第一幕 1
鍼灸師による、東洋医学満載のファンタジーです。読んでいただけたら幸いです。
草を掻き分け、小さな小川をまたぎ、岩がごつごつした山を登り、このまま落ちたら楽になるのかなぁなどと思いながら、荒くなった呼吸を無理やりに整えて声を出した。
「あ、あの、ま、まだつかないんすか・・・?」
先頭を歩く男が首だけを振り返らせて返答した。
「あと少しです。もちっと頑張ってくださいよ。」
「あと少しって・・・それ二時間前にも聞いたんすけど・・・?」
「たったの六時間の距離なんだから、ほれ、気張れや先生!」
後ろにいた男が背中をどつく。おふぉ、と情けない声が口から洩れた。
「体力ねーなぁ! 男だったらこんくらい涼しい顔して歩けや!」
がっはっはと豪快な笑い声が前後で湧く。
こいつら、刺し殺してやろうか、と殺意を乗せて、大声で怒鳴った。
「あのな、あんたらはワーウルフ! 俺はヒューマン! 体力が違うのは当たり前だろうが!」
さらに男たちの笑い声が高くなる。しまいには遠吠えを始めるんじゃないかと思った。
そう、彼らは茶色の毛皮に覆われた二足歩行の狼「ワーウルフ」なのだ。
「ほら、あそこで頂上だ。後は降りるだけ。そしたら里はすぐだからよ。」
先頭のワーウルフが前方を指さす。後は降りるだけと言うが、果たして何時間降りさせられるんだろうと身震いしながら、なんとか足を動かした。
「ほれ、先生! いい眺めだぞ!」
どん、と後ろのワーウルフが背中を押す。
「うわっ、てめっ、このや――――」
このやろう、という声が、喉で止まって霧散した。
二つの夕日が、無数の山々にかかった薄霧を淡く照らす。
あちらこちらの里ではすでにかがり火を置いているらしく、それはまるで命の瞬きのように揺らめいていた。
――――美しい。
ただ、その一言しか浮かばなかった。
あまりにも、幻想的。
あまりにも、異国の風景。
いや、その通りなのだ。
ここは、俺の世界とは違う。
――――俺は今、異世界に来てしまっているのだ。