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帰ってきた猫ちゃん  作者: 転生新語
第七章 『草枕』
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2 猫ちゃん、赤子と青子に話を聞かせる

『主人公は温泉地で宿に泊まる。その宿の御嬢(おじょう)(さま)が那美なんだね。宿と言っても、今は(ほとん)ど営業していない状態で、つまり那美の家は落ちぶれている。没落(ぼつらく)地主(じぬし)の娘なのさ』


 宿が営業していないのは、継続中の戦争が原因である。いちいち、この娘達へ説明はしない。


『へー、落ちぶれた御嬢様っすか。ウチらみたいっすね』


『ウチらもパパ上が逮捕された時は、学校で(いじ)められまくって。苦労したっす』


『そ、そうなのかね。大変だったね』


 思いがけない話が出て、吾輩、動揺した。


『ユッキーなんか気が弱いところがあるんで、泣いて泣いて。姉としては何とかしないと』


『そー思って、三人で一緒のメイクで遊んだりして。それでユッキーも明るくなったっす』


 あのメイクは、ただの奇行では無かった訳だ。那美も奇行が多いのだが、そこには同様に、周囲への反発があったのだろうか。


『……那美は出戻(でもど)り、つまり離婚して実家に戻った状態で。この那美は結婚する前、京都の方に好きな男の人が居たんだよ。でも親の意向(いこう)で、地元の金持ちの家に(とつ)がされる。没落地主としては、娘を金持ちと結婚させる方が都合(つごう)も良かったんだろう』


 明治時代は、家同士の関係で結婚が決まる事も多かった。後に書かれる、漱石先生の『三四郎』に出てくる美禰子も、そうであった。個人が大きな流れに翻弄(ほんろう)される姿を、()()うように書いていく漱石先生のスタイルは、初期から確立されていたのか。(ちい)さき者に目を向け続けたのが漱石先生であった。


『結婚したものの、親が決めた話だからか那美と夫は上手くいかない。更に戦争で、夫が勤めていた銀行が(つぶ)れる。どうにもならなくなって離婚だよ。出戻った地元で、那美は周囲から陰口(かげぐち)を叩かれて生きていく事になる』


『戦争……第一次大戦っすか?』


 赤子が首をひねる。実際に出てくるのは文字だけだが、首をひねったような風情(ふぜい)であった。


『もっと前の戦争だね。その辺りは最後に分かるよ』


『那美が叩かれるのは納得いかないっすね。無理やり結婚させられて悪者(あつか)いっすか』


 青子は青子で(いきどお)っている。思いの(ほか)、娘達が吾輩の話に反応してきたのが少し面白い。


『那美も那美で、反発からか、寺のお坊さんに抱き着いて見せたりする。ますます周囲からの評判は悪くなって、主人公が温泉地に来た時には那美に付いて、『あの女は頭がおかしい』という話ばかりが聞こえてくる。那美に好意的なのは寺の和尚(おしょう)さんと、父親と、従兄弟(いとこ)(きゅう)(いち)くらいかな』


 久一は、とある用事で那古井に戻ってきている。つまりは最後のお別れで、これが小説のラストとなる。


 あと、那美には兄が居るのだが、この兄と那美は仲が悪い。出戻りの那美は兄から、家の(はじ)だと思われているようだ。


『周囲からは良くない評判ばかりの那美だけど、主人公は絵を描くための題材を求めてるから、むしろ興味を()かれるんだね。会って話をしてみると、これが実に刺激的で会話も弾むんだ』


『男女の小粋(こいき)な会話って奴っすか。そういうのは映画でも何でもウケるんすよ』


『ウチらは男同士の絡みが()しっすけどね』


 吾輩、無視して話を進める。主人も男女の小粋な話を書けば良いのでは、とは思う。


『主人公と那美の会話は芸術論とか、色々な方面に飛ぶんだけど、その辺りは省略するよ。とにかく主人公は那美を見て、創作意欲が湧いてくる。でも、あと少しという所で行き()まる。困って主人公が温泉に入って考え込んでいると、誰も入浴してないと思っていた那美が裸で主人公と対面する』


『いいっすねー、ラッキースケベっすね』


『温泉と言えば、そういうシーンが必要なんすよね。良く分かるっす』


 良く分かられてしまった。主人に必要なのは、こういう描写なのかと思った。


『那美は、さっと立ち去って、ホホホホと大笑いする。これは半分、照れ笑いなんだと思うね。不幸な目に()っても何でも笑い飛ばすという、そういう習性が身に付いてるんだ。その後、宿の主人、つまり那美の父親が主人公に会いに来る場面があって』


 吾輩、少し間を置いて、また説明に入る。


『宿の一室で、寺の和尚、那美の父親、従兄弟の久一が主人公と会話する。この時、那美は居ない。会話の中で、久一が戦争に召集(しょうしゅう)されていると主人公は知る。数日後には戦地に向かう久一は、主人公から見れば、まだ子供にしか見えない』


『…………』


『…………』


 赤子と青子の反応は無い。吾輩、先を進めた。


『その後、主人公が一人で読書してたら、那美が邪魔(じゃま)しに来る。じゃれ合ってたら地震が起きて、その拍子(ひょうし)で主人公と那美の顔が近づく。慌てて、二人とも相手から離れる。


 それから戦地に行く久一の話になる。那美は平気そうな顔をしているが、そんな訳が無い。主人公は、『さっき皆で、あなたは一人で何処(どこ)に行ったのかと話してましたよ』と()いかけて。那美は『(かがみ)の池の方を(まわ)ってきました』と答える』


『鏡の池……』


綺麗(きれい)そうな名前っすね……』


『正に主人公もそう思って、絵の題材になりそうな所かと聞く。『身を投げるに()い所です』と那美が答える。物騒な冗談で、更に物騒に、『私が身を投げて、浮いているところを綺麗に描いてください』と那美は続けるんだ。『驚いたでしょう』と冗談にして、那美は笑って部屋を出て行く』


 那美には不幸が()えない。その中で那美は、猫のように、しなやかに生き続けた女なのだろう。

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