1.シュナリザー
「シュナリザー・カルレイ様、少し宜しいかしら?」
城内の回廊をちょこまか急ぎ足で歩いてると、背後から声をかけられた。
思わず内心でちっ!と舌打ちする。
令嬢らしからぬ態度だから、表だってはしないけどね!
くるりと振り返り、声の主を見上げた。
「何か御用でしょうか?」
目の前には、どーん!と派手派手しいドレス達が立ち塞がっていた。
「僭越ながら申し上げますわ。いい加減にギルバード・サウザリー様との婚約を解消して頂きたいの」
「貴方みたいな方と今まで婚約を結んでこられたギルバード様の優しさに甘えるのも、そろそろお止めになった方が宜しくてよ」
明らかに見下した態度で令嬢が言い放つ。
「はぁ」
ギラギラ戦闘態勢の令嬢に対して、私は気のない返事を返した。
王城には、この様な御令嬢が定期的に湧いて出てくる。
誰か早々に駆除して欲しい。
そんな私の態度が気に食わない彼女達は、一斉に罵り始めた。
「ギルバード様がお優しいからと言って、甘えたい放題の貴方は何さまなの!?」
「身分はギルバード様が上でも、誠意を持って婚約解消の意をお伝えすれば、あの方はご理解されますのに!何て、我儘で自己中心な方!」
「この様なちんちくりんな貴方を、ギルバード様が相手なさるはずないのに、お分かりではないとは」
「麗しき騎士であるギルバード様の隣に立てるお姿と思っていらっしゃるの!?」
何とまぁ、言いたい放題ですね。
だけど彼女達の気持ちも、分からなくもない。
ちんちくりん。正にその通り!
現在、花も恥じらう20歳だというのに、私の見た目は8歳の時で成長が止まった状態だ。
それなのに、サウザリー公爵家令息と婚約を結んだままというのは、確かに腹も立つだろう。
私の成長が止まったのは、膨大過ぎる魔力のせい。
大抵の子供は7歳から10歳くらいの間で魔力が目覚め、神殿で魔力の属性や量の測定を行う。
私も8歳で魔力が目覚め、ワクワクしながら家族と共に神殿に向かった。
そこで下されたのは、全属性という稀有な力と膨大過ぎる魔力によって、成長へ影響を及ぼすだろうという診断だった。
小さな身体ではその力を制御できないため、無意識下で魔力を圧縮してしまうらしい。身体に魔力が巡ることで心身の成長は促されるのだが、圧縮していては魔力の巡りは悪くなる。
その結果、身体の成長も遅くなってしまうのだ。
だから、私は8歳の時の姿のまま。
しかし同じ歳だったサウザリー様は滞りなく成長し、見目麗しい青年となっていた。
そうして私との見た目の差から、こうして次の婚約者の座を狙った令嬢からの攻撃を受けるハメになったのだ。
面倒臭いなー。うんざりと御令嬢方を見上げてため息を飲み込んだ。
「この婚約に異議がお有りなら、公爵家へお申し入れくださいませ。御用件がそれだけなら失礼しますね」
言い捨てて、さっさと踵を返す。
廊下の角を曲がる。目的地まであと少しだけど、曲がった先に通行を妨害する人物が立っていた。
「シュナリザー主任、お疲れ様です」
笑いを堪える男、部下のダヤンの脛を思わず蹴飛ばす。立ち聞きしていたな、お前。
「煩い」
アイタタと脛を摩り、ダヤンは私が抱えていた書類を取り上げて、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「噂のサウザリー家からのお迎えが来てますよ。何かお約束があったのでは?」
「ああ、もうそんな時間?仕事捗らなかったなー」
嘆息する私に、ダヤンは表情を変え可哀想な子を見る目で眺めてきた。
「主任がその姿で仕事が〜って嘆くと、なーんか哀れになるんですけど。サウザリー家での用事は長くなるんですか?」
「あ、いや……」
ここから馬車場までの最短距離を考えつつ、私は走り出した。
「ちょっと婚約解消してくるだけ。書類は、進めれる所まで片付けておいて!」
「は?え?………ええええ!???」
唖然とするダヤンを捨て置き、サウザリー家に向かうのだった。
サウザリー家到着後、華やかな花が咲き乱れる温室に案内される。
私はこの場所が大好きで、公爵家でのお茶会は必ずと言っていい程この場所で行われてきた。
この綺麗な場所も、もう見納めかぁ。
感慨深く辺りを見渡す。この婚約を解消したら、私は今後お一人様街道まっしぐらだ。
でも手に職はあるから、生きていくのには問題ないと思う。
私は、その身の内にある膨大な魔力を活かすために、魔術団に所属している。
この団体は7割変態、2割変人、1割その他の性癖の方々なので、幼女姿の私が紛れていても然程目立たない………と思う。………多分。
ちなみに私は、この性癖分布では、その他に属していると思う。……………多分……?あれ?
