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帰ってきた猫ちゃん  作者: 転生新語
第四章 『三四郎』
30/64

9 猫ちゃん、三つ子とか四つ子の襲撃を恐れる

「待て待て、待ちたまえ。話が分からん。大体『パパ上』って誰だね?」


「だからウチらの父親(パパ)っすよ。事前にメールで、そちらに連絡するって言ってましたよ、パパ上は」


 メールと言われて、主人はノートパソコンの方を見る。そのパソコンでメールの一つを開いたようで、主人は文章を読み上げた。


「……『俺の娘たちが、取材の宿題を言い渡されたようでな。親の俺では取材の対象にならんらしいから、お前が相手をしてやってくれ。よろしくな(笑)』……」


 吾輩、ようやく分かった。この子たちは、山師の娘なのだと。


「『よろしくな、カッコワラ』じゃねーよ、あの野郎! 事前に電話してこい!」


「まあまあ、パパ上の友人さん。ウチらも今さら手ぶらで帰れないんで。よろしく」


「右に同じ」


「右に同じ」


 髪の色が赤と青と黄なので、吾輩、この三つ子を赤子、青子、黄子と呼ぶ事に心の中で決めた。そう言えばお白さんの家には三人の娘が居て、BLとかいう同人誌を読んでいるという話を聞いた事があった。山師は離婚しているから、お白さんの家には住んでいない。言い換えれば山師の元妻の実家に、現在、お白さんが住んでいるのである。


「……私なんかより、もっとウケそうな職業はあるんじゃないのか。動画の配信者とか」


「あー、ダメっす。ウチの学校の先生は、そういうのを職業と認めてないんで。何つーの、百年前から存在してるような、歴史的な遺物(いぶつ)? 宿題で求められてるのは、そんな路線なんすよ」


 遺物、と呼ばれてしまった。どうやら主人は、道端にある石の地蔵のような(あつか)いらしい。


「で、どーすか。ぶっちゃけ儲かってます?」


「私の恰好を見て大金持ちだと思うんなら、逆に感心するね」


「どうやって小説家になるんすか? 資格? 試験? (いろ)仕掛(じか)け?」


「新人賞を()って出版社に気に入られるのが早道じゃないかな。他の奴がどうやってるかは知らないけど」


「小説家って、なれない人は、なれないじゃないっすか。そういう人にアドバイスするとしたら、何かあるっすか?」


「うーむ……」


 主人は少しの間、黙り込んで考えた。


「……猫を飼う事だね。私のアドバイスは」


「へー、猫! 猫ならウチらも飼ってますよ、シロっていうのを一匹」


「何で猫っすか、犬ではダメなんすか!」


「理論的な根拠を求めるっす。そういうのを書かないと宿題は片付かないんで」


 三つ子達の声を受け流すかのように、主人は吾輩の方を指で()す。


「夏目漱石を知ってるかね。彼は自分の飼い猫を主人公にして、ヒット作を書いたんだよ」


 吾輩、主人の視線と言葉から、意図(いと)(さと)った。主人は三つ子達の相手を、吾輩に押し付けようとしているのだと。


「猫を見る事で観察眼が(きた)えられて、小さな動物に愛情を向ける事で命の大切さを学ぶ。社会の動乱で容易(たやす)(うば)われる、人間の命や尊厳、基本的人権。それらの大切さを、例えば猫の小説を書く事を通し、さりげなく伝えて独裁者を批判する。そういう技術を学べるのだね」


「凄いっす! 何か頭が良さそうな発言でマジ、リスペクト!」


「小さな動物は動画配信でも有利っすね、分かるっす!」


「するとアレっすか。猫を飼ってるウチらは、観察眼を鍛えて夏目漱石を読めば小説家に?」


 三つ子達は赤子、青子、黄子の順で話しかける。この辺りのコンビネーションは決まっているようで興味深い。普段から三人で、誰かと話す事に慣れているのだろう。


「ああ。なれるとも、なれるとも。たとえ小説家になれなくても、猫と遊べば楽しくて、人生が豊かになる事は間違い()しだ。分かったら私なんかより、そこの猫と遊びなさい」


 言っている事は、それなりに良いアドバイスかも知れない。問題は主人が、三つ子を追い払う事しか考えていない点だろう。主人は吾輩を可愛がった試しなど無いではないか。


 適当に言いくるめられた三つ子達が吾輩に向かってくる。主人は吾輩に視線を向けて、こう伝えているのが分かる。『いいか。絶対に、この娘達を龍之介に近づけるな』と。


 吾輩としても、龍之介くんが悪影響を受けるのは望ましくないと思う。彼の髪の色がウルトラマリーンになったら大変ではないか。吾輩、決死の覚悟で三つ子に立ち向かっていった。




 夜になって、主人が携帯で山師に文句を言っている。吾輩は三つ子がコインを空中でパスし合って、そのコインを最後に誰が持っているかを当てる遊びをやらされた。ちなみに吾輩、これは百発百中で当てて見せた。猫の動体視力とテレパシーを使えば造作もない。


 コインを持つ娘を前足で差すたび、「何で分かるの!」と娘達は狂喜していた。吾輩は吾輩で、三つ子達のコインを投げ合うコンビネーションが無駄に洗練されていて呆れた。あの娘達は勉強をしているのだろうか。今の吾輩は疲れが出て、主人の近くで寝込んでいる。


「お前の娘が(うるさ)くて、たまらんよ。もう、あれ以上の子供は居ないんだろうな?」


『さあなぁ。認知してない、他の子供は居るかも知れん。そのうち四つ子が来るかもだ』


 電話での山師の言葉に「勘弁しろよ」と主人が(うめ)く。吾輩も同感で、腹を上にしてひっくり返って意識を手放(てばな)した。

第四章、終了です。

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