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ウキウキワクワク高校生活1


 吹きすさぶ風に翻弄されながら空を見上げれば、分厚く垂れこめる曇天ごしに陽の光がうっすらともれている。

 暦の上では春もすでに半ば過ぎ、明日になれば四月に入り新年度が始まると言うのに、曇り空が広がるオフィス街のビル群は色彩を欠いてやけに寒々しい。

 長袖の表面を撫でる肌寒さも相まって、いまにも雪か雨が降るのではと思うような空模様だったが、今朝がたの天気予報では傘を持つことは勧められなかった。雪の気配を覚えるほどに心寂しさを感じる景色にこんなにも気が滅入るのは、街を見る者の心情が曇っているのも無関係ではないだろう。

 本日の用向きはすでに終わっている朝日(あさひ)(はじめ)は、急き立てられるように横を通り過ぎていったスーツ姿の男性をのんびりと歩きながら見送る。足早に去っていくサラリーマンとは対照的に源の足取りは重苦しいほどにゆったりとして、表情は晴れない。

 彼の手首でショートメッセージの入電をピカピカと光りを明滅させて伝えるのは、まだ支給されたばかりの真新しい個人端末で、しかし、源はそれを黙殺する。見たとしても、どうせ、親か友人からのメッセージで内容などあってないようなものに決まっている。そう決めつけるのも、いまの源には”それ以外”の相手からのメッセージの方が見たくなかったからだ。

 明日からは高校生だというのに入学式ギリギリの本日に学園からの呼び出しを受け、いまはその個人面接の帰り道、どうしても源は浮かれた気分にはなれなかった。

 そんな気持ちに追い打ちをかけるようにビル風が一際強く吹いて、風にきりもみされながら飛んできた紙切れが体にぶつかった。

「うわっ――」

 避けようとしたものの生来のどんくささが足を引っ張り、紙は風を受けながら体に張り付いてビラビラとけたたましく暴れる。引きはがせないでわたわたとしている間に、おさまった風とともに力なく、くたりと地面に落ちていった。

 デジタル化が進みに進んだこの世の中で、それでも消えることはなかった紙媒体。お役所でもデータ化されない儀式的な書類仕事が残っているのだと親戚の誰かがぐちっていたような気がする。煩雑な書類作業というのは社会人のあらゆる苦行のために残されているのだろう。

 このあたりを歩いていたサラリーマンのいずれかの落とし物だろうかと、紙を拾い上げキョロリとあたりを見渡すが、近くを歩く人も、書類を探している風な人もいない。

 内容を見れば、どうすればいいのかの判断も付くだろうと源は紙をひっくり返す。

『貴方のお悩みお聞きします。悩み相談、一時間一律五百円。問題解決のための費用応相談・見積(みつもり)無料(交通費、出張費等実費は合わせてご負担いただきます)。――弥栄相談事務所 所長・弥栄(いやさか)総司郎(そうしろう)

「……なんだ、これ。いまどきチラシ?」

 恐らくは業務内容の宣伝なのだろう、白い紙に黒い文字だけのシンプルなものだった。カクカクとしたデジタル文字のシンプルな文面の下方には小さく手書きで加筆してあった。

『助手募集、年齢、経験・未経験問わず』

 受け入れ態勢は非常に間口が広いように思えるが、仕事内容も給与も勤務時間についても書かれていない。

 あとは電話番号と所在地のみが書かれている。

(……なんて怪しいんだ)

 話を聞こうと電話したら詐欺、とか。事務所に踏み入れたが最後、強面自由業の方々に囲まれて行方不明とかありそう。なんて取り留めもないことを考えながら源は、ごみにしても大丈夫だろうかと考える。よく見ると紙の右下にはテープがペロペロとたよりなく風に揺れていた。

「マスキングテープ……」

 接着強度にやや難ありではと、堅苦しそうな広告内容のわりに間の抜けたそのテープにふと思い当たることがあって源は周囲を見渡した。

「ああ、やっぱり」

 源が思った通り、直ぐ近くのビルのコンクリート壁にぺろぺろと揺れているマスキングテープがちょうど紙のサイズで三か所揺れていた。

 チラシが張られていたであろうビルを見上げれば、このあたりにしては古い外観のこじんまりとしたビルが建っている。

 ピカピカとしたオフィスビルが立ち並ぶなかで、時代に取り残されたような風貌のそこはマスキングテープで貼られたシンプルなチラシも相まって前時代的な雰囲気が漂っている。

 この周辺はある事件によって一気に都市開発がすすめられ、区画整理などが行われたはずだが、どうやらそれを逃れた建物があったようだ。

 もともとあった場所が分かったものを棄てるのも忍びなくて源はチラシを元に戻して帰ろうとビルに近づく。風に相方を連れ去られたテープをはがしてチラシを貼ってやる。離れようとしたところでまた強い風が吹いて張り直したチラシをはがそうとするのをみて慌てて取り押さえた。

「そりゃ、同じことの繰り返しだよなぁ……」

 コンクリートの壁に付けられたマスキングテープのなんと儚いことかと嘆き、源はビルのはじのひっそりとした階段を見上げる。

 狭く、暗い、角度の急な階段の先にはうっすらと明かりが見える。

 チラシをもう一度見下ろし、張り直すことも、捨てることも、持ち帰ることも出来ず、源は諦めたように暗い階段を昇って行った。


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