第二話 神がかり?
一郎の意思とは無関係に体は動き出した。向かって来る殺人鬼にカウンターの右ストレートを放った。殺人鬼は吹っ飛び倒れた。そして殺人鬼の体内からは文字通りの鬼が現れた。鬼は怒声をあげてこちらに向って来た。
『お、鬼!』
声なき悲鳴をあげる一郎。
『まかせて。』
突然、一郎の前に剣を構えた女剣士が現れた。女剣士は鬼の振り下ろしたこん棒を避けるや、横一文字に鬼を切りつけた。鬼は一刀の元に切り伏せれ、光の粒子となり消えていった。
『なっ、な?』
一瞬の出来事に頭が付いていかず、一郎は呆けるようにつっ立っていた。
「あんた、いったい誰だ?それにこの鬼は?」
ようやく一郎は言葉を発した。
「誰だ?の前に言う言葉があるでしょ?」
女剣士が言った。
「あ、ごめんなさい。ありがとうございます。」
「ようし。ようし。わたしはアリサって言うのよろしくね。」
「こちらこそよろしくって、アリサさん。あんたいったい何者だ?」
一郎がそう言うのも無理はなかった。アリサの格好は鎧を着込んだ剣士そのものだったから、いや、そんな事よりも、何かがおかしかった。見えているのに見えてないような、まるで昼間の幽霊を見ているようだった。
「ああ、どうやらわたしは死んでるみたいなの。こっちの言葉で幽霊ってやつね。」
一郎の訝し気な顔に気づいてアリサは答えた。
「幽霊ってこんなにはっきりと見える物なのか?それにこっちの言葉って?」
「うん。それだけど、たぶんわたしの死に方に原因があると思うんだ。」
アリサは自分の死んだときの様子を語り始めた。
「わたしは冒険者としてあるダンジョンに潜ってたのさ。ダンジョン最下層でわたし達のパーティはラスボスのダンジョン魔王を追いつめてたんだ。」
「魔王って、あの悪の親玉の魔王か?」
突っ込みどころは満載だったけど、一郎はとりあえず一番気になった魔王について聞いた。
「そうその魔王。で、その魔王が禁術を使ったみたいなんだ。どうやら。」
「禁術?」
「そう。禁術。ダンジョンのすべての生き物を次元の果てに飛ばす禁術。」
「その禁術が凄いのはわかったけど、どうして次元の果てに飛ばすってわかるんだい?」
「魔王がそう言ってたもん。最終奥義だって、レベルの低い物から次元の果てに吹っ飛べって。」
「なるほど。でもそれじゃあ、魔王自身も吹っ飛んじゃうんじゃないの?」
「わたし達もそう聞いたら、お前らに殺されるくらいなら、みんな次元の果てに吹っ飛んでしまえばいいって。」
「破れかぶれだね。」
「そう、その破れかぶれの術でレベルの低い物から順に消えていったわ。最初は魔王の手下の魔物たちからね。」
それで飛ばされたのが、こっちの世界らしかった。その際に肉体的には死んだが、意識というか魂は死ななかったらしい。いわゆる異世界転移をしてきたらしかった。
「それで、幽霊になってこっちの世界を彷徨ってたら、先にこっちに飛ばされてきたオーガが人間にとり憑いて悪さしていたじゃん。」
「オーガってさっきの鬼か?」
「そう。その鬼よ。そんで、あなたがやられそうだったから助けてあげたの。」
「助けたって?どうやって?」
「うん。ちょっととり憑いて。」
「ちょっとって、とり憑いたって?オレの意志は?」
「うん。非常事態だったから、ごめんね。」
「ごめんねって。とり憑かれたオレはどうなるんだ?」
「うん。さっきみたいに能力を得たり、わたしを使い魔として使えるみたいね。」
「みたいねって?」
「うん。わたしにもよくわからないんだ。」
「わからないってそんな無責任な。オレもオーガにとり憑かれた人みたいに狂いだして人を襲ったりしないだろうな?」
「人を無差別に襲うしか能の無いオーガと一緒にしないでよ。わたしは良識のある人間よ。そんな事させないわ。」
「もとだけどな。助けてもらったのは感謝するけど、なんでとり憑いたりするんだよ?」
「とり憑くのは幽霊としての本能かな。てへっ。」
「てへっ、じゃねえ。お、オレは幽霊にとり憑かれた。もうおしまいだー。」
