後編
「条件は決まりましたか?」
「ああ、黒髪黒目の強い人にしよう」
ゆくゆくは僕の伴侶になってもらうつもりだからね、心も体も強いに越したことはない。
【筋肉の乙女】の話も好きなんだよね、獣をバッタバッタと薙ぎ倒すってカッコよくて憧れたな。
そこまで強くなくても良いけど、弱いよりは強い方が良いかな。
再び魔法陣が輝き、光の中に姿を表したのは、黒髪黒目の細身の女性。
髪は火事にでもあったのが、ちりぢりしていて、口元は布を巻いていて顔の作りがよくわからないけど、目力はある。
床に付きそうな長く白い上着には、【救国の乙女】の国の文字が刺繍されている。
上着の下は怪我でもしているのか、包帯を巻きつけているだけの様だ。
ちょっと目のやり場に困る。
手には木の棒を持っているけど、何に使うのかな?
彼女はキョロキョロした後こちらの存在に気づき、言葉を発した。
「あ"あ"?何見てんだコラ!」
「強そうですね、筋肉は無さそうですけど、剣の達人とかでしょうか」
「いや、なんだか雰囲気が友好的では無いのだが」
「どこなんだよ、ここは!
お前らアタイをどこに連れてきたんだ!」
言いながら木の棒で床を叩く。
「因みに鑑定してみましたけど、彼女技能二つ持っていますよ」
「2つ⁉︎」
それは凄い、流石異世界からの来訪者。
「【威嚇】と【ツッパリ】の二つです」
「………………ナニソレ?」
「【威嚇】は文字通りです。
【ツッパリ】の方は、〈権力者相手でも自分の道を貫き通す、それが私の生きる道〉と出ています。
後〈長時間ウン○座りをしても足が痺れず、押しても倒れない〉と出ていますね。
体軸しっかりしていそうですよ」
「…………チェンジで」
「そうですね、国の最高権力者の王子の相手が、自分を貫くじゃあ宜しくないですよね」
お帰りいただきました。
因みに…木の棒でガンガンと殴りつけられた床が少し凹んでいました……何あの木の棒、コワイ!
昨日のアレで床が凹んで魔法陣が歪んだので、続きは今日に持ち越しました。
「黒髪黒目で……可もなく不可もなく………」
「もっと具体的に」
そう言われても、昨日の二件で食傷気味なのだが……。
将来王妃になるのなら、知識が有る方が良いかな。
明るくなくても、強くなくても良いから、大人しめの子…少し年上でも良いかな。
三度目の正直であります様に!
願いを込めて魔法陣の光が収まるのを待つと、そこに居たのは…。
「え?あの、ここどこ?」
ダークレットの体のラインのわかる上着に揃いのズボン、サイドには白いラインが入っていて、胸には何かのエンブレム、背中には白く四角い布が縫い付けられていて、別世界の文字と【3-C】と書かれている。
髪の毛は背中の中程までの長さで、一つに結えていて、顔には眼鏡をかけている。
彼女はキョロキョロと見回した後、突然大きな声で喋り出した。
「あーハイハイ、異世界召喚ね、ありがちな所で金髪が皇太子で銀髪が賢者とか?
で、私は聖女様か?
異世界特典で光魔法が使えるとかでしょ、『ヒール!』……あ、ヤバ〜、怪我とかしてないからわかんないじゃん。
ならオヤクソクで『ステータス オープン!』……えー、何も出ないし。
まあ、コレでも自炊歴2年だからある程度はご飯作れるけど、飯テロは無理かなぁ、内政チートは絶対ムリ!
生産チートは……、ぐーるるセンセイ無いとムリ!草〜。
あ、スマホ持ってきてるじゃん、サスワタ!」
……知識はある様だが、言ってる意味がほぼ分からない。
「彼女の技能は【オタ魂】だそうです。
〈好きなことには相手が誰であれいくらでも話せるけど、基本対人スキルが低い。
推しの話なら止めても止まらない〉だそうです」
「推しとは?」
二人でコソコソ話していると、それまで意味のわからないことを話し続けていた彼女は、電池が切れた様に口と動きを止めた後、急に大声を上げた。
「…………あーーーー!!!
ダメじゃん!異世界だと思いっきり圏外どころじゃ無いじゃん!
19時からガチャ更新なのに!!
ハニエル様プレイアブル実装なのにガチャれないじゃん!
天井行くつもりでギフカで課金してんのに、ガチャれないじゃん!!
