8.懐かしい記憶
お待たせいたしました。
「ちょっと〜っ!!リザちゃん、何事っ!?」
思わず動揺して実験室で叫んでしまった。
「ふふ、ダヤンを驚かせる事に成功したのなら、これも良さそうね」
幼い子供特有の、甘さを含んだ柔らかいリザちゃんの声。あまりにも可愛くて、ついヘラリと笑ってしまう。
いや、違うっ!
「びっくりするよ!何で更に縮んでんの!?可愛すぎるでしょう!誘拐されたらどーすんのっ!?」
「え、えええ、感想がそれ?」
不服そうなリザちゃんだけど、当たり前じゃないか。
今年19歳のリザちゃんは、魔力のために成長が止まって8歳児の姿だ。
だけど今目の前にいる彼女は、それより更に幼い5歳くらいの年頃に見える。マジ天使!
「見た目の年齢を操作する魔法陣を編んでみたの。過去の自分の姿になら、何歳でも設定できるのよ」
両手を広げて、どう?と小首を傾げる様は、今すぐ映像保存の装置を最速で完成させたい程に尊い。
だけどそのリザちゃんの姿に、自分の古い記憶が刺激された気がした。
余程怪訝な顔をしていたのか、リザちゃんはしょんぼり項垂れてしまう。
「この魔法陣、ダメかしら?一応犯罪で使用されるのを予防するために、作用時間も設定する予定なんだけど………」
「あ、ごめん。魔法陣自体は素晴らしいと思うよ?そうじゃなくて、リザちゃんのその姿に、何か見覚えがあるような気がして………」
俺の言葉にリザちゃんはキョトンとした後、くふふと口元を押さえて笑った。
「そうか、ダヤン忘れてるものね。えっと確か……」
ゴソゴソと作業台の横にある袋を漁り、何かを取り出す。角砂糖くらいの真四角の物体を自分の頭の上に置いて、チョンと人差し指で突いた。
するとシルバーブロンドの彼女の髪は、あっという間にブルネットに変わった。
どういう仕組みか分からないけど、リザちゃんの紫紺の瞳も、やや青みの強い緑へと変化する。
「………っあ!!」
「思い出した?」
悪戯が成功した様に笑うリザちゃん。そうか。あれはリザちゃんだったのか。
可愛らしい顔はそのまま、すっかり雰囲気が変わった彼女の姿に、14年前の出会いを思い出したのだった。
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「ごめんなさい!!」
幼い声が聞こえて思わず下を見ると、そこには庶民とは思えないくらい顔が整った幼女がいた。下町の中でも特に犯罪率が高い地区に、余りにも似つかわしくない。おそらく5歳前後の彼女は小さく、俺の視界に入らずにぶつかってしまったらしい。
「ごめん、見てなかった!怪我はない?」
慌てて彼女を引き起こし、汚れてしまったワンピースの裾を払う。
「大丈夫。どうもありがとうございます」
「って言うか、親は近くに居るの?まさか1人で彷徨いてる訳じゃないよね?」
こんな小さな子の側に大人がいない事を不審に思って尋ねると、彼女は不服そうに頬を膨らませた。
「今、私は実験中なんです。大人が居たら出来ないんですもの、当然1人です」
いやいや、当然って何だよ。
「聞くのが怖いけど、実験って何?」
「お父様が、街中は変な人が沢山いるから1人で動き回っちゃダメだよって仰るの。
私はあちこちを見て周りたいのに、あそこはダメ、ここもダメって煩いのよ?だから街にどの程度変な人がいるのかな〜って調査してるの」
ふふん!と胸を張ってドヤる幼児。ダメだろ、これは!
「あのな変な人って、犯罪者から性的変態まで幅広いんだぞ。っつーか、攫われて売り飛ばされたら調査どころじゃないだろ?」
「………あら?」
彼女はぱちくりと瞬く。身の危険の可能性を考えていなかったのか。
ため息をついて、ポンと彼女の頭に手を置いた。
「この場所も十分危険な地区なんだよ。安全な所まで送ってやるから、行こ」
「うん」
素直に頷いた彼女の手を引き、警備隊の駐屯地まで連れて行こうと考える。と次の瞬間、激しい衝撃が襲い、反動で吹き飛んだ身体は建物の壁に衝突した。
「………っ!!な……に?」
頭もぶつけてしまった所為で、クラクラと視界が揺れる。呻きながら何とか顔を上げると、1人の男に連れ攫われようとしている彼女が見えた。恐怖のためか、泣きそうに顔が歪んでいる。
くっそっっ!!
反射的に起き上がり、彼女の腕を掴んでいる男に体当たりをする。不意を突いたとはいえ、まだ子供の範囲にいる俺の体当たりでは、相手を少しふらつかせただけだった。
しかし一瞬男の腕の力は弱まり、その隙に彼女はスルリと逃げ出す事ができた。
「小僧っ!余計な真似をしやがって!
