7 猫ちゃん、講義を終了する
もう後は、あまり出来事も無い。
演芸会という劇の催しが行われて、それを三四郎が見に行くと、会場には美禰子も観劇に来ていた。三四郎は美禰子に気づくが、美禰子の方は三四郎に気づかない。美禰子は野々宮兄妹と一緒で、そして途中で結婚相手とも合流する。その姿を見てから、三四郎は会場を立ち去る。
三四郎は翌日、インフルエンザで寝込む。心配した与次郎が来て、医者を手配してくれる。
「熱を出して寝込んでる三四郎が、美禰子に失恋したと与次郎は知ってるんだよ。『もう五、六年もすれば、あれより上等なのが現れてくるよ』と、与次郎は三四郎を励ましてくれるんだ」
「いい話ですねー。友情ですねー」
「そうだねー。で、いい話には続きがあって、与次郎は美禰子の家まで行って『三四郎が熱を出したから見舞いに行ってあげてください』と伝えるんだね。美禰子も、居候のよし子もビックリだよ」
「美禰子さんは見舞いに来たんですか?」
「いいや、来ない。気まずくて行けなかったんだろうね。美禰子がミカンを買って、それを持って、よし子が三四郎が居る下宿まで見舞いに来るんだ」
よし子は三四郎に、美禰子の縁談の話をする。美禰子が結婚するのは、よし子が縁談を断った男である。美禰子が家を出ていくので、よし子も居候を続ける訳には行かず、「私近いうちにまた兄といっしょに家を持ちますの」と大喜びしている。よし子は兄と一緒なら幸せなのだ。
「熱も下がって、日曜日、三四郎は美禰子の家を訪ねる。よし子が出てきて、美禰子は教会に居ると教えてくれる。三四郎は教会の前で美禰子を待つんだね。中から讃美歌が聞こえてくる」
外で歌を聴きながら、三四郎は空を見上げる。美禰子が好きな雲が見える。雲が羊に見えて、ストレイ・シープという言葉を思い出す。教会から美禰子が出てくる。
「三四郎は、お別れを言いに来たんだね。借りていた三十円を美禰子に手渡す。『ヘリオトロープ』と、美禰子は三四郎が薦めてくれた香水の名前を呟いて、美禰子は思い出を懐かしむんだ」
三四郎は美禰子に「結婚するんですね」とだけ言う。美禰子は細く、ため息をついて、「我はわが咎を知る。わが罪は常にわが前にあり」と呟く。聖書の言葉で、シンプルに「私には罪がある」というくらいの意味だと吾輩は解釈する。こうして三四郎と美禰子は別れた。
「小説の最後の章では、展覧会で美禰子の肖像画が出される。もう美禰子は結婚していて、式には広田先生も野々宮も出席した事が書かれる。ちなみに三四郎は式に出てない。招待状が、わざと三四郎が出席できないタイミングで届けられたんだね」
「美禰子さんは、三四郎さんに来てほしくなかったんですねー」
「ちょっとセンチメンタルな思い出が多すぎたんだろうね。彼を嫌ってる訳じゃなくて、その逆なんだと思うよ……三四郎は展覧会の絵を、広田先生、野々宮、与次郎と一緒に見に来る。与次郎は三四郎を少し心配そうに見ている。三四郎は『森の女』という肖像画のタイトルが気に入らないけど、他の候補が思いつく訳でもない。ただ『ストレイ・シープ、ストレイ・シープ』と口の中で呟いて、小説はお終い」
「面白かったですー。僕には色々と早い気がする作品でしたけど」
「君は一歳にもなってないんだから、そりゃ大抵の小説は色々と早いよ。ゆっくり成長していってね。じゃ、講義も終了って事で」