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悪鬼百妖を斬れ!  作者: ヲコくん
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東大阪 参

虎二郎はいわゆる忍者のような、打裂羽織に柿渋色の装束をまとい、腰には脇差しを一本差し、完全に闇に忍ぶ出で立ちに化け、襖を隔てた、後方に控える九助も同じような格好で、ただ、体型は虎二郎より二回りほど太いが、間隙から虎二郎と銀三郎、両方の動静を窺い、万が一虎二郎の身に危険が迫ることがあれば、微力なれど助太刀するつもりで控えている。

 虎二郎の動きはさすがに胴が据わっており、緊張で息が上がりそうになる気配はなく、吐く息吸う息いずれも尋常のものである。六畳というさして広くもない部屋だから、そろそろと「小烏丸」に手を伸ばす、その間空気を少しも震わせず、虚無から伸びる手で、今、指に柄が触れかかる所——。

 

 もう少し、あと少し——。


 さすがの化け狐もこの瞬間ばかりは気が張ると見える。それもそのはず、刀は枕元の近くにあり、枕元の近くには虎、いや龍が眠っている。

 逆鱗に触れればどうなるかは、九助の尻尾がよく物語っていた。

 

「上手くいってくれ……」


 虎二郎の様子を固唾を飲んで見守る九助の体に虎二郎以上の力が入る。

 もう柄には手をかけた、銀三郎は今もって静かに寝入っている、やるなら今しかない。

 虎二郎が自分たちの勝利を確信し、刀を取り上げ、自慢の敏捷なる足で逃走を図ろうとした刹那、はっしと虎二郎の腕を止めた者がいる。

 それは誰であろう——なんとさっきまで寝ていたはずの銀三郎の白く逞しい腕が伸びて、虎二郎の腕を捕らえて離さんとしている。

 これには歴戦をかいくぐってきた虎二郎も声も出せないほどに呆れてしまった。

 今までいくつも盗みを働いてきたが、ここまで勘の鋭い奴はいなかった。気づいてもせいぜい、虎二郎が盗みを終えた直後のことで、誰も虎二郎の凶行やその姿を見た者はおらず、勘が冴えると言われた高僧でさえ虎二郎や九助の気配を気取ることはなかったというのに。

 

「最前から人が気持ちよく眠っていれば、こそこそと、不埒な奴、一体何者じゃ」

 

 虎二郎は応えず、銀三郎の腕を振りほどいて、強引に突破しようとするも、銀三郎の腕に込められたと力は尋常ならざるものになって、鬼神の如き力になれば、このまま骨を砕きかねんほどになる。

 しかし、虎二郎にも妖怪としての意地とプライドがある。

 このまま引き下がる訳にはいかないのだ。

 

「離さぬか、ならばこうだ」


 銀三郎の腕にさらなる力が込められる。

 虎二郎はたまらず絶叫すると、遂に見ていられなくなった九助は脇差しを片手に襖を開け放って、突撃する——が、銀三郎はすこしも焦らず、慌てず、掛け布団を蹴り上げると、九助は見事に頭からそれをかぶり、蜘蛛の巣に絡まった虫のようにもがく様は甚だ滑稽である。

 さて、銀三郎、この二人の隙に乗じて、無銘の業物「小烏丸」を取り戻すと、この二人の不審者から転び退いて、その鞘を走って抜き現れたのは、見ているだけで、冴え冴えしいほどの霜峰が目に突き刺さるかと思われるほどの威圧を放つ刀——小烏丸。

 その来歴は平安時代まで遡る——時は承平・天慶の乱が関東、関西それぞれを席巻していた折柄、平将門や藤原純友の討伐に際して、複数製造された鋒両刃造、もしくは小烏造といわれる刀の今まで残っていた内の一振りが今、銀三郎が青眼に構える「小烏丸」の来歴である。

 しかし、これは最も著名なる伊勢氏に伝わる「小烏丸」や平家伝来の「小烏丸」とは全くの別物で、銀三郎のは全くの野良の大刀であれば、茎には誰の名も記されず、そこに銀三郎はただならぬシンパシーを感じ起こして、これを「小烏丸」と名付け、愛剣としている。

 銀三郎は障子窓を背に、僅かな気配も逃さず、刀尖を相手の顔に向けて毅然たる構え、事実どうだろう、この銀三郎の青眼の構えは暗中に潜む虎二郎をしかと捉えている。

 虎二郎は言うなれば蛇、蛇とは言わず、虎、虎にあらず、龍、まさに龍に睨まれた蛙同然の有様、このままでは逃げ切る前に腸も何もかも抉られて、完膚無きまでに殺されると悟れば、ドロンと闇討ちの仮初めの姿を捨て、化け狐の姿に戻ると、


「なにくそっ!! 九助! ここは一旦出直すぜ!」


「虎二郎! 待ってくれよ!」


 二人とも本来の獣の姿に戻って、座敷を遮二無二飛び出す。

 

「待て——」


 すぐに二人の後を追って、銀三郎も座敷を飛び出す。

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