5.ダヤンとシュナリザー(過去編)
ちょっと真面目な感じです。
俺は妾腹の子で、父である伯爵は俺の存在を無いものとして、一切連絡をしてこないような男だった。
そんな父親であったから俺は認知されておらず、当然俺の身分は庶民。しかし父親が貴族だったため、魔力は受け継いでしまっていたようだった。
魔力の何たるかも知らなかった俺は、ある時を境に身体の内側から蝕む何かに苦しめらる事になる。
多分、その時期に魔力が目覚めたんだろう。
じわじわと何かが身体を毒しつつ、這い回る様な悍ましい感じ。
払っても払っても纏わりつく感覚に、苛立ちから俺は随分暴れ回っていたと思う。
そんな俺を見て母は何かの病かもしれないと、藁にも縋る思いで神殿の門を叩いた。
その結果、原因が魔力であると判明したのだった。
魔力を持つ者は、その力が心身の成長に影響を及ぼすために、神殿での判定後は速やかに魔力制御について学ぶ。
魔力は庶民が持つ事は皆無であり、貴族だからこそ幼な子に学べる環境を提供できるのだが。
しかし俺は庶民であり、そんな環境など夢のまた夢でしかなかった。
母は何度か父である伯爵に嘆願したらしいが、向こうは無言を貫いていた。
そもそも望まれない貴族の庶子は、大体が魔力によって身を滅ぼしていくと聞き目の前が真っ暗になる。
救いの無い毎日。日々身体を、心を蝕む力に、もはや俺は発狂寸前だった。
苦しい!
何とかして欲しい!!
早く終わらせてくれ!!
もう自分という形を保つには暴れるしかなく、そんな自分に絶望していた。
そんな時に出会ったのが、教会に魔力判定の為に来ていたシュナリザー・カルレイ侯爵令嬢だった。
丁度ひと暴れした後の、血まみれな俺をキョトンと見上げ、可愛らしい声で話しかけてきたのだ。
「大丈夫?怪我をしたの?」
「シュナ!」
気付けば怪しい男に話しかけている娘に、侯爵は鋭く声をかけ静止を促した。
そして素早く護衛騎士に娘の身を守らせる。
「シュナ、側を離れてはいけないと言っただろう。
何故君はそんなに1人で動いてしまうのかな?」
嘆息しつつ娘の頭をなでる。
「だって皆様、私が興味ある物に近付こうとすると止めようとするんですもの。面白くありません」
「それが護衛の仕事なんだけどね」
そして俺に視線を向けると、目を眇めた。
「成る程、魔力障害か。随分暴走させているね」
「お父様、魔力障害とは何ですか?」
「コントロールできない魔力が、身体の中で暴れる事だよ」
侯爵の説明を聞き、彼女は再び紫紺の美しい瞳で俺を見た。
「貴方は魔力制御を修めていないの?」
「俺は貴族じゃない」
睨みつけ吐き捨てる様に言う俺に、侯爵令嬢は臆することはなかった。
「お父様、彼に知識を与える事はできませんか?」
暫く俺を眺めたのち、彼女は父親へそう言った。
「シュナ、それは彼の血族の者達が担うべき事だ。他家の領分に踏み込むべきではないよ」
「あら、担うべき方が責任を放棄なさっているから、彼はこの状態ではありませんの?
それに……」
もう一度俺を見ると、にっこりと微笑んだ。
「魔力がある者が全て優秀なんて事はありませんが、優秀な方は大体が強い魔力をお持ちですもの。
彼はとても力が強そうです。次世代を担う方の育成も、高位貴族の努めかと」
「君、まだ8歳だよね?どこで、そんな事を学んだの?」
呆れた様な侯爵に、彼女はふふん、と胸を張って答えた。
「侯爵家の家庭教師の皆様は優秀ですもの」
得意げな様子に、侯爵は微苦笑を漏らした。
「やれやれ。子の成長は嬉しい様な寂しい様な、複雑な気持ちだね」
そして彼は表情を改め、自分の娘を見下ろした。そこには笑みはなく、政に関わる厳しい貴族の顔があった。
「でもシュナ、その言い分だけでは私は動けないよ。貴族の努めは、育成だけではないからね」
「勿論です。ここで私はお父様にお約束いたします。私は今後魔術学を学び、新規の術式を必ず編み出します。だって数百年振りとなる全属性の魔力の持ち主ですもの。絶対成し遂げれますわ」
ふふっと笑い、彼女は父親を見上げた。
「その為には助手となる者が必要なの。先行投資をお願いします、お父様」
その言葉に、侯爵は額に手を置き天を仰いだ。
「嫌だな〜成長が速すぎるよ。あっと言う間に私の元から巣立ちそうだね、君は」
はぁぁぁと深い溜息をついた後、全く状況について行けない俺に侯爵は言った。
「さて、君。我が家のお嬢様のたっての願いだ。先行投資しよう。魔力制御を学ぶ気はあるかね?」
