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帰ってきた猫ちゃん  作者: 転生新語
第六章 『門』
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1 猫ちゃん、寺で修行する

 夢の中で吾輩、寺で修行していた。良く分からないのだが、体育会系の寺であった。


 寺の門には看板があって、そこに寺の名前が書かれている。吾輩、修行の最中なので門からも看板からも離れた場所に居る。なので看板の字は、はっきりとは読めなかった。


 寺の名前は『小林寺』であろうか。『小』の字は『少』かも知れないが良く見えない。とりあえず吾輩、ここはコバヤシ(でら)という名前なのだろうと推測しておいた。夢の中の話なので、たとえ実在する寺と同一の名前であっても、そこはフィクションという事で片づけてほしい。


 寺の中では、お坊さん達が歌いながら修行をしている。映画のテーマ曲で聞いた事がある気もする。中国語のようで、ちょっと良く分からない。寺の名前を繰り返し歌っているようだ。


 お坊さんの修行は厳しいというのは吾輩、知識として何かで読んだ事はある。二か月、寺で修行をしたら、ボクサーのような肉体になるそうだ。その辺は宗派にも寄るのかも知れない。


 で、吾輩の修行は、例えば水に浮かんだ丸太の上を渡るものであった。これは吾輩、猫なので簡単である。猫のバランス感覚を見くびってはいけない。


 その他、棒術や三節棍(さんせつこん)といった武器術の修行もあった。これは吾輩、全く(あつか)えなかった。前足の肉球で武器を(つか)める訳が無いのである。「まあ仕方ない、猫だから」と、和尚(おしょう)さんが吾輩の修行を免除してくれた。同様に、(おけ)で水を()む修行も、お猪口(ちょこ)の一杯で吾輩は許された。


 寺では、お坊さん達が拳法の修行をしている。カンフーというらしくて、そういうジャンルの映画が前世紀では流行(はや)っていたと聞く。「ああぁ!」と、修行の掛け声も(いさ)ましい。


 吾輩、負けじと声を出す。どうやっても、「ニャー! ニャー!」としか声は出ない。意思の疎通(そつう)はテレパシーで出来るのだが、どうにも吾輩の声では迫力が出なかった。


 周囲が()きや()りの練習をしているので、吾輩も真似(まね)をする。後ろ足の二本で立ち上がって、前足を交互に突き出してみる。その(たび)にバランスを取るため尻尾が揺れて、何故か微笑(ほほえ)ましい物を見る表情でお坊さん達が吾輩に視線を向けていた。


 夢の中だから時間が()つのは早い。カンフー映画でも修行シーンは十五分前後が相場と聞く。客観的に見て、あまり厳しいとは言えない修行をさせてもらいながら、吾輩が寺から卒業する時期が来たようであった。卒業証書など(もら)えるのだろうかと期待もしてみた。


 部屋に呼ばれて、寺の和尚さんと吾輩、一対一で向かい合う。ここで何かしら、問答(もんどう)が行われるというのが話のパターンであろう。さぁ来い、と吾輩、内心(ないしん)で身構えていた。


「君さぁ……何で、ここに居るんだっけ?」


 対して和尚の言葉は、困惑しきり、といった声音(こわね)である。


「いやぁ……何でと言われましても、吾輩、ここで修行させてもらってますが」


「うん、そこが分からないんだよね。猫が何の修行をするの?」


 そう言われて吾輩、ここでの修業は、つい体育会系なノリが面白くて参加していたと。そういう事に気が付いた。


「うーん、こう言ったら怒られるかも知れませんけど、エアロビクス的な感覚でした」


「だろうねぇ。この寺は拳法を教えてるんだけど、君、足が短すぎるんだよ。猫だから」


 それは吾輩も薄々(うすうす)、気が付いていた。どうやっても吾輩、人間よりはリーチが短いのだと。


「吾輩に、殴り合いの才能は無さそうですかね和尚さん」


「無いねぇ。あまりにも不向きなんで、逆に君の存在は面白かったよ。寺の者達は君の動きを見るのが、心の(いや)しになっていたそうだ」


「そうですか。どういう形であれ、役に立てたのなら良かったです」


 吾輩、この寺で御飯(ごはん)を食べさせてもらって、すっかり満足して生活していた。こういう呑気(のんき)な、不出来な弟子は、早々に立ち去るべきであろう。


「まぁ待ちなさい。私は君を馬鹿にしてる訳ではないんだ。むしろ、その逆だよ」


 和尚さんは吾輩に近づき、その手で頭を()でてきた。


「人間なんてのはね、つまらない者だよ。何かというと争いたがる。拳法なんてのは殴り合わなければ必要ないのさ。君のような、周囲を(なご)ませる事が出来る猫の方が、どれだけ人間よりも偉いかも知れん。見たところ君は、普通の猫では無さそうだし」


「えーっと、そうですね。吾輩に出来るのは、夢を(あやつ)る事です。でも、それくらいですよ」


 撫でられた(ぬく)もりが心地いい。吾輩、和尚さんの手に頭を()り付ける。


充分(じゅうぶん)さ、夢こそが現実を作るんだ。明るい夢が無ければ、明るい未来は来ないんだよ」


 吾輩、自分が夢から()めつつある事を自覚する。寺からの卒業が近そうだ。


「一つ、言っておこうか。君は自分で思っているより(はる)かに大きな能力を持っている。その(ちから)で、明るい夢を世界に伝える事が出来れば、世の中は良くなるだろうし。また逆に……」


「逆に、とは何でしょうか。和尚さん」


「……いつか君が、悪と対峙(たいじ)する時が来るかも知れない。猫の君には(つめ)がある。その爪を()いで、(きた)るべき時に備えておくように。私からは以上だ」

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