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第9話 ワーウルフ

 


 その日、一郎は通学のために電車に乗っていた。田舎都市の電車でも朝のラッシュ時は混んでいる。なんとか座れた一郎はスマホでネット小説を読んでいた。異世界転移物で、女の子四人が主人公の小説である。文章は稚拙でいかにも素人の書いた物とわかるが、異世界が夢物語でない一郎にとっては興味深く面白かった。


『あー。この小説も結局はオレツエーか。アメリが工夫して格上の相手を打ち負かすのが面白かったのにな。』


 一郎が心の中で独り言をつぶやいていると、


『何を見てるの?』


 突然頭の中に声が響いた。一郎の従魔であるアリサの声である。


『アリサ。どうして?オレは興奮なんかしてないぞ。』


 普段一郎の中で眠っているアリサは一郎のピンチと一郎が興奮した時しか現れなかった。


『しっ。魔物がいるわ。』


『え?どこに?』


『ゆっくりと前を見て。』


 そこには女子高生のお尻を触る痴漢の姿があった。かわいそうにお尻を触られた女子高生は顔を真っ赤にしてもじもじしていた。


『あいつか?それでどうするんだ?こんな大勢の前で暴れたら、オレも逮捕されるぞ。』


『大丈夫。まだ大人しくしてるわ。』


『大人しいって、痴漢してるじゃないか。』


『え?何言ってんの?わたしが言ってるのは、女の子のほうよ。』


『え!痴漢じゃなくて被害者のほう?』


『そうよ。あっ。もう限界みたいね。いよいよ出てきたわ。』


 女の子の体から狼の魔物が出てきた。狼の魔物が痴漢の顔をひっかいた。痴漢が女の子から手を放して、悲鳴をあげながら、自分の顔をかばいうずくまった。


 一郎の体からもアリサが飛び出した。


『待て!アリサ。ちょっと、様子を見よう。』


 一郎の念話を聞いたアリサが一郎の体に戻った。


 顔から血を出して悲鳴をあげる男(痴漢)に車内はちょっとしたパニックになった。


 駅に着いて扉が開くと女の子は何事もなかったかのように外へ出た。女の子の出した狼は一郎にしか見えていない、だから誰も咎める者はいない。一郎も駅に降りた。偶然大学の最寄りの駅であった。もっとも最寄りの駅でなくても降りるつもりだったが。人生には大学の授業よりも大切な事がある。一郎は女子高生の後を付けた。立派なストーカーである。女子高生は学校の方向とは逆の人通りの少ない方へと歩いていく。


 やがて、人通りが途切れると、彼女は突然振り返って口を開く。


「なんのようですか?ストーカー?」


「まあ、ストーカーみたいな者だけどね。ちょっとお話を聞かせてもらえるかな?」


 一郎の顔を見て、女の子の顔色が変わる。異世界の者を従魔としたものは互いにわかるらしかった。


「あなたも仲間?」


「まあ、そんなところだ。」


 不安にさせないように、女の子の問いに一郎は落ち着いた声で返した。どうやら魔物には心を乗っ取られてはいないようだった。


「ああ、自己紹介がまだだったよね。オレは田中一郎。そこのT大学の学生です。よろしくお願いします。かわいいお嬢さん。」


「え?かわいいだなんて。そんな事ないですよ。わたしは山田真澄です。T大学の横のT高校の生徒です。こちらこそよろしくお願いします。かっこいい一郎お兄さん。」


 一郎の挨拶にかわいく謙虚に返す真澄に一郎は好感を持った。しかし、この人は違った。


『こいつ。あんたにかっこいいとかお世辞で返すなんてなかなかしたたかよ。魔物に操られてはいないとは思うけど、さっきみたいに魔物の力を悪用してるかもしれないわ。魔物の事を事を聞いてよ。』