ちょっと、国とか救ってる場合じゃ無いよ、早く日本に帰してよ!
ちゃんと召喚した時間に戻してよね!
ハニエル様お迎えしないといけないんだから!
しかもハニエル様いきなりの闇堕ちバージョンとか、公式も分かっ「送還!!」」
「……………………」
「……………………………………………」
「……………………………何言ってたか分かったか?」
「誰かいましたか?」
「サラッと無かったことにしてる!」
「もう諦めた方がいいのかな……」
部屋の隅で膝を抱えてしまう僕。
「ええ、諦めましょう、私も飽きました」
「幼馴染が酷い!
慰めてくれよ、落ち込んでいるのだから」
「二度あることは三度あるといいますしね」
「慰めて無いよ〜!」
膝を抱えたまま、力尽きてゴロンと横になる。
「僕なんかに【救国の乙女】は訪れないんだ。
このまま隣国で年寄りの30何番か目の妃になって、二度と国に戻って来れないんだ。
そのうちオッパイとか生えてきたりして」
「ハイハイそうですね」
「…………そしてこの国でお前が王になって、国の運営、他国との交渉、貴族との付き合い、世継ぎも一人じゃダメだし、国の発展も頑張らなければ諸侯から突き上げられるしで、きっと魔法の研究なんて「さー、次行きますよ、次!」」
彼がやる気になってくれたけど、正直言って僕のメンタルもボロボロですよ。
本当に【救国の乙女】の召喚なんてムリなんだろうな。
次でまた変じ……変わった…………個性的過ぎる人が召喚されたら諦めよう。
昨日今日で…いや、父王から話を聞いた一昨日から疲れること続きだ。
癒されたい。
包み込んでくれる様な、母性溢れた優しい人に癒されたい。
優しくて控えめで、それでも芯は強くて、笑顔が素敵なら尚よし…って望み過ぎるか。
あ、母性溢れるとか言うと母親とか主婦が喚ばれてきそう。
人妻はダメですよー。
最後なんだからこうなったら理想を全部言おう!
優しくて控えめで包み込んでくれる、芯は強くて笑顔が素敵で、頭の回転が早く、会話を楽しめて、他人に気を使うことができて、子供好きで…見た目はスレンダーな方が好きかも。
騒がしくなく威嚇もせず、王族って体力勝負なところも有るから、健康で体力があれば文句なし、かな。
つらつらと頭の中で考えているのに、幼馴染の視線が痛い。
思考が読めるのか?
「じゃあ条件はお前が〈今思い浮かべたもの全部兼ね備えた人物〉でいいか?」
「やっぱり思考を読んでる?」
「読むまでもない、顔に出てる。
優しくて控えめで包み込んでくれる癒し系とかでしょ?」
それが伝わるってどんな表情しているんだろう、僕は。
魔法陣の光が収まった中に立っていたのは女神だった。
【救国の乙女】は皆小柄だと伝え聞いていたけれど、スレンダーな彼女は、僕より10センチほど低いくらいかな。
黒い艶やかな髪はサラサラと音のしそうな腰までのロングヘア。
背筋を伸ばして真っ直ぐ立っている姿も美しい。
いきなり見知らぬ場所に喚ばれたのに、キョロキョロすることもなく、さりげなく視線を動かし現状を確認する。
失礼にならない程度にこちらを見て、小さく息を吐いた後、にっこりと微笑み、体の前で手を重ねゆっくりと上半身を倒す。
確か【救国の乙女】の国の挨拶だ。
すっと頭を上げ、微笑んだまま彼女は名を名乗る。
「それで、失礼ですけど、ここはどちらでしょうか。
私は職場に向かう途中でした筈なのですが、瞬きをしたらここにいたのですけど」
何かご存知ですか?と首を傾げる姿もスッとして美しい。
見惚れている僕に代わり、彼女に説明してくれている幼馴染。
別の世界から喚ばれた人には、どう言う仕組みかは分からないけど、元々持っている技術が向上し、技能になってこの世界の発展に繋がることから【救国の乙女】と呼ばれている事、そしてその乙女は次期王妃となる事などなど。
「そうですか。
しかしながら私に王妃に成るほどの技能は有りませんけど」
少し困った顔もいい。
「無断で申し訳無いのですが、この場に来た瞬間に鑑定させていただきましたところ、あなたには【家事・育児】【ダンス】【外交】の技能が有りました」
「家事、育児に関しては、お恥ずかしながら5人きょうだいの長子でして、家事の手伝いをしていました。
そんな細やかなことだと思います。
ダンスと外交は……仕事柄でしょうか。
海外からのお客様をもてなす事も多かったですから、日常会話や多少のビジネス用語を覚えましたけど、仕事の役に立つくらいでしたよ。
外交と言うほどのものでは無いかと存じます」
ぼーっと彼女の話を聞いている僕の脇腹に、幼馴染の拳が埋まる。
『何ぼーっとしているのですか、技能にせよ受け答えにせよ理想通りでしょ?
