もしも生まれ変わったら
「ジーニャ、置いていかないでくれ」
セルゲイ…あなたなんて顔してるの
まるで置いてきぼりにされた子犬みたい
仕方ないじゃない、こればっかりは
わたしにだってどうにもできないわ
お迎えが来たのですもの
どうせあなたもそんなに長く独りでいることもないのだろうし
どっちが先になるかでたまたまわたしの方が早かっただけ
あれから何年たったかしら
もう60年以上になるのね
親のすすめであなたと出会って
苦労もあったけどそれなりに楽しかったわ
娘にも息子にも恵まれて
喧嘩をしたこともあったけど
わたしたちお互い仲良くやってこれたのではないかしら
あなたは毎朝紅茶を淹れてくれて
わたしはせっせとパンを焼いて
あなたの淹れてくれてちよっと渋いあの紅茶が
わたしとても好きだったわ
最後にもう一度味わって見たいわね
ああ、もうそんなに悲しまないで
あなたに会えて本当によかった
愛しているわ
また生まれ変わったら?
そうね生まれ変わったら
もう一度?
出会えるかしら?
だけど
もしも生まれ変わったら
わたし
昔
林檎の樹のしたで
初めて好きといってくれた
そばかすだらけのあの男の子に
もう一度会ってみたいわ
突然のことでびっくりして逃げてしまったけど
もしもあのときあの子に答えていたらと
時々ふと思い出すの
もしもあのとき逃げ出さなかったら
あなたにも会うことはなかったかも
だからもしも生まれ変わったら
今度は
わたし……
「ジーニャ……」
握り締めた手にはまだぬくもりが残るのに、その閉じられた瞳がもはや開かれることがないことを理解したくなかった。
長く連れ添った妻は最後に何を言い残したかったのだろうか
声なく微かに震えただけの口元を見つめて、彼はそっと握ったままの指先に唇をおとした。
「ジーニャ、来世もまた一緒に…いよう」
呟いた声を聞くものは誰もいなかった。