9.カルレイ侯爵の(迷惑な)溺愛
久しぶりの投稿です。
サウザリー公爵→シュナ→サウザリー公爵の順に視点が変わります。
コロナ禍で自粛が続く皆様の、少しの楽しみになりますように!
「リザちゃんが誘拐されたって――――っ!!?」
静かな筈のサウザリー公爵の執務室で、ダヤンの絶叫が響く。
「何でですか!?何でですか!?
リザちゃん、もう大人の姿になったって言うのに!」
身分的には彼よりも遥かに偉い面子が揃っている前で、ギルバートを問い詰めるダヤン。
シュナリザー・カルレイ侯爵令嬢(20)が長らく子供の姿を取っており、成人女性の姿になれたのはつい3ヶ月程前の話。まだまだ記憶に新しい話だ。
「落ち着けダヤン。そもそもシュナが何度も誘拐されかけたのは、子供だからじゃないぞ」
「ええっ!あんなに可愛いのにっ!?」
「確かにシュナは天使のように愛らしい!!しかしあのバカどもはそこに重点は置かないらしい」
「理不尽!」
「全くだっっ!」
腕を組み2人を眺めていたが、このままでは全く話が進まない。深くため息をついた。
「お前達、いい加減にしないか。問題点はそこじゃないだろう」
何時から我が息子はこんな風になったのか……。
「……メイソン」
名を呼ばれ、ゾクリと寒気がする。恐る恐る…しかし顔には出さない様にしつつ、来客用のソファを振り返ると、オリヴァー・カルレイ侯爵が柔かに微笑んでいた。
「君は私の娘が愛らしくないとでも?」
こ……この親バカめがっっ!!
「誰もそんな事は言ってはおらん!シュナは私にとっても癒しだ。ってそんな話をしている場合ではない、と言っているんだ!」
思わず額に青筋を立てる。
「いいか、今朝、魔術団に向かう途中を襲撃されたそうだ。今、護衛騎士を事情聴取しているが、随分な手練れが彼方側に居たらしい」
「手練れ?何の?」
ダヤンが疑問符を浮かべてギルバートを見やる。
ギルバートも詳しくは聴いておらず、首を横に振る。
「詳しくは分からん。しかし複数名で馬車を止めて、何故かシュナは大人しく襲撃者達に付いて行ったそうだ」
「姉様はどうしたんでしょうね」
カルレイ侯爵家令息のセオドアが首を傾げる。
「姉様だったら、複数名くらいの襲撃者なら軽く吹き飛ばせるのに」
カルレイ侯爵に似た、恐ろしく整った美貌の持ち主ではあるが、物腰も言葉も柔和で父親程の威圧感は感じられない。
因みに家族以外の者がいる場では、彼は姉を『姉様』と呼ぶ。
「だから、分からんと言っている。何かの背後関係があるかもしれない」
「どうせ東の者達だろう。前回あれだけ脅しをかけたと言うのに。愚かだな………」
おかしい……オリヴァーは微笑んでいるだけなのに、室内の温度がダダ下がりだ。
「………。一体何やったんでしょうね侯爵様」
「聞くのはやめておけ、ダヤン。好奇心は身を滅ぼす」
ギルバートの言葉に、薄ら額に汗をかいてダヤンはコクコクと頷いた。
「まだ襲撃者からの接触はない。こちらも出来る限り情報を集めるぞ」
―――早くしないとオリヴァーが暴走するからなっ!
言葉にならない私の気持ちを汲んだのか、ダヤンが密かに呟いた。
「もしかしてリザちゃんに何かあったら、この世界って滅ぶんじゃ………」
「何を言ってるんだ」ふふっとオリヴァーが笑う。
「シュナがいない世界など、存続する意味があると思うのか?」
笑顔に反比例する冷ややかな声に、ダヤンもセオドアも……そして私も背中に冷たい汗が流れる。
だと言うのに!
そこで頷くなギルバート……っ!!
