1 猫ちゃん、小説の神様に遭遇する
あれから一か月以上が過ぎた。吾輩は猫であるから良く寝ている。つまり夢見術の研究も進んでいた。せっせと夜空の星から光を集めて希望を書いている。
希望とは何か。捉え方は様々であろうが、吾輩、それは質であると思う。
形あるものではなく、生きていく上で空気のように必要不可欠なもの。それがあれば快適な気分であり、それが無ければ絶望して他者を恨み憎むようになりかねないもの。
伝染病のように、気分というものも他者へと広がっていくのである。しかめっ面をしていれば隣近所も似た表情になってくる。こうなると社会的にも悪影響であろう。
漱石先生は病気がちで、その生涯も長いとは言えなかった。長生きは出来そうにないと自覚しながら、しかし漱石先生は小説作品の中に、常にユーモアを交えていたと思う。
死を身近に感じながら、それでも作品は比較的、朗らかであり続けた。健康に不安を抱えつつ、それでもベストを尽くした。猫の寿命は分からないが、吾輩もそうありたいと願っている。
とにかく希望、ここで吾輩が考える質の話だ。希望とは明るい性質の事であると言えば、少しは理解もされやすいだろう。闇夜の中で星が輝けば、その光は太古の昔から、人の心に希望を与え指針になっていたのである。今も朝のテレビでは星占いコーナーが盛んであるし。
夢の中で吾輩、想像上の筆先に星の光を集めて、夜空を黒地のキャンパスに見立てる。具体的な形としてではなく、ひたすらに良好な質を集め夜空に塗りたくる。感覚としては粘土細工の制作に近い。何が出来あがるのか自分でも分からないまま、日々をそう過ごしていた。
その時、夢の中で変化が起こった。これまで塗り続けてきた星の光が、白の塊となって、まるで生き物のように蠢きだす。ぽかんとしていると、光は人のような形、というか性質を帯びた。そして「やっほー」などと言い出した。どうやら吾輩は挨拶されたらしい。
「どうも、初めまして。それで吾輩に話しかけてきた、貴女は一体、誰ですかね。声は女性のように聞こえますが」
「私はねー、神様なのよ。小説の神様」
「そうですか。特に用はありませんので、お引き取りください」
「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉー」
自称神様は、しつこく吾輩に絡んでくる。
「そんな態度、ある? こういう時は普通、もっと驚いて会話して、話を進めるものじゃない?」
「ここは吾輩の夢の中であって、話とやらを進める義理も義務もありませんので」
何で他人に、吾輩の夢の中の展開を指図される必要があるのか。向こうも居座ってるので、仕方なく吾輩、しばらく相手をしてみる。
「神様というと、あれですか。トイレの神様とか、その辺りの親戚の方とか」
「その辺りの親戚扱いされた意味が分からないけど、あえて言えば、そんな感じよ。大上段に構えた偉い神様じゃなくて、もっとフレンドリーな存在ね。仲良くしましょうよ、猫ちゃん」
日本には八百万の神が居るというが、その中の一つであろうか。あるいは妄想狂の方だろう。