しかも技能が三つも有るなんて、初めて聞きましたよ、多くて二つですからね。
ちゃんと会話して………絶対に落とせよ』
『わ、わかってる』
背中を押されてギクシャクと彼女の前へ。
「彼からも説明が有りましたけど、今回僕は妃になる方を求めて召喚の儀式を行いました。
そこで現れたのが貴女です。
すぐに返事は求めません、ただ私を知って、前向きに考えていただけないでしょうか」
彼女の右手を取り、その甲にキスを落とす。
スッと指の長い綺麗な手だ。
爪の手入れもしっかりされている、体に見合ったしっかりした手だ。
キスを受けた彼女は小首を傾げ、少し困った表情を浮かべている。
「あの…私は年上の様ですし……私にはお妃様は無理です」
キッパリと断られてしまった……。
え?生理的にムリとかじゃ無いよね?
「年など関係ありません。
直ぐに決めないで、考えてみて欲しいです、僕と一緒の未来を」
「この国のお役に立つのなら尽力致しますけど……お妃様はムリなんです……」
申し訳なさそうに断り続ける彼女は、体の前で重ねている手をギュッと握りしめ、真っ直ぐ目を逸らさずに告げた…。
「だって私、男なんです」
………オトコ?
女性にしては背が高いかな、とか手が大きいかな?とは思ったけど、男?
大きく無いけどオッパイも有るよね?
思わず胸に視線が行くのは仕方ないと思う。
「心は女性だと育ってきましたし、体も工事して女性になっていますけど、男性の体で生まれてきましたから、子供を作ることが出来ません。
王妃になるには世継ぎを作ることが必要ですよね?
申し訳ないのですが、私にはどうしたって無理なのです」
全てを告白した後、悲しそうに微笑み瞳を閉じる姿は、どう見てもか弱き女性である。
僕は彼女に近づき、その手を取った。
「大丈夫です、子供は授かりものですから、普通の夫婦でも子供ができないことは有ります。
世継ぎなら姉か妹の子供を養子とすればいいですし、王弟である叔父の孫を迎えてもいい。
王家の血筋が繋がれば問題ないです。
世継ぎも大切かもしれませんが、国民も私たち王族の子供達です。
私と一緒に国民を護り幸せな後世を育んでくれませんか?」
「………本当に私で良いのですか?」
「出会ったばかりで信じられないかもしれませんが、僕は貴女に一目で恋に落ちました。
僕の隣に並び立つのは貴女が良いです。
僕の妃になって下さい」
彼女の瞳を見つめながら申し込む。
後ろで「マジか!」とか「初恋とか拗らせ案件じゃん」とか「男嫁って王にどう伝えるんだよ」とか聞こえるけど、関係ないね。
僕は彼女が良い。
例え技能が無かったとしても、彼女が良い。
僕の意思が硬いのが分かったのか、幼馴染はため息を吐く。
「まぁ、三つの技能がどう役立つのかは今は分からないけど、彼女?の立居振る舞いなら王も頭ごなしに拒否しないだろうし、まずは面会させて、言質をとった後に性別をバラす方がいいんじゃないですかね」
そのアイデアいただき。
どうやら味方になってくれる様だし、後は彼女が頷いてくれたら………。
「お願いします美しい方、どうかこの国の僕の隣で生きて行っては貰えませんか?」
彼女は一度瞳を閉じ、ゆっくり開けた後………………
ヤンキーの包帯とはサラシです。
ダークレッドと書いていますけど、小豆色のジャージで、四角い布はゼッケンです。
オトメンさんは夜の社交場にお勤めでした。
隣国へは妹姫が嫁ぎました。
王家の血筋はなんとか続くとしても、王子の血は途絶えるので、王子の血が滅びるとのこじつけで、シリーズ番外編としました。
お付き合い頂きありがとうございました。
そらそろ短編以外も書こうかなと、頭の中に登場人物生み出し中です。
またお会いできると嬉しいです。