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突然心理学知識を披露してくるJK

 午後の5時を回ったほどか。俺は電車に乗って自宅へと帰っていた。

 俺が乗っているこの電車は、田舎町なこともあってか、この時間帯のこの区域になると途端に人がいなくなる。現在俺以外にこの電車に乗っているのは、人一人分離れた位置に座っている女子高生しかいない。


 黒い髪で目元を隠した、儚げな雰囲気を醸す少女。最近まではあまり気にしたことがなかったが、何度も何度も乗り合わせると不思議と顔見知りになったような気がしてくる。いや、会話をしたことは一度もないのだが。

 だがだからと言ってどうしたのか。俺も立派な社会人(と言っても、まだ3年目だが)、さすがにどことない親しみを覚えたからと言って、突然JKに話しかけるようなことはしない。俺の親しみは言わば錯覚であり、常になにやら本を読んでいる彼女の目には、一度も映っていないかもしれないのだ。

 なによりも、人道的に、倫理的に、彼女に話しかけることはあってはならない。それにまあ、昨今は男がJKに話しかけるとそれだけで怪しまれてしまう時代だ。下手にトラブルを起こすよりかは、ただの通行人Aとしてなにもせずに過ごした方が良いだろう。俺はスーツのポケットからスマホを取り出し、この間入れたゲームのアプリを起動させた。


 ……と。



「――単純接触効果」



 ぼそりと。かわいらしい声で、突然、隣のJKが話しかけてきた。なんだ一体、どうしたんだ。



「単純接触効果って知ってますか?」

「……」



 アレ、これもしかして俺に話しかけてきてるのか?



「いや……知らない……」



 俺はよくわからず、おずおずと雰囲気に流され彼女にそう返してしまった。もしもこれがよくある「おーい、久しぶりー!」と手を振ってやって来た男に手を振り返したら、どうやら相手は俺の後ろにいる誰かに手を振っていたらしい……と言った風な勘違いだとしたら、相当に恥ずかしい。

 しかし俺の声を聞いてか、JKは突如マシンガンのようにしゃべりだしてしまった。



「単純接触効果とは心理学における用語の1つで、つまりは人は何度も触れているものにこそ親しみを覚えるという意味です。好きな食べ物は何度も食べるからより好きになるし、同じ友人と遊びに行くとその人たちとより深い友情を育めるということです」

「は、はあ……」

「言葉の意味としてはそれ以外には特にないのですが、この言葉はその特質上主に恋愛の場面にて使われることが多いです。彼女とより多く会うからより好きになる、そんな感じです。恋愛のテクニックを紹介する講師の方々の心理学本を見ると、狙っている異性とは頻繁に会えるようにしておくとその人のハートをゲットしやすいと言われていますね」

「な、なるほど……」



 言われてみれば、ただ顔を合わしているだけのJKに謎の親しみを覚えたのもその効果のせいか。俺は彼女の話に感心を覚えた。若いのに、よくもまあこんなことを知っているな。



「た、ただしこれには注意も必要で、単に何度も顔を合わせればそれでいいというわけではなく、異性としてハートをゲットしたいのであれば、短期決戦が一番重要だとも言われています。事実、研究によると何度も顔を合わせている異性がいたとして、その人への告白をした際の成功率は、3か月を皮切りに低くなるというデータがあります。ちなみに一番低いのは4か月から6か月ほどの期間で、この時期に告白すると約9%しか成功しません。しかしまあ、ここから時期が伸びると結構成功率は上がっているみたいなんですけど、それでも確立としては最低よりかはマシ程度なのです」

「は、はあ」

「あと告白が成功したカップルは、どうやら告白をするまでの期間に2人きりになれる時間を作っていたらしいことも指摘されています。確かに、たくさんの友達と一緒に顔を合わせているんじゃ、友達以上の感覚を持ちにくいですよね……フヒヒ」

「た、確かに」



 なんかよくわからんが、なにやら使えそうな知識だ。俺は彼女の言葉を一言一句頭の中に叩き入れた。


 と、電車が駅名をアナウンスして止まる。

 おお、俺が下りる予定の駅だ。俺は女子高生に頭を下げて、「お、お話ありがとうございました」と言って電車を降りた。



 ――なかなか役に立つ話を聞かされたが、それにしても、なんであの子、突然話しかけてきたんだ。よほど自分の持っている知識を話したかったのかな?