 アリサが一郎を促した。


「ありがとう。真澄さん。ところで真澄さんの従えてる魔物をちょっと出してみてよ。」


「わかったわ。ロボ出ておいで。」


 真澄が声をかけると真澄の体から大きな狼が現れた。


『ワーウルフだわ。一郎。気を付けて。』


 心の中でアリサが一郎にそう声をかけると、一郎の前に出て、剣を構えて一郎をかばった。


「えっとー。そちらは?」


 突然の女冒険者の出現に真澄が戸惑い聞いてきた。


「あ、ごめん。ごめん。おい、アリサ。挨拶しろ。」


「初めまして。わたしは一郎の友達のアリサよ。よろしくお願いしますね。」


 一郎に促されて、アリサが自己紹介をした。


「こいつはオレと従魔契約をしている異世界人なんだ。真澄ちゃんはその魔物と従魔契約をしてるのかい?」


「ええ。契約なんてものがあるのかないのか知らないけど、ロボとわたしも友達よ。ロボはこう見えてわたしの言葉が解るのよ。おとなしいし、本当にかわいいんだから。」


 それを聞いてガウとロボが吠えた。


「その。記憶がなくなったり、おかしくなったりしなかった?」


「通り魔事件の事を言ってるのね。何回も言うけど、ロボは大人しいのよ。わたし達は大丈夫だから。」


 一郎の質問にむっとして返した真澄。どうやらロボの事を悪く言われると頭にくるらしかった。そして、通り魔事件が魔物の仕業と言う事も気づいている。頭もなかなか切れるみたいだ。


「あー。その魔物はワーウルフって言ってとても恐ろしい魔物なの、わたし達の世界では。」


「だから、あんた達の世界でのワーウルフはどうか知らないけど、この世界のロボはわたしの友達よ。それ以上でもそれ以下でもないわ。それより、アリサさん。あんたこそ物騒じゃない。剣なんか構えて。」


 話に割り込んできたアリサに対してビビる事もなくケンカ腰で返した真澄。この女も気が強そうである。


「ああ、ごめんね。一郎を守るのはわたしの使命だから、仕方ないのよ。もうしまうわ。」


 と言って、アリサは剣を鞘にしまった。


「かかったわね。ロボ。狙うのは男の方よ。」


「やっぱり、そうか。」


 アリサが再び剣を抜くと、


「あー。ごめん。ごめん。冗談。冗談。」


 と言って真澄が大笑いした。


 目をちばらせてあわてて剣を抜いたアリサの姿がおかしくて一郎も大笑いした。


「あー。もうこんな時間。遅刻する。」


 腕時計を見て真澄が慌てだした。その姿を見て一郎は懐から一枚の名刺を取り出して真澄に渡した。


「これオレの電話番号とラインのID。今日、放課後にまた会えるかな?会わせたい人もいるんだ。」


「喜んで。わたし三時に学校が終わるから、それから大学に行くわ。T大は第一志望校だから詳しく案内してね。それとラインもよろしく。」


 そう言い残すと真澄はダッシュで学校に向った。


 一郎がなんか面白くていい子だなとポーっと見送ってると、


『おい。色男。あの小娘。あんたに惚れたぞ。』


 アリサが心の中で一郎に声をかけた。


『え!たったこれだけの会話で?』


『一目ぼれって言葉もあるしな、それにあのくらいの年頃の子はかっこいい先輩に憧れてるから、一発よ。ちょろいもんよ。』


『そうか。』


『え?あんたもまんざらじゃないんだな。こいつはなんて浮気性なんだ。』


 一郎の心を読みアリサは非難した。


『浮気も何も。オレはまだ誰とも付き合ってないから、別にいいじゃん。』


『ふーん。それじゃあ。尚子に今の言ってやろ。』


『わー。やめてくれー。』


 一郎は一人でブツブツと独り言を言っていた。はたから見たら危ない人である。危ない人は自分も遅刻しそうなのにようやく気付き、慌てて走り出した。




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