2 猫ちゃん、長い余命を告げられる
「吾輩、友達が少ないので。仲良くして頂けるなら、ありがたい次第ですよ」
「良かったー。ここ、猫ちゃんの夢の中だから、不法侵入で訴えられないかとドキドキで」
自称神様は、思いの外、腰が低い。というか本当に神様なのだろうか。
「神様というのは、もっとパワフルな方だと思ってましたが。海を空手チョップで割るような」
「モーゼが海を割った話ね。私も良く知らないけど、たぶん空手チョップで割った訳じゃないと思う。当時は空手とか無いだろうし」
猫と自称神様では、どうにも上手く話が噛み合わない。ひとまず吾輩、相手の素性を聞いてみる事にした。神様なら宗派があるのではないか。
「貴女は何ですか、信者の勧誘に来たんですか。お布施が目当てですか。吾輩、無一文ですよ」
「そういうのじゃないから。上手く伝わってないかなー。私は、小説の神様なの」
「全く伝わってこないんで。もう少し、分かりやすい説明をお願いします」
「そうねー。ほら、猫ちゃんが前の章の最後でさ。思ってた事があったじゃない、地の文で」
「はぁ。前の章の地の文で」
前の章の地の文とは何の事だろうと思いながら、吾輩はオウム返しをした。
「『吾輩たちは、神様に愛されて生まれてきたのだ。我々は、我々の人生の主人公なのである』……ね、こういう箇所。覚えてる?」
「ああ。確かに、そういう思考はしましたね」
「いい表現よね。それでね、こういう事が言えると思うの。猫ちゃんが主人公なら、その世界は猫ちゃんを中心とした小説であるって。その小説世界を扱ってるのが私なのよ」
やはり彼女は、妄想狂の方であろうか。あまり刺激しないように対応して、お帰り頂きたいと吾輩は思った。
「信じてないみたいねー。まあいいわ。猫ちゃんに取って、この世界は現実だものね。私の素性は措いておいて、用件を伝えて帰ります。猫ちゃんの将来についてです」
将来について、と来た。何だろうか、吾輩の不安を煽って生命保険に加入させるつもりか。
「猫ちゃんが面白い事を考えてるのは突っ込まないとして。前の章で猫ちゃん、龍之介くんと会話してて、思考してたじゃない。龍之介くんが成人する頃には、猫ちゃんは生きてないだろうっていう事をさ」
「ああ、そんな事も考えましたね。でもそれは、そういうものでしょう」
「その考えを、神様の端くれである私は否定します。猫ちゃんは百二十歳まで生きるのです」
「そんなに!?」
吾輩、びっくりして大声で反応してしまった。
「ちなみに猫ちゃんのガールフレンド、白ちゃんも同様ね。どう? 別に不都合は無いでしょ?」
「不都合があるかと言われましても……」
吾輩、検討してみた。不都合、不都合……あれ、特に無いのか?
「今は人間の平均寿命も延びてるんだから。猫の寿命が延びたって問題ないのよ」
「良いんですかね。周囲の人間から、吾輩がエイリアンみたいな扱いをされませんか」
「大丈夫よぉ、猫ちゃんの世界は優しいものなの。『あれ、あいつ長生きしてるな』で済むから」
気が付くと、小説の神様はキラキラと吾輩の前で輝きを増した。
「小説って色んな定義があるけど、つまりは自由なものなのよ。人それぞれの人生と同じでね」
どこか薄暗かった吾輩の夢の中は、神様の光に照らされ、鮮やかな色で再構成されていく。
「猫ちゃんの猫生は、猫ちゃん次第で、どうなるかが決まります。どうしてくれても自由なんだけど、私は明るく楽しい展開を期待したいわね。だって猫ちゃんは愛されてるんだから」
「愛されているというのは、神様からですか」
「神様からだし、私からだし、ガールフレンドの白ちゃんからよ。モテモテじゃない、嬉しい?」
光と化した小説の神様からは、にっこりと笑う気配を感じた。全く眩しくは無いのは夢だからか。光に照らされながら、これは希望というものが胸に満ちた状態かと吾輩は思う。
「この話が終わる頃に、また来るから。巻末で会いましょう、ラブアンドピースよ猫ちゃん」
前世紀のミュージシャンみたいな事を言いながら、自称・神様は姿を消していった。