3 猫ちゃん、電子書籍を前足でめくる
気が付くと吾輩、一階の部屋で、タブレットで電子書籍を読んで寝落ちしていた。龍之介くんは、たぶん二階で寝ているだろう。改めて画面を見ると、読んでいたのは『それから』であった。俗に漱石作品の、前期三部作と呼ばれている中で二つ目のものである。
『三四郎』の次に書かれた作品で、その中で描かれた大学生活のそれからを、別の主人公で書いたから『それから』というタイトルなのだそうだ。つまりは大人の話である。
大人の話だから、所々ドロドロとした展開で、だから龍之介くんには見せたくない。なので吾輩、こうして独りで読んでいる。こういうのを保護者気取りというのであろうか。
話は簡単に言えば、不倫のストーリーである。作品の時代には姦通罪というのがあって、現代と違い不倫は法的に罰せられていたから、大事であった。
主人公は金持ちの家の次男坊で、名前を代助という。家は長男が継ぐので、その分、主人公は気楽な生活が許されている。次男が家を継ぐのは不測の事態があった時くらいで、つまり主人公は、言わば長男の予備である。代助という名前は、そういう立ち位置を表している。
代助の年齢はそろそろ三十才で、世間体もあるので、周囲から結婚を勧められている。ちなみに代助は無職で、これまで働いた事が無い。しかし父親の援助で一軒家はあるし、結婚すれば更に援助は受けられるのである。主人公に金銭的な不安は全く無い。
それでも主人公は、縁談の話を受けようとはしなかった。何故なら彼には想い人が居たからである……
吾輩、前足で電子書籍のページをめくる。代助の想い人の女性は三千代といって、既に人妻になっている。三千代の夫は平岡といって、代助と平岡は友人同士だ。
代助は三千代を愛していたのだが、友人の平岡に譲る形で、平岡と三千代を結婚させる。その方が平岡も三千代も幸せなのだと、自分に言い聞かせたのだろう。
しかし平岡は、経済的に困窮していく。夫婦仲も冷めて、裕福な代助とも疎遠になる。
吾輩、更にページをめくる。ざっと話を進めると、代助は三千代と再会し、かつての愛が蘇る。三千代も代助の事を愛していたのである。三千代は不幸な結婚生活の中、心臓病を患っている。三千代の書かれ方は同情的で、この女性が罰せられるのなら法律の方がおかしいと思わせられる。
愛が無い結婚というのは不幸なものだ。前作の『三四郎』でも、そういう事が書かれていたのだと吾輩は思う。猫の吾輩が結婚に付いて語るのも滑稽ではあるが。
吾輩、更に更にページをめくる。現代も不倫は許されないのだから、明治時代は尚更である。代助と三千代は、周囲の社会と敵対していく事となる。三千代の夫である平岡に、彼の家で代助は自分が三千代と愛し合っていると告げる。その三千代は心臓病が悪くなって寝込んでいる。