「待たせたな」
不意に声がかかる。視線を上げるとギルバード・サウザリーが目の前に居た。
「サウザリー様、お時間を頂きありがとうございます」
幼女姿のため、椅子に座ったままの挨拶を許可されている。
「ああ」
低い声で頷くと、彼も真向いの席へ座った。
「で、用件は?」
素っ気なく言い放つサウザリー様。
お互い5歳の時に結ばれた、この婚約。私が成長する可能性が低いと診断が下っても、万が一成長した時に得られる利益を加味して、そのままになっていた。
しかし先日、我が家の主治医と神官様から、20歳迄に変化が見られない現状を踏まえ、恐らく一生このままの姿だろう、と宣告されたのだ。
となれば。この婚約を継続するのは難しい。
何と言っても、永遠の8歳児では子を成す事はできないのだから。
成長が止まってからは、サウザリー様との関わりも必要最低限となっていたから、彼も漸く解消できると喜ぶだろう。
何と言っても、私が嬉しい!
もう、あの嫌味ったらしい御令嬢方と関わりを持たなくて良いのだ!
思う存分、魔術の研究に時間を割けるのだ!
ひゃっほうっ!!
いや、落ち着け自分。
喜びを噛み締めつつ、表だっては粛々とサウザリー様へ婚約解消の書類を渡した。
「公爵様へは既に私の父からお話は伝わっております。
先日、主治医と神官様から最終診断を受けました。私の成長は、これ以上望めないそうです。
ですので、格下の私から申し上げるのも失礼だと承知しておりますが、この婚約を解消して頂きたくて参りました」
ぴくり、とサウザリー様の眉が動く。常に無表情の彼にしては珍しいな、と思わず見つめる。
「婚約解消、か。侯爵殿は何と仰っている?」
「父は私の思うように、と」
「そ…うか」
苦虫を噛み潰した様な表情が意外すぎる。
「私の方でも、父と話を詰める。この話は一旦預からせて貰おう。ところで……」
言葉を区切り、ふと言い淀むサウザリー様。何だろう、今日の彼は本当にらしくない。
「シュナ。お前は今日この時に至るまで、ついに私の名を呼ぶ事はなかったな。何故だ?」
彼の真っ直ぐな眼差しを受け、少し動揺する。
敢えて、呼ばなかったのは。
自分に自信がなかったから。
私は婚約の顔合わせの時から、彼の事は好きだった。
恋愛の意味ではなくて、側にいると落ち着ける雰囲気が好ましかったのだ。
でも、あの8歳の時。成長できない可能性が分かり、私は彼の名前を呼ぶのをやめた。
だって、淡い恋心が芽生えていたから。
でも成長できなかったら、この関係は終わる。
なら、初恋のまま。これ以上好きにならないように。
でもきっと、今まで通りの関わりを続けてしまうと、私はもっと彼を好きになる。
好きにならないでいる自信が、私にはなかったから。
苦い想いを秘めて、サウザリー様を見た。
「解消する可能性があるなら、立ち位置は明確にしておかないとご迷惑かと」
淡々と答える。
「…そうか」
相変わらずの無表情だけど、心なしか萎れた様に見える……?
騎士団に所属しているサウザリー様は、いわゆる細マッチョ。筋肉の付き方は凄く好みな分、萎れてしまうと、何となく落ち着かない。
ザワザワと騒めく気持ちを抑えて、私は立ち上がる。そしてサウザリー様に微笑んでみせた。
「この婚約に関しての公爵様のご意向は、どの様な形でも受け入れます。15年間、ありがとうございました」
「………っ」
一瞬、何か言いたそうな表情をしたけど、続けて言葉はなく、私は彼に一礼してその場を後にした。
さぁさぁ気を取り直して!これから自由よ!
こんな姿でも公爵家の婚約者だったから遠慮してたけど、今日から自由に研究三昧!
もう、お肌のコンディションを気にせず徹夜したって良いし、白衣の下の衣装に気を使う必要もない。
時間が限られていたから、遅々と進まなかった研究が片付くと思うと表情が緩む。
緩みっぱなしの顔を左手で押さえ、王城からきた迎えの馬車に乗り込もうとした。
その次の瞬間、馬車の内側から腕が伸び、私を引き摺り込む。同時に物凄い勢いで馬車は走り出した。
うえ?え?何?何!?
びっくりし過ぎて、状況が理解できない。
そんな私の腕に、カシャンと音を立てて手錠がかけられた。はっと腕を見ると、魔力を封じ込める紋が刻まれており、自分の迂闊さを呪った。
私の強い魔力は、他の追従を許さぬ程であり世界でトップを誇る。
隙を見せれば他国に誘拐される可能性があるから、十分気を付けていたのに!
研究三昧の日々を想像して、気が緩んでた〜っ!!