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「カルレイ侯爵令嬢、ご協力ありがとうございます」
「ご招待を受けましたが………。コレは一体……」
困り果てて王宮の謁見の間を見渡す。明らかに高位貴族の方々が頭を垂れて私を囲んでいた。
そもそもの話は2週間程前に遡る。
魔術団からの帰宅途中で、ソレは訪れた。緻密に編まれた魔法陣から生み出された、命のない鳥。カナリアの姿をしたソレは、東の隣国の伝言を携えていた。
基本的に馬車の周りには守りの魔法陣を組んでいるから、何人たりとも侵入は出来ない。でも何やら必死な雰囲気を醸し出す、見た目は愛らしいカナリアに興味を引かれて中に呼び入れてみたんだけど。
「思った以上に必死だわ……」
指に止まったカナリアは、私を認識するとスルリと姿を変え一通の手紙となった。
必死過ぎておどろおどろしい雰囲気を醸し出す手紙を指で摘み、思わずため息をつく。
受け取った以上は見るしかないか…。
諦めて、その手紙を読み……もう盛大にため息をつくしかなかったわ。
要約すると、3ヶ月程前の誘拐未遂の件で、キレたお父様の報復があったとのこと。
そもそも誘拐自体が隣国の一部の貴族の暴走によるものだったため、国を挙げて真摯に一貴族でしかないお父様に謝罪を申し入れたが、手酷く撥ね付けられたそうだ。
しかしお父様の報復はなかなかエグいらしく、このままでは国が立ち行かなくなると。
要するに私に泣き付いて来た訳よ!
コレってどうなの?自業自得じゃないの?
―――とは思った。思ったけど、隣国の国民には非はないし。
おバカな貴族の所為で民に迷惑がかかるのは、如何にも後味が悪い。
東の隣国としてはこっちに出向いてでも謝意を表したいと思っているけど、お父様とギルバートの守りが硬過ぎて国に脚を踏み入れる事すら難しいらしい。
であれば是非とも東に来て頂き、釈明と謝罪をさせて貰えないか、だって。
「どうしましょうか……」
頬に手を当て、首を傾げる。
例え私が口添えしても、お父様は東には行かないと思うのよ。
となると。強制的にお父様を引っ張り出そうと思うなら、私が誘拐された事にすれば早いのかしら?
後から思うに、この場にセオドアがいたら、高速で首を振っていただろう事を考える。
取り敢えず。サラサラとその場で魔法陣を組み、東へ承諾の意とお父様を引っ張り出す案を提示した訳なんだけど。
何故、この様な状態になるんですかね?
「ご足労頂き、誠に申し訳なく思います」
隣国の宰相様が申し訳なさそうに言う。
「いえ、それは良いのですが……。もしかしてお国の状態は、結構深刻なのですか?」
「それは……あの、はい。我が国は広大な土地を生かして、農産物を国の事業の要としております。
しかしこの度カルレイ侯爵の怒りをかい、一切の作物が育たない状況と成りまして……。
最早、国が滅亡するのも時間の問題となっております」
―――――――お父様…………。
物事には限度というモノがありますよ?
「そうなのですね。分かりました。取り敢えず、家の者に東に居る事、お父様自身に来て頂く事を連絡しますね」
「重ね重ね申し訳ありません」
額に汗をかきながら再び頭を下げる宰相様を見つつ、家への伝言を飛ばす。優雅に羽ばたくカナリアを眺めながら、隅に控えている騎士達の囁きを耳が拾う。
「あの侯爵家の令嬢にしては真面?」
「ヤメロ。何も言うな。あの侯爵家の令嬢だぞ?何を起こすか分からんぞ」
ヒソヒソ話してるけど、聞こえてますよ?