「逃げろ!早くっ!」
激昂した男が俺の胸倉を掴む。今のうちに!と俺が怒鳴りつける様に彼女へ叫ぶと、ビクンと身を震わせた。そして身を翻して逃げるか、と思いきや………。
彼女は空に向かって、大きな声で叫んだのだ。
「おっ父様ーーーーっ!!変態さんがいまーーーすっっ!!!」
っはぁぁぁっ?!!
何やってんだっ!と思わず目を剥く。誘拐犯の男も、予想外だったのか、唖然と彼女を見ている。
ふわり………。空気が揺れた……と感じた瞬間、俺の胸倉を掴んでいた男が姿を消した。
ドゴンっっ!!!!
俺の時とは比べ物にならない程の衝撃音が、少し離れた家の壁から聞こえる。
え?とその方向を見ると、男は壁に半ばめり込む様に貼り付いていた。当然、壁には亀裂が入り、砕けた漆喰がパラパラと落ちている。
恐る恐る横を見上げると、片脚を蹴り上げたままの状態で保持する男性がいた。
秀麗な顔の、明らかに貴族と思われるその男性は無表情で、冷ややかな雰囲気を漂わせている。圧倒される程の存在感に、俺は身動きが出来なくなった。
「変な人の中でも、変態はダメだよねぇ、変態は」
やれやれと、芝居がかった様子で肩を竦めると、ちらりと俺をみた。
「君、大丈夫かな?」
ころりと表情を変え、ニコニコ笑顔で尋ねる。その変化に、背筋が凍る気がした。固まってしまって、碌に返事ができない俺の前に彼女が戻ってくる。
「お父様、ありがとうございます」
「シュナちゃん、1人でのお出かけはまだ早いって父様が言ったのを覚えてる?」
「お父様がそうお話されていたのは、勿論覚えています。でも『何かあった時は大きな声でお父様を呼びなさい』とも仰ったから、話しの前振りかと思っていました」
こてんと首を傾げる彼女に、父親であろう彼は大きな溜息を吐きつつ、額を掌で覆い空を見上げた。その様子を不思議そうに眺めたあと、シュナと呼ばれた彼女は俺の近くにストンとしゃがみ込んだ。
「助けてくれてありがとうございます。あなたに痛い思いをさせてしまって、ごめんなさい」
申し訳なさそうな顔に、苦笑いで答える。
「大丈夫だよ。結局なんの助けにもならなくて、ごめんね」
「いいえ、損得関係なく助けてくださるなんて、本当に嬉しかったの。このお礼は必ず……」
「さて、シュナ。帰るよ」
父親に抱き上げられた彼女は、にっこり微笑み小さく手を振ってくれた。俺もつられて手を振り、立ち去る親子を見送る。
一刻にも満たない短い時間の出来事なのに、何て言うか濃い関わりだったなぁ。
あちこち打撲で痛む身体を宥めつつ、俺も帰宅して………。時が経ち、すっかり記憶は頭の片隅に追いやられていっていた。
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「忘れてる様だったから、敢えて言わなかったけど。あの時は本当にありがとう。今更だけど、あの後身体は大丈夫だったの?」
「全く問題ないよ。あれから少し経って侯爵家から報奨金も頂いたしさ。こっちこそ、何にも出来なかったのに、申し訳なかったなぁ」
「今も昔も、ダヤンは変わらないわね」
嬉しそうなリザちゃんの姿に、先程蘇った思い出を重ねて懐かしさに目を細めた。
その時トントントンと扉が叩かれ、「ギルバート・サウザリー様がお見えです」と告げられる。
「あら、珍しいわね、どうしたのかしら?取り敢えず、お通しして下さい」
はっと我に返る。
「リザちゃん、ちょっと待ったーーっ!」
「失礼する」
俺が制止の声を上げるのと、扉が開くのはほぼ同時だった。
あああああああっ!!
「っっっっ!!!」
大きく目を見開いたギルバート様は、騎士に在るまじく動揺を露わにして言葉を詰まらせた。
お・そ・か・っ・た〜〜っっ!!
がっくり肩を落とす俺の後ろ襟をがしっと掴み、素早く復活したギルバート様は、
「シュナ、悪いが彼に用がある。暫く借りるが、良いか?」
と言い置き、リザちゃんの返事も待たずに、ズルズル俺を引きずった。
「あ、はい……?」
びっくりした様子で頷くリザちゃんは、よく理解ができないまま、あの時と同じ様に『バイバイ』と俺に小さく手を振ってくれた。
あー可愛い……。
じゃなくて!!ギルバート様を止めてよリザちゃん!!!
可愛い可愛い5歳児姿のリザちゃんの姿を、誰よりも先に目に入れた咎で、俺、処刑されちゃうよ〜〜っ!!
読んで頂きありがとうございました。
このお話で完結と致します。
皆様へのお礼を込めて、後ほど活動報告にショートショートを上げてみようかと思っています。
お時間がありましたら、お立ち寄り下さい。