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帰ってきた猫ちゃん  作者: 転生新語
第三章 『坑夫』
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2 猫ちゃん、『光』に近づく

「この小説はね。銅山で働いてた男、つまり坑夫が漱石先生の所に来て、『自分の体験を話すから、それを小説にしてくれ』と言ってきたんだって。そういう経緯で書かれたんだ」


「へー。有名になりたかったんですかね」


「と言うより、銅山で自分が感じた苦悩を表現してほしかったんだと思うね。それが実際、どの程度に表現されたかは分からない。漱石先生は主人公である少年の目を通して、話を進めるのさ」


 物語は失恋で傷ついた少年が、東京の家を出て歩いている所から始まる。つまり家出である。どうやら父親とも不仲であるらしくて、主人公は、夏目漱石先生の分身なのかも知れない。


 漱石先生は生まれてすぐに、実家から養子に出されている。実父とは仲が、おそらく良くはなかっただろう。『坊っちゃん』もそうだが、漱石先生が書く主人公は父親と不仲な人が多い印象がある。


「家出中の主人公は、『君、銅山で働かないかい』と。そんな感じで、怪しい大人からスカウトされるんだね。『坑夫になれば簡単にお金を稼げるよ』と。大嘘(おおうそ)だよ、坑夫の給料は安いんだ」


「世の中は厳しいんですね、吾輩さん」


「悪い大人には気を付けるんだ。まあ龍之介くんならテレパシーで思考を読めるから大丈夫か」


 主人公は蒸気汽車で連れられ、そこから歩いて山越えをして銅山に到着する。初めて出会う坑夫達の顔は獰猛(どうもう)で、すっかり主人公は委縮する。親切な人も居て、(はら)さんという人(職場の偉い人らしい)は、「お金が無いなら、旅費を出してあげるから家に帰りなさい」などと言ってくれる。しかし主人公も意地があるので、簡単には帰れない。




「ところで、夢の中からは出られそうですか吾輩さん」


「君が居る方に近づいてるとは思うよ。移動は全く難しくないね」


 吾輩の両手はパワードスーツで動かされていて、自動式で岩盤が掘られていく。テレビゲームのディ〇ダグのようで、そう言えばドル〇ーガの塔を作ったのも同じゲーム会社であった。


 我ながら不思議だが、何で吾輩は前世紀のテレビゲームに詳しいのだろう? 主人の趣味がテレパシーで脳に伝わってきているとしか考えられない。


「小説の話だけどね。『坑夫』は、銅山で働く人達の姿を確かに書いている。だけど漱石先生が最も書きたかったのは、主人公の内面だったと思うんだ」


「どういう事ですか、吾輩さん」


「つまりね、主人公は漱石先生の分身であって。という事は、主人公が銅山で働く描写は、小説家が作品を書くという行為に似てくるんだよ。もう少し分かりやすく言おうか……」


 つまりは、こういう事である。小説を書くという行為は、作者が自分の頭の中を、アイデアを求めて掘り起こしていく作業なのだ。銅山で岩盤を掘る坑夫のように。


 暗闇の中に光を照らして、「良いアイデアはないか、良い表現はないか」と求め続ける孤独な作業である。その孤独に耐え兼ねて、命を落とす作家は何人も居る。吾輩の主人は寝てばかりで気楽なものだが、漱石先生は神経衰弱で苦しんでいたとも言われている。


「光が()さない暗闇の中での作業、それが創作でね。孤独に(おちい)りやすいんだ。そういう孤独には『光』が必要なんだよ。吾輩は、そう思う」


『坑夫』は、「坑道の中の描写がリアルではない」などと評価される事がある。しかし漱石先生が書きたかったのは、そういう事ではなかろう。光が射さない坑道は、そのまま主人公の内面世界を表しているのだ。それは実家と上手くいかない主人公、そして漱石先生の内面である。


 日光は届かなくとも、坑道内に電灯はある。孤独を感じながらも、中で人に会えば気が(まぎ)れる。主人公が世間に出て、時には人の優しさに触れ、心が癒される。『光』と出会う時が近づいてくる。

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