状況は理解できなかったけど、とてつも無い幸運が転がり込んできた事は分かった。
「ある!あ、いや……あります。是非お願い致します」
食い気味に返事をしてしまい、慌てて言い直す。
侯爵は面白いモノを見つけたと言わんばかりに、ニヤリと笑った。
「良かろう。では、その様に取り計ろう」
そして側に控えていた、パリっとしたスーツを着た男に何かを耳打ちし指示を出した。
その間、侯爵令嬢はニコニコしながら、俺を見守っている。
良くは分からないが、俺はこれからの人生の可能性を手に入れたらしい。
呆然と侯爵を眺めていると、彼女はそっと俺に近付いて話しかけてきた。
「良かったですね。魔力制御を学ぶのは大変と聞きますが、是非頑張ってください」
「何で?何で、俺に………」
「ふふ、秘密です」
「シュナ、そろそろ行くよ」
侯爵が彼女に声をかけ移動を促す。
「ああ、君は自宅に戻りなさい。明日にでも連絡があると思うから、指示に従いなさい」
「はい」
「そうそう。制御できる様になる迄は、まだ時間がかかるからね。これをあげよう」
俺の掌にコロンとした感触の物が乗る。見るとオニキスがついた指輪だった。
「魔力の流れを整えてくれるアイテムだ。少しは魔力障害も楽になるだろう」
まぁ頑張りたまえ、と言い置き、彼らは立ち去っていった。
暫く魂が抜けたかの様に立ち尽くしていたが、はっと我に返る。
指輪の効果なのか、身体を這い回る様な不快な感じが治り、代わりに在るべき方向に何かが流れている感覚があった。
これが、魔力。
ふぅっと肩の力が抜ける。
明日、本当に連絡があるのかは分からないけど、この指輪を得ただけでも幸運だ。
そして。
彼女は全属性の魔力を持っていると言った。だとすると、随分膨大な力があるのだろう。
侯爵令嬢が本当に新規の術式を編み出せるかは不明だが、成し遂げれば得られる利益は膨大だ。助手だろうが下働きだろうが、側にいる事で得られる恩恵は計り知れない。
ならば、手に入れた幸運を全力で活用させて貰おう。
そう腹を括り、俺は人生で初めて明日という日を心待ちにしたのだった。
結論として、翌日ちゃんと連絡があった。
しかし、それは侯爵家からではなく、伯爵家からのものだった。
何故か父親は長男に家督を渡し、領地に引っ込んだという。
そして俺は伯爵家に迎え入れられて、魔力制御や魔術学について学ぶ事になった。
あれきり彼女に会う事はなく時は流れた。
例の侯爵令嬢は本当に魔術団に所属する事となったという。魔術団団長を務める長兄の勧めで、俺も彼女と同時期に魔術団に入団を果たした。
10年振りに会う彼女は………驚く事に身体的な成長を全くしていない、あの時のままの姿で魔術団にやってきた。
そして、あの時と変わらない澄んだ微笑みを俺に向けてくれた。
「貴方、ダヤンね?お久しぶり。きちんと魔力制御を学べたようで、本当に良かった」
「カルレイ侯爵令嬢、その節はありがとうございました」
「ふふっこれからは同期の魔術師ね。宜しく」
可愛らしく笑う彼女は、それ以降あの時の侯爵との約束を果たすかのように研究に没頭し始めた。
一生懸命な彼女を見ていると、何故か胸が熱くなる。出会ったあの日に浮かんだ利己的な考えは、今は欠片もなくて。
ひたすら、彼女の為に何かをしてあげたかった。そして………。
コロコロと変化する表情を見ていたい。
次々に編み出される術式の成功を、側で支えたい。
不思議とそれは純粋な好奇心と好意であり、邪な下心はなかった。
だからだろう。
ギルバート・サウザリー公爵令息から、彼女に関する件で依頼が舞い込んでしまった。
始めは断ろうと思ったけど。変な男が彼女の周りを嗅ぎ回るのも腹立たしい。それ位なら、俺が公爵令息に渡す情報をコントロールして、彼女の負担にならない様にした方がマシか………。
そう判断して、公爵令息の依頼を受ける事にした。
「リザちゃーん!また昼メシ抜いただろう。そんなんだと集中力も落ちるよ」
直ぐに周りが見えなくなって、研究に没頭してしまうリザちゃん。ササッと差し入れのサンドイッチを机に並べると、手を止められて不貞腐れたリザちゃんがモソモソと食べ始める。
何してても、ほんっと可愛い。
貴方がくれた、俺の未来、希望、可能性。どんなに頑張っても返しきれるモンじゃないけど。
願わくば、貴方が幸せになるまで側で手伝わせてね。
読んで頂きありがとうございました。
ちなみに、シュナリザーがダヤンに救いの手を差し伸べたのには、ちゃんと理由があります。
でも、それはまた別の機会に‥‥。