいるとすればそれこそ性格の悪い奴だろう、そう思わせるほどの人格者であることは、この一月強の付き合いでよく分かっていた。


 今の言葉も、体育祭にそれほどのモチベーションを持たない雰囲気だった燎を気遣っての話題振りだったのだろう。

 ただ、そこで申し訳なかったのは……燎が少し上の空な理由は決して体育祭のやる気が無いからではない、ということだ。

 いや、無論先ほど述べた通りそこまで運動神経が高くない身としてはモチベーションが然程無い云々も間違ってはいないのだが、今日に関してはそれ以外の理由があった。


 ――ほたるの漫画の連載会議が、今日なのである。


 午後一とのことだから、そろそろ開催される頃だろう。そこから数時間のうちに、ほたるが連載作家になれるかどうかが決定する。

 ほたる、灯の双方が自信あると言っていたので大丈夫だとは思うし自分にできることがないのも分かってはいるが、それでもやはり心配なものは心配で。実のところ午前中の授業もほとんど耳に入らなかったくらいで……


「……い。おーい、燎ー?」


 と、そこで我に帰る。隣を見ると、星歌が不満半分、心配半分といった表情でこちらを覗きこんできていた。


「ああ、すまん。ちょっと考え事してた」

「もー、大丈夫? せっかく二人なのにさ、他の女のことなんて考えちゃダメだよー」

「いや、俺たちそんなこと話すような仲じゃないだろ……」


 呆れ顔で返す燎に、星歌はくすくすと可愛らしく笑う。……実のところ『他の女のことを考えていた』点は本当なので少々驚いたのだが、それは表には出さず。


「でも珍しいね、君ってなんだかんだ結構隙のないイメージだったけど。授業もすごい真面目に受けるし、課題もちゃんと一通りはやるしさ」

「それが普通だ。むしろあんたの居眠りとか課題忘れとかの頻度の方が異常だろ、毎度唐突に手伝わせられるこっちの身にもなれ」

「その節は毎度お世話になっております!」

「しかもその上で成績自体は俺より良さそうなのがちょっと腹立たしいよな」

「そこで『ちょっと』で済ませてくれるあたり君は優しいよねぇ」


 星歌は、所謂要領の良いタイプだ。

 授業中や細かい課題では不真面目な部分もあるが、それでも重要な小テストや近くに迫る中間試験の前ではしっかりと勉強をして、きっちり一定の成績を収めてくる類。本人は「でも一定以上のレベルにはどう頑張っても行けないんだよね。器用貧乏ってやつなのかなぁ」と言っていたが、それはそれで十分すごいとは思う。

 燎としても言った通り普段は課題等で若干手間をかけさせられるが、その分テスト前は苦手分野を教わる予定だ。星歌も「君に教えないとって思ったら気合い入れて勉強できるから助かるよ」とのことなのでおあいこだろう。


 ……いやそもそも、おあいこだとかは関係ない。

 星歌も、そして影司も。入学してから僅か一ヶ月と少しの付き合いだがそれでもよく分かる、すごく良い人で。燎には勿体無いほどの友人だと思う。

 この学校には、姉の強い勧めで入っただけでそこまでの強い意志はなかったのだが。この二人と友達になれただけでも十分――なんて考えつつ。


「まぁ、影司には負けるけどね。あいつ普通に成績も超絶良いの何なの?」

「ちゃんと勉強してちゃんと高得点取る一番偉いやつだよな。すげぇわ」


 進学校らしい会話や他愛もない会話を星歌としながら、教室への歩みを進めていた……その時、こんな声が聞こえてきた。


「そう言えば聞いた? 夜波さんっぽい人が昨日、河川敷で路上ライブやってたって噂」

「え、ほんと!?」


 思わず背筋が固まった。

 どうやら燎の知らないうちに厄介な噂……しかも根も葉もものすごくありそうな噂が立っていたらしい。


「お?」


 星歌も興味があるらしく立ち止まって耳を澄ませる中、その女生徒たちの噂話は続く。


「え、ぜんぜんイメージないんだけど……本当なの?」

「ま、嘘かなって思うよ。多分よく似た人を間違えただけだと思う、言う通りそういうイメージないしね」


 その流れに、内心複雑ながらほっとする。

 ほたるとのデートは、学校であらぬ噂を立てられるのを阻止するために学校近くでは行わないように意識しているが……やはり昨日の件からも分かる通り彼女は目立つ。

 変な噂の対象になるのは、彼女も望まないだろう。その辺りは今後も気をつけるべきかもしれない、と考えつつ歩みを再開しようとして……そこで。



「だってそうじゃない? 夜波さんってそういうの興味ない――お高くとまってる感じするし」

「あー、だよね。他の人とも全然喋んないし、話す対象として見てないっていうか」



 それは。

 さりげなくだけれど、確かな悪意の毒が含まれた言葉。


「ミステリアスって言われてるけど、便利な言葉だよね。だってどんなに性格が悪くても表に出さなければそれで片付けてもらえるし」

「ね、黙ってるだけでちやほやしてもらえるんだもん。何も努力しないで良い気分になれて、美人は得だよねー」

「一芸入試組なんでしょ? 何かは知らないけど、そっちが上手く行ってるから学校なんてどうでも良いって感じ?」


 その後も、少しずつ胃が締め付けられるような会話をしつつ、女生徒たちの声がフェードアウトしていった。

 残された二人にしばしの沈黙が流れたのち、星歌がぽつりと呟く。


「……いやぁ。勝手に聞き耳立てたこっちも悪いけどさ……流石に良い気分はしないね」

「だな。悪い、こっちが立ち止まんなきゃスルーできたんだろうが」

「いやいや、多分私もあれは聞いちゃうよ。噂のインパクトがありすぎるもん」


 幸い、星歌は気にした素振りもなく……加えて今の噂に関しても肯定的な印象を持たなかったことは大変ありがたかったが。

 燎にとっては、それなりの衝撃だった。

 いや、理解はできる。ほたるほど目立つ、学校の二大美女とすら言われている存在であれば、相応の嫉妬ややっかみは受けるだろうことは。


 でも……この学校自体は、とても良い場所だと燎は思っていたのだ。

 そんな学校でも――こういう声は存在する、してしまうことに。自分でも少し意外なほど、ショックを受けていた。


 星歌を促して、教室への歩みを再開する。

 そんな中、少しだけ気まずくなってしまった空気を戻そうとしてか……もしくは単純な興味によるものか、或いは両方か。


「……んー、ねぇ燎。ちょっと迷ったけど聞いて良い?」


 星歌が、好奇心の混じった表情と共にこちらを見て。

 頷いた燎にこう、聞いてきたのだった。



「――君さ。夜波先輩と知り合いなの?」

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