 俺はそんなことを思いながら、自宅までの道を歩いていった。




~~~~



 ――はあああああっっっ!!!!!。

 やばいやばいやばいやばい、話しかけちゃった話しかけちゃった。私は一人電車の中で、顔を赤らめていた。


 心臓がバクバクする。息が上がって緊張の余韻が手足を冷ましていく。それに反比例するかのように顔が熱を帯びて、脳髄の底までもが沸騰してしまいそうだった。


 何度もこの電車で顔を合わせるあの男の人。最初は「少し顔が好みだな」程度の認識だったが、何度も何度も見るうちに、いつの間にか彼を意識している自分に気が付いてしまった。

 私は学校内で少し浮いている、いわゆる陰キャだ。友達はいるにはいるが、周囲からは「本と友達になった女」などと揶揄されている(らしい)こともうかがえる、典型的なド陰キャ女だ。

 そんな私にまさかこのような形で春が訪れるとは思ってもいなかった。

 電車の中で彼と2人きりになれる唯一の時間。私はその間に本を読みながらあの人を眺めているのが好きだった。


 最初はそれでいいと思っていたのだが、徐々に想いは強くなり、ある日私は、彼と顔を合わせるようになってから、既に2か月半近く経っていることに気が付いた。

 これはまずい。単純接触効果の効力は3か月を皮切りに薄くなってしまう。毎日顔を合わせているのだから、間違いなく彼も私をそれなりには意識しているはずだ。しかしこれがやがて「慣れ」に変わり、終いには「通行人A」という受け止められ方をしてしまうだろう。そうなれば、私の恋は終わりを告げることとなる。そう思ったとたん、私の想いは強くあふれてしまった。


 どうにかして彼と話したい。あわよくば付き合いたい。

 だけど私はコミュ障だ。一体なにを放せばいいのか。そもそも名前も知らない男の人に話しかけるってどうなのか。色々と勘違いされないだろうか。そうして理性と欲望の狭間の中、ぐるぐると思考を巡らせていると、私は自分が読んでいる本のタイトルが目に入った。


「俺でもわかる心理学入門」。そこで私はハッと気が付いた。


 そうだ、これだ。人間は多種多様な性格を呈するものだが、しかしその多くの者が、特に恋愛と言う物事に対しては強い興味を惹かれてしまうのだ。

 となれば、これは話題としてちょうどよいのでは。そう思い私は、なんとか彼に自分が持っている知識を放し始めた。


 結果は大成功だ。たぶん。きっと。だって返事してくれたし。相槌打ってたし。なんなら凄い関心示してたし。これであの人の中で私と言う存在は強く印象付けられたはずだ。

 それに話の内容も、ちょうど私たちの状況に都合がいいものを選んだ。きっと彼はそれに気が付いて、それっぽく恋愛アピールをしていることを察するだろう。そうなれば、特に男性と言う性別の特性上、メスの好意には好意で受け答えてしまうはずだ。つまりは勝ちなのである。


 とりあえずナイスなコミュニケーションが取れたのだ。なんだ私、案外やればできるじゃん。帰りの電車の中で、私は本で口元を隠しながらにやにやと笑った。

誰だDai〇oとか言った奴

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― 新着の感想 ―
[一言] タグにポンコツを加えてもいいぐらいの迷走っぷりwww むしろこれ、連発した結果ドンびかれて移動ルート変えられるってオチがリアルだと確定では?
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