「あら?」
つい今し方カナリアを飛ばしたばかりなのに、速攻で返事が来た。セオドアからみたい。
「………」
封を解き伝言を見る。
私はその時、自分の考えの甘さを痛感した。
はい、思い知りました。本当にごめんなさい、東の方々………。
「……大変申し上げにくいのですが。あと一刻程で父が到着するそうです」
「……は?あと一刻!?」
目を剥く宰相様。
「何やら随分お怒りらしく……。あ、でもちゃんと此方に来られたので、結果的には良いのかしら?」
「「「やっぱり、あの侯爵の令嬢だった――っっ!」」」
恐慌状態の方々には悪いけど、後は皆さまで頑張って頂こう。うん。
因みにここは謁見の間。勿論東の国王陛下もその場におられたが、怒れる我が父が来る事を知り静かに目を剥き魂を飛ばしておられた。
こんなに恐れられるお父様、一体何をなさったのやら………。
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「それで?」
優しげな微笑みを浮かべいるのに、声は絶対零度の冷ややかさでオリヴァーが促した。
「こ………この度はご足労頂き……」
失神しそうな宰相を尻目に、オリヴァーは容赦なく我が道を行く。
「態々呼び立てたのだ。勿論、国が滅んでも依存はないのだろう?」
疑問形ではあるが、これはオリヴァーの中では決定事項か……。
「要件をお聞きしましょう」
オリヴァーを抑えるように宰相に声をかける。
今回の隣国への訪問は、勿論国王陛下には報告済みだ。
誰がオリヴァーに付き添うかとの話になった時。集まった貴族連中は静かに私を見た。
お前ら…………っ!
思わず睨みを効かせると、皆さっと視線を逸らした。逸らしたのだが、陛下には通用しなかった。
「ではサウザリー公爵、其方にカルレイ侯爵の付き添いを頼む。しかと話を付けてくるように」
―――何がなんでもオリヴァーを抑えろ!
言外の陛下の意向を感じ、げんなりとする。しかし否と言う訳にもいかぬ。
「畏まりました」と言うしかないだろう………っ!
「今回、カルレイ侯爵令嬢を拐かそうとしたのは、確かに我が国の貴族でした。しかし国の総意ではありません。勿論一部の貴族の暴走を止める事が出来なかった我が国に非はあります。
それに対し、心からの謝罪と賠償をしたいと考えている………」
「私が聞きたいのは1つだけだ」
「な……何でしょう?」
「どの様な形での滅びを望むか、だ」
その言葉に、東の国王も貴族連中もサッと青褪める。
想像以上のオリヴァーの怒りに、私も一瞬言葉をなくした。
「まぁ、お父様」
そんな時、可愛らしい声でシュナがオリヴァーに声をかけた。
「民に非はありません。余り迷惑をかけるものではありませんわ」
ころころと鈴を転がす様に笑う。
「あんまり酷い事をなさるお父様は………嫌いですわ」
「!!!!!!!」
優しげな微笑みでトドメを刺すシュナは、やはりオリヴァーの子なのだな。
片眉を上げて、親子のやり取りを眺める。
表情を変えないまでも、明らかに動揺しているオリヴァーは。
「シュナちゃーん。お父様は君のためを思って……」
「嫌いになりますよ?」
小首を傾げるシュナ。ぐっじょぶだ!
娘に物凄く弱いオリヴァーは、これで呆気なく陥落した。
うむ。シュナがいれば、この世は平和だな。
うんうんと1人頷き、東の国王と宰相に向かいあう。
「カルレイ侯爵も納得したようですので、話を詰めましょうか」
ここまでくれば、後はどうとでもなる。交渉は私の得意分野だ。
そんな私の背後では。
「お父様、随分此方の皆さまに恐れられていますが、一体何をなさったのですか?」
シュナが不思議そうにオリヴァーに尋ねていた。
オリヴァーはふっと笑い、
「ちょっとシュナには言えないヒミツの事」
―――と、言っていた。
土地に不毛の呪詛をかけた事は知っているぞ、オリヴァー!
色々思う所はあるが。
コレだけは言わせて貰おう。
オリヴァー、溺愛するにも程がある!いい加減に娘離れしろっっっ!!!?
読んで頂きありがとうございました。
明日の夜にでも活動報告に、ショートショートをアップしたいと思っています。
宜しければお立ち寄りくださいませ。