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帰ってきた猫ちゃん  作者: 転生新語
第六章 『門』
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4 猫ちゃんと主人、雪子と遭遇する

 ストーリーを整理してみて、やっぱり吾輩、何だかスッキリしなかった。呑気な主人公が運良く助かった、というだけの話に見えてしまうのだ。ただ主人公は善人ではあるので、「助かって良かったなぁ」とも思う。「徳義上の罪」というのが何か分からないが、何をやったにしても許してあげてほしいものだ。


 独りで考えていてもスッキリ解決とは()かなそうなので、誰かと作品に付いて話したいなぁと思っていた所に、主人と龍之介くんが散歩から帰ってきたのに吾輩、気づいた。龍之介くんとなら有意義な会話が出来るかも知れない。主人とは色んな意味で話にならない。


 タブレットで電子書籍を読んでいた部屋から出て、吾輩、縁側の方に居る二人に近づいていく。残念な事に、龍之介くんは散歩が心地(ここち)よかったのか、お(ねむ)であった。ベビーカーから降ろされて、主人に寄って、クーラーが効く部屋で寝かされている。今は六月で、熱中症も警戒しなければならない時期である。


 話し相手が居ない物足(ものた)りなさを感じて、誰か居ないかと吾輩、庭の方に目を向ける。まあ吾輩と会話できる者は少ないし、この家を訪れる客など滅多(めった)に居ないのだが。ちなみに今日は日曜日で、時刻は昼過ぎである。そして目を向けた先に、本当に人が居たから吾輩ビックリした。


「うん? 誰かな、君は?」


 龍之介くんを寝かしつけて戻ってきた主人が、庭に居る女子校生に声を掛ける。制服は、以前ここに来た山師の娘達と同じものである。あの娘達は長髪で、髪の色が赤と青と黄で肌は真っ黒に()られていたが、この子は短髪である。髪の色は黒くて、肌は白い。まともな人間に見える。


 気になったのは、この子の身長や体格が、山師の娘達と似ていた事であった。似ていると言うより、寸分(すんぶん)(たが)わないと言うべきか。


「あの……私、この間、学校の宿題で取材させていただいた者です。あの時は三人で」


 果たして、こんな事を言うものだから、それはそれは吾輩、驚いた。


「……えええええぇ?」


 吾輩と主人、互いに顔を見合わせて。もう一度、女子校生の姿を見る。


「……えええええぇ?」


 やっぱり、また吾輩と主人、顔を見合わせる。主人の目が丸くなっていて、たぶん吾輩も似たような表情をしているのだろうと思う。吾輩も内心で、えええええぇ?である。


「……ちょ、ちょりーす……」


 消え入りそうな声で、ポーズを付けて彼女が言う。声とポーズは確かに、あの時の三人娘と同じなので信じるしか無い。何が起きたというのだろうか。


「いや……だって君、肌の色は? 長髪だったよね?」


「長髪はウィッグだし、あのメイクは休日だけなんですよ。あれで学校には行けません」


 休日でも制服姿、というのは変わらないらしい。主人も何をどう(たず)ねて良いものやら、途方に暮れた様子である。


「君は三つ子だったね。今日は、他の子達は居ないの?」


「……一緒に居たくないんですよ。もう(いや)なんです、私。あのメイクも、変な(しゃべ)(かた)も」


 喋り方が変だという自覚はあったらしい。


「三つ子の兄弟や姉妹って、独特のノリがあるんですよ。『いつも三人で一緒、誰よりも仲良し』っていうのが。でも、いつまでも一緒に居られる訳、無いじゃないですか。たとえ三つ子でも、私達は別の人間なんですから」


「……悩んでいるんだね。その悩みは誰かに伝えてるのかな?」


「いいえ……私、三女なんですけど、姉達を嫌いな訳じゃないんです。ただ、もっと(ひと)りの人間として(あつか)って欲しいんです。私には雪子(ゆきこ)っていう名前があって、単なる『三つ子の中の一人』として扱われたくないんですよ」


「悩んでいるのは分かった。ここに来たのは、相談相手が見つからなかったからかね?」


「それもあります。ママ……母は真面目(まじめ)すぎて話しにくいし、離婚したパパ……父は不真面目(ふまじめ)すぎて、やっぱり話しにくいし」


「そうか。苦労してるね」


 山師の娘に対して、主人は親身(しんみ)に話を聴いている。こういう年頃の子供が居ても不思議ではないからか。思えば龍之介くんは、四十代の主人にしては随分(ずいぶん)と遅い時期に生まれた子供であった。


「でも、ここに来たのは、小説家への(あこが)れがあるからなんです。何かを書きたいんですよ、私。でも何を書けば良いのかが分からなくて。その『何か』を書ければ、私は雪子という、独りの人間として認めてもらえる。そんな気がするんです」


 吾輩、この雪子が、黄色のウィッグを付けていた娘なのだと分かった。三つ子が主人に話しかけていた時、髪の色で言えば赤、青、黄の順で話しかけていて。吾輩が心の中で黄子(きこ)と呼んでいた娘は小説家に付いて、最も熱心に質問をしていたと思い出した。


「そうかね。じゃあ、小説に関係した話でもしてみようかね」


 主人は雪子に、縁側に腰掛けるように(うなが)す。雪子は言われた通りに座り、主人も隣に並んで座った。


「この間の取材で、夏目漱石の話をしたね。あの人は凄い作家だったが、家庭内では不和があったそうだ。離婚はしなかったが、夫婦の危機は何度か、あったらしい」


 雪子は主人の話を黙って聞いている。興味があって、吾輩も主人の話を聞いていた。

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