ぐぬぬぬ、と間抜けな自分を呪いつつ、目の前のフードを被った男を睨んだ。
「そんなに睨むものではないよ。可愛い顔が台無しだ」
飄々とした態度の男は、私を見てふっと笑った。
「流石はカルレイ家の御令嬢だ。泣かれるのは面倒だと思っていたけど、君ならその心配もいらないね」
「あんまり有り難くない褒め言葉ね。因みに何処に向かっているの?」
「んー、詳しい事は後でね。取り敢えず今日は、東の国境近くまで移動するから。小さい身体で大変だけど、頑張って」
それ以上の情報は得られず、沈黙が馬車の中を支配する。
使い潰す気なのか容赦なく馬を走らせており、窓から見える景色は飛ぶ様に流れていく。
ちらりと手錠に目を向けた。割とエグい紋を重ねて刻んでいる。
これは解けないなぁ。
ため息をついて、背もたれに身体を預けた。
どう足掻いても無駄なら、今後のチャンスのために体力を温存しておこう。
無駄な時間ができてしまうと、ふとサウザリー様の事が頭に浮かんだ。
彼も公爵家の跡取りだから、早々に次の婚約者が決まるのだろう。
そう思うと、チクンと胸が痛む。
と、その時。
耳を劈く爆音が響き渡り、馬車が大きく傾いだ。
人が感傷に浸ってる時に、何て事するの!?
同乗していたフードの男も、動揺が隠せず叫び声をあげた。
「何だ!?どうしたんだっ!」
その問いに答える声はない。
バキン!と金属音を立てて馬車のドアが吹き飛ぶ。そして乗り込んできた人を見て唖然とした。
「人の婚約者を攫っておいて、どうしたとは何事だ」
サウザリー様は変わらずの無表情なのに、背後に何かドス黒いものが立ち昇って見える。
え、やだ怖い。
被害者であるはずの私も、思わずびびって身体を竦める。
馬車の片隅でぴるぴる震える私を見たサウザリー様は、更に眦を吊り上げフードの男を掴みあげた。
「私の婚約者を、ああも怖がらせるとは万死に値する。速やかに死ね」
イヤイヤイヤ、待って、待って!貴方が!怖いの!
別にフードの男を庇うつもりなんて、欠片も無いけれども!
背後関係を洗い出さないとダメでしょ!死なせてる場合じゃないでしょ!!
思わず彼の袖を掴む。
「サウザリー様、待って下さい!」
だけど聞こえていないのか、彼はそのまま男を馬車の外へ放り投げ、続けて剣を抜こうとしていた。
「ギル!ギルバート!ちょっと待てーーーっ!」
ああああ、もう!敬称も何もかなぐり捨てて叫ぶ。
瞬間、びくりと彼の肩が揺れ、ギギギと音がしそうな感じで振り返ってきた。
「……シュナ?君、名前を………」
言いかけて、目を見張る。
「え?」
「え?」
愕然とこちらを見るギルバートを、私はキョトンと見上げた。
すると、私の髪がサラサラと揺れる。あれ、何か髪が伸びてる?ような……
一房髪を摘んで確かめようとして違和感を感じた。
細っそりとした指、透けるような白さの肌。その手のサイズがどう見ても、大人サイズ。あれ??
思わず、自分の身体のあちこちに視線を巡らせ、そして気付いた。
「……成長、してる……?」
しかし、そんな事より重大事項がっ!
「ちょっ!?裸ーーーーっ!!!」
8歳児の服は見事に破れ、私は一糸纏わぬ姿になっていた。
私の叫び声に我に返ったギルバートは、見事なまでに真っ赤になりつつ、自分のマントで私を包んでくれた。
「だ、大丈夫だ!見てない!」
紳士的態度をありがとう!でも、そこじゃ無い!
恥ずかしくて、ハクハクしている私を宥めるように抱きしめて、ギルバートはそっと私に囁いた。
「悪いが向こうの馬車へ移動する。君はその中で待っていてくれ」
宝物を抱えるように抱き上げ、馬車の外に出る。
外では、フードの男が他の騎士達に取り押さえられていた。
それを横目に見て、ギルバートは冷ややかに言い捨てた。
「猿轡かませて、連行しろ。背後関係を調べるまで死なせるな」
いや、さっき貴方が殺そうとしてましたやん。
思わずツッコミそうになるが、ぐっと我慢。
スタスタと公爵家の馬車へ移動し、ふとギルバートが表情を緩めた。
「大人になれたんだな、シュナ。これで先程の話はなかった事にできるな」
甘やかな雰囲気に、ちょっと後ずさる。
え、この色気は何?
「……さっきの話?」
「婚約解消の件だ。シュナは成長できたんだ。解消する理由がない」
……あー……。確かにー………。
でも、もう長らく婚約解消と、その後のお一人様人生プランを練っていた私には、婚約継続とその後の人生が思い浮かばない。
「あのー……何で急に成長したのかも分かりませんし、その、今は今後の事を考える余裕がないと言いますか……」
視線を泳がせる私の頬にそっと手を当て、ギルバート様は微笑んだ。
「大丈夫、待つよ。今まで待ったんだ。落ち着いてから、これからを考えよう」
無表情がデフォルトのギルバート様は、一体何処へ行ってしまったのでしょうか?
ギルバート様の、神秘的な青い瞳に見つめられ、私は思考を明後日に飛ばすのだった。
読んで頂きありがとうございました。