「おしまいだーって。あんた、元々、今さっき、おしまいになるところだったじゃないの。それを助けたんだからむしろ感謝してもらいたいわ。」
「ああ。それは十分に感謝しているよ。でも、死んだら魂を取られたりするんじゃないのか?」
「悪魔じゃないんだから。それはないわ。」
「じゃあ、あの世に連れ去られたりは?」
「だから、死神でもないって。」
「じゃあさ。油揚げが食いたくなったり、奇声をあげたりしない?」
「それは狐憑きでしょ。あんた、わざと言ってない?」
「わざとではないけど。それだけ不安だって事さ。精力抜かれることもないの?」
「ない。ない。大丈夫よ。安心して。霊にとり憑かれたというより、神がかったと考えればいいのよ。」
「神がかり?」
「そ。わたしと言う神があなたに降臨して超人的な力を授けたって事。」
「神って貧乏神とかの邪神もいるからな。」
「まあ。神は言い過ぎかもしれないけど、邪な者ではないのは確かよ。」
「まあ。信じるしかないけどな。それで、あんたはこれからどうするんだ?」
「そうね。あなたの使い魔としてあなたが呼び出せば現れるわ。」
「呼び出していないときは?」
「いわゆる背後霊としてあなたを見守っていくわ。」
「見守っていくって。そんな監視されたら、オレのプライバシーはどうなるんだよ?」
「プライバシーって。もうあなたにはおばあちゃんがすでに憑いてるわよ。」
「え?おばあちゃん?もしかしてさきって名前のおばあちゃん?」
「うん。そうだって。」
「おばあちゃん。」
おばあちゃん子だった一郎はやさしかった祖母との生活を思い出して泣いた。
「おばあちゃん。亡くなってもまだ、オレを守ってくれてたんだ。ありがとう。」
「感動している所、悪いんだけど。見守ってるだけだからって言ってるよ。あと、栄子ちゃんに振られたのも幸恵ちゃんに振られたのも、まだ童貞なのも誰にも言わないから安心してって言ってるよ。あと、一人エッチするときは席を外しているから安心しろって。」
「うわー!言ってるじゃないか。おばあちゃん。ていうか、おまえら成仏しろよ。」
顔を真っ赤にして一郎は文句を言った。
「まあ。わたし達はこの世に未練があるからね。ちょっと無理だわ。わたしは魔王に復讐しないと。」
「あんたの未練はわかるけどおばあちゃんの未練はなんだ?」
「そりゃ、あなたの事よ。あなたが一人前になるまでは成仏できないって。」
「おばあちゃん。」
一郎は再び泣いた。
「泣いたり怒ったり忙しい人ね。」
「うるせえよ。」
「まあ。まあ。これからよろしくね。あらためて自己紹介するけど。わたしの名前はアリサ。冒険者をやってたわ。得意技って言うかスキルは水魔法よ。」
「あ。オレは田中一郎。ただの学生だよ。得意技は物まねかな?」
「物まねって、すごい特技じゃないの。見直したわ。相手の技とか魔法をコピーしちゃうんだよね?」
「いや。声を真似たりするだけど。」
「それが何の戦闘に役立つの?」
「いや。役立たんと思うけど。」
「じゃあ、学校では剣を習ってんの?それとも魔法?」
「いや。数学とか国語とか英語とかかな。」
「それって戦闘に役立つ?」
「いや。たぶん役立たんと思う。一般教養だし。」
「戦闘に役立たない学校ってあなたはお貴族様?姓もあるし。」
「貴族どころか農民だよ先祖は、今は町民かな。それより、ここは平和な日本て国だから一部の人以外は戦闘なんかしないよ。」
「戦闘しないでどうやって、魔物や他の国の兵から町を守るの?」
「うーん。難しい問題だな。どうやって守ってるんだろう。警察と自衛隊とアメリカのおかげかな?とにかく平和だから戦闘はしないんだよ。」
「警察と自衛隊とアメリカって神がついてんの?その神は強いの?」
「どちらかって言うと疫病神かな?いらないにこしたことないし。でも強いのは確かだよ。」
その時、ようやく警察が駆けつけてきた。警察官が目撃者に事情聴取を始めたので、面倒を恐れた一郎は野次馬に紛れてその場を立ち去った。